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ウェスティア譚 Ⅺ

「んで…これ連れてきてどうするんだ」

「これって言わないの。人間だから」

「こいつどうするんだ。」

「わからないけど…取り敢えず治療すれば良いんじゃないかしら。」

「お前が治療するのか?」

「………できませんよろしくお願いします」


崖から降りたあとからずっとアトラスを抱いているせいで腕はプルプル足はガクガク。そんなカオル子だったがどうにかこうにかベルベットの館(仮)までたどり着く事ができた。ベルベットはもう崖から降りて早々に双子を地面に下ろして好きにさせていて上の出来事が嘘のようにのんびりとぶらぶら散歩をしていた。光が直に顔に当たっていて眩しげに細められた瞳の睫毛に光が反射してきらりと光っている。

館の石畳が見えると双子は空の籠とずっしり重い財布を持ってかけていき、玄関に一番にたどり着くと扉を押し開いた。


「た、ただいまぁ……死ぬかと思ったわ……」

「死ぬかと思っていたのは君だけじゃあないか?」

「そんなこと無いわよモノちゃんジノちゃんもきっとそう思ってたわよね!?」

「カオル子ちゃんに担がれて…走るの楽しかった……」

「風がびゅーんで楽しかった、またやってほしい」

「全然怖がってないわね」

「全然怖がっていないな。」

「アタシはヘトヘトなのに……思ってたより重くて腕がおかしくなっちゃいそう、限界限界、」

「待て置くなステイだ」

「犬みたいな言い方しないでちょうだい!」


ソファーに下ろそうとしたカオル子を急いで阻止するベルベット。血液が溢れている人間をソファーに寝かせれば当たり前のようにそこは汚れてしまう。自分のテリトリーを何より大事にするベルベットにとって他人の、しかも此方を敵対している人間の血液をお気に入りで愛用するソファーに溢すことは嫌悪感しか沸いてこない屈辱的状態なのだろう。だからと言ってこのまま抱いていてもそのうちカオル子も限界を迎えるだろうし手当てなんてものも出来ない。どうしたら良いと言うのだろうか。


「あ、じゃあアタシのベッドに…」

「バカ。そこはお前のベッドじゃあない。僕が貸しているだけだ。」

「またバカって言うじゃない!じゃあこの子どうしろって言うのよ~!」

「そんなことも考えてなかったのかい?」

「アンタのことだからそんなこと考えてないってことぐらい知ってるのかと思ったのに。」

「ああ言えばこう言う…その口の回りを危機管理能力の頭の回りに移行して欲しいものだね……付いてこい」

「そんなこと切り替えられるならアタシだってしてますよーっだ!え、まだ歩くのぉ?!」


ベルベットは一言言うとカーペットの敷かれた階段を上がっていった。その階段はいつもカオル子が寝るときや考え事をする宛がわれた部屋へ向かう時の慣れた階段だが同じ階にベルベット達の寝室とまだ未開拓のさらに上へと続く階段があることしか知らない。他にもカオル子の隣の部屋に並ぶように扉が4つ程設置されているがどれも開けようと試したことは無かった。良く良く考えたら自身が行動していたこの部屋の数に対して館が広すぎると言うことに今になって気がついたのだ。


「この部屋を宛がう。貸すだけだからな。」


そういってベルベットが立ち止まったのは噂のカオル子の隣の部屋。自身の部屋と同じくドアは丸く切り抜かれていて石の扉である。この壁に面した部屋は全て客室なのかも知れないとこんな性格でこんな数の客室を所持している彼を驚いた顔で見つめた。

だが現実はどうやら違うらしい。開け放たれた未開拓の部屋からはドアを開けたときに発生する風に乗って埃がぶわりと舞った。それに覗き込んだが物置小屋と言う言葉がぴったり合うようでベッドも布団も何も無い。何に使うかわからない道具やマネキンの用な物、部屋と同じく埃のヴェールを被った大量の本、それと錆びた燭台。いくら嫌っているからと言ってこの仕打ちはあんまりなのでは無いだろうか。


