錆びまみれのなまくら刀。
これに
実際に可能かどうかは分からない。
しかし、俺は直感的にこの推測は正しいと確信していた。
「恨まないでくれよ校長先生……南無三ッ!」
ブサイクな動きだが、体が脳のイメージ通りに回転し、俺の足がショーウインドウを粉砕する。
ガシャアアアアン!! と校舎中にガラスの破砕音が反響し、すごくイケナイことをしている気分になる。
「グガァアアッ!! ゴォォオオオオアアアアアアアアアアアア!!!」
「おいおいあっちも随分とご立腹じゃねぇか! 生真面目な優等生ぶってる暇はねぇな!」
大穴が空いたガラスケースの中から荒々しく刀を奪う。
鞘も何もない剥き出しの刀剣。
乱雑に扱えばぽっきりと折れてしまいそうなボロボロの日本刀を、刀を振るったこともない素人が構える。
真っ正面から地響きのごとき足音を轟かせるオークに対し、俺は意を決して迎え撃った。
握る刀に、赤いオーラがまとう。
「やるしかねぇんだ……腹括れ! おらぁあああああああああああああああ!!」
駆ける。
一本道の廊下。
オークまでの距離、およそ十メートル。
五メートル。
三メートル。
――――接敵。
「グゴゴァアアアアアアア!!」
グヮン! と、大振りのスイング。
オークの棍棒が視界の左側から襲来。
「甘ぇんだよッ!」
瞬間、俺は速度を減じず一気に重心を後ろへ落とし、スライディングをかます。
同時に、刀を全力で握った。
「ガッ!? ゴグァアアアアアア!!?」
オークの棍棒は空を切り、そのまま職員室の壁を破壊する。
頭上から崩れ去る壁の大絶叫を浴びながら、俺はオークの大股をスライディングで抜けた。
回避に成功しただけではない。
丸太のように逞しいオークの右足首から、ぶしゃあああ!! と鮮血が迸る。
「よしッ! まずは一本。テメェの肥え太った足、もらったぞ!」
俺は即座に体勢を立て直し、手にする日本刀に目を向ける。
闘気をひしひしと匂わせる赤いオーラを刀身からなびかせるそれは、本来の刀以上の能力を引き出していた。
朽ち果てた骨董品とは思えない頼もしさだぜ。
「派手に人の学校をぶっ壊しやがって……来世はもう少し落ち着きを持った方がいいぜ!!」
「ゴガッ!?」
怯んでいる隙にトドメを刺す。
俺は大きく跳躍。
二メートルを優に超えるオークが、俺の姿を見上げる。
空間に、赤い残像が描かれた。
「ガグァアアアアアアアアアアア!!!」
袈裟斬り。
オークは上半身に刻まれた対角線から、鮮血を噴き出す。
その後、ぐらり、と力なく倒れた。
巨体が持つ規格外の重量に、ズウゥゥゥン……! と鈍い揺れが廊下中に走る。
しん、と静まる学校。
やった、のか……?
「は、あはは、やった、やったぞ……俺の勝ちだぁああああああああああああ!!!」
全身にマグマのような血が流れ、心臓が跳ねる。
濁流のようなアドレナリンに、脳が痺れる。
俺の魂が、奥底から震えあがる。
気付けば俺は、大口を開けて笑っていた。
モンスターと繰り広げた一世一代の大勝負。
知略、勇気、力、そして、運。
この一戦は、間違いなく神崎遊一という俺の人生を出し尽くし、激闘の末に掴み取った『勝利』だ。
長らく忘れていた。
一つのことに全神経を集中させ、それだけに没頭する感覚。
俺は今この瞬間、間違いなく
勝利の余韻に浸っていたところで、手にしていた刀に異変が生じる。
直後、バキィン……! と日本刀全体が砕け散り、錆びた金属の瓦礫として床に落ちてしまった。
それに呼応するように、俺の両足が筋肉痛のようにビキリと痛む。
「うぐっ!? こ、これは……もしかして、
だいぶ無理をさせた使い方をした。
オークの足の一閃と袈裟斬りの二振りで、この刀の残りの寿命全てを使い果たしてしまったのだうか。
名残惜しいが、バラバラに砕けた日本刀の残骸に感謝の念を抱く。
すると今度は、死体として転がっていたオークにドット状の霧がかかり、パリィン! というエフェクト音と共に消失した。
「っ、死んだら肉体が消滅すんのかよ。何から何までマジでゲームだな」
残ったのは生き延びた俺と、戦闘の激しさを物語る破壊された校舎と廊下。
……否。
――――パチパチパチパチ。
背後から不意に響く、控えめな拍手。
俺は咄嗟に、首だけ後ろに回して振り返った。
「思ったより面白いバトルを見物させてもらったよ。初のクエスト攻略おめでとう、
フードを目深に被った謎の女。
その女は大破した廊下の壁に背を預けながら、無機質な声と拍手で称賛の言を述べた。