管理者Xから与えられた特別ボーナス。
それは、手のひらサイズのやかましい妖精だった。
シリアスっぽい雰囲気に冷や水をぶっかけた妖精は、ピンク色のアホ毛をぴょこぴょこ動かしながら小首を傾げる。
「おやおや、皆さん静まり返ってどうされました? ハッ! もしや私のキュートなお顔に見惚れちゃいましたか!? それとも完全無欠のグラマラスボディーに魅了されちゃったり!? 私の存在がプリティーを通り越してギルティーの領域までいってしまってただなんて……罪な美少女でごめんなさいっ!!」
「おい管理者X」
俺は責任を追求するように管理者Xを呼んだ。
彼女はさっきまでミステリアスな雰囲気を漂わせていたが、今は明らかに困惑の色を浮かべている。
「……すまない。このボーナスはランダムで配られるものでね。私は武器か道具が出現すると思っていたのだが……」
俺と管理者Xは、互いの間に浮かぶ妖精を眺めた。
妖精はすでに管理者Xの手を離れ、半透明の羽を広げてくねくねと体をくねらせている。
「ともかく、それはもう遊一君のものだ。あとはキミが何とかしてくれ」
「おい、厄介者押し付けんな!?」
「むむ、厄介者とはなんですかっ! 私のような超絶プリティー妖精がサポーターになってあげるんですから、もっと喜ぶべきでしょう! 全身で歓喜を表現すべきでしょう!!」
「ああああ! お前が入るとややこしくなるからちょっと黙ってろ!!」
「初対面なのにお前呼びとかやめてください! 私にはプリムちゃんっていう可愛い名前があむぎゅぎゅ!」
俺はプリムだとか名乗る妖精の口を塞いだ。
プリムはジタバタと暴れるが、抵抗しても無駄だと悟るとやがて大人しくなった。
だが、目は俺を睨みつけている。
「性格に難はあるかもしれないが、紛れもないボーナスキャラだ。ぜひ彼女の能力を活用してあげてくれ」
「こいつの性格以上に使えねぇ能力だったら責任取れよ。マジで」
俺はフッと小さく笑い、さっきの管理者Xの発言を反芻する。
「で、確認なんだが。俺が第二位ってことは、この世界には俺以外の人間もいるんだな」
「そういうことになる。ヒントをあげると、この近くにももう一人いるよ」
「なに? この近くって……まさか学校内か?」
管理者Xはそれには答えず、カツン、と一歩を踏み出した。
「それでは、私はそろそろ行くとしよう。せいぜい奮闘したまえ、遊一君」
隣をゆっくりと通りすぎる管理者Xに、俺は姿勢を変えず口を開く。
「最後に、一つ質問だ」
「……なにかな?」
「元の世界に帰る方法はあんのか」
俺は振り返った。
全身黒ずくめの後ろ姿。
管理者Xは、堪えきれないというような感じで吹き出した。
「ふっ。くははは。それはどうだろうね」
「どうだろうね……って、お前ふざけんのもいい加減に――」
「では私も一つ、この世界の確かなルールを伝えておこう」
「ッ!!」
――威圧。
腹の底にどっしりと鉛をぶちこまれたような緊張感。
無意識に死を予見するほどの圧を惜しげもなくばら撒きながら、管理者Xは振り返った。
「望む未来を手にしたければ、ゲームを進めたまえ。ゲームを攻略し続けた先には、あらゆる未来が約束される」
その言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。
証拠も根拠も何も提示されていないのに、強制的にその内容を理解させられたような不快な感覚。
「……お前、自分が神だとでも言うつもりか」
「まさか。そんなものよりもっとおぞましい存在だ。少なくともキミたちにとってはね。全ての価値の根幹を揺るがしかねない、絶望の象徴。……まあ、私たちのこともゲームを進めれば知ることができる」
「ここでもゲームかよ」
「もちろんさ。好きじゃないか、ゲーム」
管理者Xは見透かしたように、断言する。
俺が言葉を返す前に、再び俺に背を向けた。
「別に黒幕ぶってるつもりはないんでね。もうすぐ、私たちの存在については判明するだろう。《新世界》の真実も理解するはずだ。その時、キミが猜疑と自己不安の坩堝に溺れないことを祈っているよ」
「ち、ちょっと待て! まだ話は――」
静止しようと手を伸ばした瞬間、目の前の空間が闇に侵食される。
視界を飽和した闇は瞬く間に管理者Xを飲み込み、やがて周囲の影に同化するように霧散した。
管理者Xが立ち去った後には、得も言われぬ異物感だけが残っていた。