「はぁ~、つっまんねぇな~……」
今日最後の授業となる七時間目。
ツルリと頭を光らせた数学教師が、黒板に数式を書き写していく。
sinだのcosだの無機質な記号がチョークの先端から次々と生み出されていく
「……で、あるからして、X軸とOPの角度をaとした時、OPからOQまでの角度は2/3π回転しています。そして初めに与えられた条件であるrcosa=4であることに立ち戻ればこの数式は――――」
数学教師の呪文が鼓膜を滑る。
ああ、つまらない。
最後に心が震えたのはいつだったか。
気づいた時には、同じような毎日を漫然と繰り返している。
「それもこれも、パッとしない俺のせいなんだけどな。は~あ」
しがない高校二年生、
頭脳明晰というわけでもなければ、運動神経抜群ということもなく。
それでいて頭が悪いこともなければ、運動音痴でもない。
突出した才能がない代わりに致命的な欠陥もない、良くも悪くも平凡で無個性なモブ。
全てのパラメーターが"中の下"から"中の上"で収まっているような、バランス型としても微妙な能力値しか持ち合わせないキャラクター、それが俺だ。
「唯一ハマれるのはゲームだけ。そのゲーム的世界観で考えても強みがない俺って一体……。せめて毎朝起こしに家まで通ってくれる金髪のツンデレ幼なじみでもいればまた違った人生になってたのかもしれんが、そんなイベントとは無縁なんだよなぁ」
しいて言うなら、妹が一人いるくらいか。
だが、ラブコメ的展開は皆無である。
頬杖をついたまま、左隣にある窓から外を眺めた。
ここは教室の窓側の最後列という、サボるにはうってつけの席なのだ。
「空は晴天。世界は平和。ったく、飽き飽きするほど恵まれた毎日だ。ちょっとくらい面白いこと起これよなぁ~、地球くーん」
刺激が欲しい。
心を昂らせたい。
ワクワクに没頭したい。
世界は果てしなく広く、未体験の『面白い』がたくさん詰まっているはずなのに、今日も今日とて俺は窮屈な学び舎に押し込まれている。
退屈な毎日。
諦念混じりに遠くの空を見渡すと、バサァッ! と巨大な羽で飛び回るドラゴンが見えた。
「そうそう、あのドラゴンみたいに、日常がちょっとでも刺激的なものになれば――……は?」
目を見開く。
思考が止まる。
はっ、え?
な、なんだあれ!?
瞬間、俺の机の上に半透明のウインドウ画面がポップアップされる。
『現実世界に【ファンタジー】が実装されました。
βプレイヤーとして参加しますか?
〖YES〗 or 〖NO〗』
――真っ白になる思考とは裏腹に。
俺は表示された文章を正確に認識することもなく、本能的に〖YES〗の文言に指先が触れていた。
『参加を受諾。プレイヤー登録が完了しました。
どうぞ心ゆくまで《新世界》をお楽しみください』
ウインドウ画面の表示が切り替わると同時、俺の足元に深紅の魔法陣が展開される。
天上に舞い上がる赤い光の粒子。
俺は魔法陣に呑まれていた。
「ッ!? なっ、これは――――!!」
心臓が、ドクンッ! と、熱い血を巡らせる。
つかの間、俺の視界は赤い光群で埋め尽くされ、やがて意識がシャットダウンされた。