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第13話  トドメの一撃


 プールの中は、炎がぐにょぐにょと蠢いていた。

 網の上で焼かれるアワビのように、熱から逃げようともがいている様をずっと見ていると少し痛々しい気持ちになる。


「ふむ、こんくらい焼き尽くせば十分ですかね」


 が、プリムはあっけらかんとした口調で独りごちると、北沢から離れて炎魔法を停止した。

 俺の頭上を龍のごとき迫力で渦巻いていた赤い炎が消失し、残るは火だるまと化したジャイアントスライムだけ。


「いや~、意外と魔法一発で退治できてよかったですねぇ! 実は私、この戦いが終わったら遊一に伝えたいことがあったんですよ。とても大事なお話で、何としても伝えなきゃって思ってて」

「おいバカ! それはフラグだろ!」


 プリムがやりきったような顔で頷きながらフラグを立てやがる。

 それと同時、ジャイアントスライムが一際大きく体をうねらせた。


「ぷぎゅゅゆゆううううん!!」


 炎に呑まれた粘性の巨体がプールのふちにのしかかり、そのままゆっくりと俺たちの方へ転がってくる。

 接近する炎と巨大質量。

 俺たちの全身が巨体の影に飲み込まれる。


「うわー! こっちに倒れてきますよ遊一!」

「テメェが余計なフラグ立てるからだろアホ妖精! さっさと逃げるぞ!」

「アホ妖精とはなんですかッ! このキュートでプリティーでスマートな私をアホ呼ばわりなんて許せません! 撤回を要求します! 誠心誠意謝罪してください! プリム様ごめんなさい、って額を地面にこすりつけてください!!」

「うるせぇ! んなことどうでもいいからさっさとここから離れるぞ! おぉい! 北沢! 目ぇ覚ませお前っ!!」

「うぅ……ほのおまほうが一つ、ほのおまほうが二つ……」


 北沢は目をぐるぐる回したまま、うわ言を呟いて突っ立っている。


 チッ、面倒くせぇな!

 これは反動あるから使いたくなかったのによ!!


 俺は全身に上限突破ハイオーダーを発動し、頭が壊れてしまった北沢をひょいっと担ぎあげる。

 しっとりとしたスク水と素肌の感触。

 悪いが北沢の意識が戻るまで声掛けを続けるなんて悠長なことをしている暇はない。

 ゴゴゴゴ……と倒れてくる影から逃れるように、俺はそのまま走り出す。

 上限突破ハイオーダーを全身に発動しているからか人ひとり持ち上げてるっていうのに驚くほど体が軽い。


「……この先のことは考えない。考えるな俺。あのデカブツを倒した後、俺がどんだけ反動ダメージ食らうかとか、想像したくもないからな……!」


 数分後に待ち受けているであろう苦痛を頭から振り払い、今はジャイアントスライムから逃げることだけに専念する。

 幸い、ジャイアントスライムの方もすでに力尽きているようで、方向転換をする気配もなく真っ直ぐに俺たちの方へ倒れてくる。

 それなら、このまま直線上に逃げる必要はない。

 少し脇道に逸れる感じで、プールサイドを走り抜ければ済む話だ。


 そう判断し、二十五メートルプールの角を直角に曲がる。

 側面のプールサイドを端から端まで走りきると、広大な溝と化したプールの向こう岸に、丸焦げのジャイアントスライムがついぞ倒れた。

 ベキベキとフェンスをへし折り、その周囲に生える木々にしなだれかかり……やがて沈黙した。

 ジャイアントスライムはピクリとも動かない。


「ふぅ、ここまで来ればさすがに問題ないか?」


 様子を窺うが、ジャイアントスライムが再起する気配はない。

 俺は担いでいた北沢を地面に下ろした。


「ちょっと遊一! 話はまだ終わっていませんよ! さっきのアホ発言を取り消してもらいましょうか!」

「んだよ、まだ言ってんのか」

「まだもへったくれもありません! 遊一が、プリム様ごめんなさいって言うまで私は訴え続け……」

「――ッ。しっ! ちょっと黙れ」


 俺は顔の前で飛び回るプリムを捕獲して黙らせ、注意深く眼前を警戒する。

 今、ジャイアントスライムの近くで何か動いたような気がしたのだ。

 パチパチと燃えるジャイアントスライムに意識を集中させていると、ぴょこん、と炎の中からスライムが飛び出してきた。

 そのスライムは濃い青緑色をしていて、必死に炎を振り払いながらぴょんぴょん跳ねて逃亡を図っている。


「なんだあいつ……? 鑑定!」



 名前:ジャイアントスライム(極小)

 レベル:10

 多量の水分を吸収して巨大に膨れ上がった、スライムの変異個体。瀕死時は核となる肉体だけを分離させて逃亡する習性を持つ。



「……ん? なんか初めに見た時とステータス内容が変わってる気がするが……とりあえず今は置いておこう。要は、あのちっこいのがジャイアントスライムの本体ってことか!」


 さっきの押し潰し攻撃は俺たちの注意を逸らすための陽動ってわけだ。

 つまり、あの極小のスライムを倒してこそ本当の勝利が手に入る。


上限突破ハイオーダー、発動!!」


 俺は脚部に能力を施して、二十五メートルプールの上を大きく跳躍する。

 同時、ガラガラのポシェットから辛うじて残っていた包丁を取り出し、逆手に持ち帰る。


「これでトドメだ」


 ジャイアントスライムの本体は、急速に迫る俺の存在を察知した。

 だが、もう遅い。


 スライムが警戒にぷるんと体を震わせると同時、俺の包丁が柔らかい粘性の肉体を両断していた。




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