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第5話  管理者X


 気付けば、女は背後に立っていた。

 半壊した渡り廊下。

 その突き当たりの角に陣取り亀裂の入った壁に背を預ける女は、機械的な拍手と称賛を送る。


 俺は沸騰するような警戒心と共に、女と対峙した。


「……誰だ、お前は」

「誰か、か。そうだな。何者と定義してもらっても構わないが……『管理者X』とでも名乗っておこうか」


 女――管理者Xは、目深に被ったフードの下で笑みを浮かべる。

 顔は鼻から下しか見えない。

 だが、すらりと曲線美を覗かせる鼻先から頬の輪郭まで、整った顔立ちをしていることは想像に難くない。

 全身は黒いローブで覆われ、存在を闇に溶け込ませていた。

 ミステリアスを絵に描いたような風貌。

 そしてその返答に、俺は眉をひそめる。


「管理者、だと? もしかしてお前はこの世界のことを知っているのか? なら、さっきのモンスターは何なんだ。ここは俺が知る日本なのか? なぜ俺をここへ引き込んだ!」

「ふふふ、捲し立てるなぁ。質問は一つずつしてくれないと困っちゃうよ、プレイヤーB」


 管理者Xは微笑みながら、おもむろに歩を進める。

 黒いブーツが廊下を小突いた。


「とはいえ、現状私の口から答えられることは少ない。特にキミが気になってやまない疑問はゲームを進めていく過程で明らかにされていく……かもしれないね」

「歯切れが悪いな。はっきりしろよ」

「この世界――《新世界》はあまり前例がなくてね。私も手探りな部分が多いのさ。もっとも、『上』はかなり楽観的に考えているみたいだが」


 管理者Xは肩をすくめた。

 こいつ……ふざけてんのか?

 訳の分からん世界に招き、これみよがしに自分の姿を表しておきながら、説明なしだと?


 いや、落ち着け。

 今はこいつの不興を買うべきじゃない。

 少しでも情報を引き出す必要がある。


 一呼吸挟み、俺は質問を変えた。


「さっきクエスト攻略って言ってたよな。だったら、あのオークはさしずめチュートリアルってことか?」

「うーむ、それは少し違うな。チュートリアルはもう少し先だ。先ほどのオークは言うなればチュートリアルの前哨戦」


 管理者Xは俺の正面へ立つ。

 手を伸ばせば触れられるほどの近距離で、女は艶めかしく唇を動かした。


「本来なら、まだ私はプレイヤーであるキミたちの前に現れる手筈じゃないんだけどね。『アーリープレイヤー』であるキミは特別だ」

「アーリー、プレイヤー?」


 その単語、どこかで……。


「この世界への招待状が送られただろう? 実はそれを受諾したプレイヤーの中で、順位付けが行われている。評価軸はただ一つ。招待状が送られてから参加表明を決定するまでに要した時間だ」

「……思い出した。あのステータスの称号の欄にあった『アーリープレイヤー』ってやつか!」


 管理者Xは、かすかに口の端をつり上げた。


「おめでとう遊一君。キミはアーリープレイヤーに選ばれた。参加順位は第二位だ」

「第二位? 一位じゃなくて?」


 この女が言っている招待状というのは、数学の授業中に突如現れたあのウインドウ画面のことだろう。

 それなら、自分で言うのもなんだが俺はかなりの速度で招待を受け入れた気がする。

 ロクに文章も読まずに反射的に『YES』を押してしまったからな。

 だが、俺の順位は第二位だと言う。

 正直言って、俺を上回る速さで招待を受諾できる奴がいるとは思えないんだが……。


 管理者Xは機械的に答える。


「第二位だ。一位は別の者だね。と言っても、その差はコンマ数秒の領域。二位でも恥じる必要はないよ。むしろ、このような摩訶不思議な招待を後先考えずに受け入れている時点で、自身の異常さを誇った方がいい」


 褒めているのか貶しているのかいまいち判然としない口調で、女は続ける。


「だから、これは特別ボーナスだ。今後の冒険に役立つだろう」


 管理者Xは、ゆらりと手を差し出した。

 黒いローブから顔を出す白い手首と女らしい細い指。

 その手のひらの上に、ピンク色の光の玉が出現し、凝縮されていく。

 やがて、桃色に輝く光のもやが弾けて四散した。


「呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーんっ! キュートでプリティーなサポート妖精――プリムちゃん爆・誕・ですっ!!」


 ぶりっ子のような萌え声が管理者Xの手のひらから発される。


 そこにいたのは、ピンク色のカール髪をなびかせる小さな妖精だった。




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