「ちょっとベルちゃん、ベルちゃんが魔法使いとか勇義隊が嫌いなのはわかったけどこの仕打ちはあんまりじゃないの?埃だらけのこんな固い床に転がしとくの?」

「勘違いするな。何もこの状態で寝かせるとは誰も言っていない。それに僕は別に魔法使いは嫌いじゃない。」

「この状況を見せられたら誰だってそう思うでしょうが。じゃあどうやって此処を怪我人を寝かせられる位にするのよ」

「質問ばかりしていないで考えろ。どうすると思うのか。」

「えーっと…此処を時間をかけて片付ける、とか?」

「不正解だ。良く見てろ。後々君を助けるかも知れない」

「どゆこと?」


そう言うとベルベットは物置小屋の様ななそこに放置されていた本の一冊を手に取った。カオル子が借りた本よりも古くページが黄ばんで居るのが良くわかる。こんな本でどうするのか、何故自分を助けるのか理解できずに見つめているとバリバリと音を立ててページが開かれた。経年劣化で装丁とページがくっついてしまったのだろう。彼はそのページの何も文字の書いていないページに再び手袋を外して手を翳した。


「空きスペースを借りる代償として君をもっと満腹にしてやろう。」


そう言うとその本の空きページに手を翳したまま部屋へ一歩踏み出した瞬間だった。しん、と静まりかえっていたその部屋に置かれた物達が突然ガタガタと大きく揺れ始めた。勿論何の前触れもなくだ。カオル子は混乱するも脳内の凪地帯は『あー、木曜日の8時くらいからこういう心霊を取り上げる番組あったわよね』なんて思う余裕はあるようだ。ポルターガイスト現象を眺めていると不意に全ての家具が浮かび上がった。大量に積まれていた本も燭台も良くわからないドールハウスに備え付けてあるようなキッチンも全てだ。それらの重さを無いものとし無重力のなかを泳いでいる様だった。それが突然空中で静止したかと思えばいきなり引きずられる様にして本に吸い込まれて行ってしまう。抵抗するような姿勢を見せる物もあれば一気に吸い込まれてしまって何が起こったかわからない物もある。少し背筋に寒気が走った。

2分もすれば部屋の中の物は埃ごとあの本に吸い込まれて綺麗さっぱり何もなくなり、殺風景さから座敷牢の様にも見える。ぱたり、と片手で閉じられた本は先ほどよりも分厚くなっているように見えていた。


「え、怖い怖い。何が起こったのよ」

「この本と契約して掃除しただけだ。お陰でちゃんとこいつの腹も膨れただろう?」

「何で最初よりページ数が増えてるように見えるか聞きたいけどきっと聞いたところでわかんないんでしょうね」

「察しが良いねその通りさ」

「バカにしてるでしょぜったい!もうそんなことは良いから早くこの子を置ける状態にしてよぅっ!」

「女性は羽のように軽いからまだ大丈夫だろう?」

「じゃあベルちゃんが抱く?」

「遠慮しておくよ。」

「じゃあどうにかして」

「わかったわかった焦るな。今するから」


彼は軽くカオル子をいなすとこんこんと石の部屋壁をノックした。本を閉じてから手袋をしたらしく白い指先では叩いていないが普通に痛いだろうに。彼はそんなこと全く気にせずにまるで部屋に話しかけるように声を出した。


「この部屋をこのオネエに与えた部屋の様にして欲しいんだができるかい?」

「オネエじゃないってば。」

「そうか。じゃあ頼んだよ」

「誰とお話ししてるの?」

「ん?この部屋と」


ベルベットの会話の意味も此方に向けられた回答の意味も分からなかったが直ぐに目に見えた変換が訪れた。開け放たれた埃だらけの部屋の石扉が音を立ててひとりでに閉まる。そんな光景は見慣れてしまって当たり前に感じてしまうがが今度はそれだけでは済まず、なにやら雑音と言うか家具を移動させるようなガタガタとした音が聞こえ始めた。時折石扉の下の隙間から微かな風が吹く程に大忙しな引っ越しと言う言葉がぴったり合う。

一際大きな音が一瞬したかと思うと静まり帰り、おずおずといった様に扉が開いた。


「うん。上出来だな。」

「はぇ、ど、どういうことこれっ!」


なんと言うことでしょう。先程まで埃の積もった殺風景だった石の部屋がこんなに綺麗に、一時の身を休めるには十分過ぎる立派な部屋に生まれ変わりました。曇った窓ガラスも綺麗に拭き取られ、カオル子の部屋と同じように光が窓際のベッドに差し込んでいます。

カオル子の脳内にあの女性特有のナレーションが流れ出す。あの番組に胸を張って出演できる程のアフターぶりだった。思わず手に抱いたアトラスを取り落としそうになるほどに。


「ほら、せっかく用意してやったんだ。早く寝かせればいいんじゃないか?」

「素直にもういいよって言えないのアンタは…おくけどさぁ」


ベッドもカオル子の部屋にあるものと大差ない様に見える。どうにかして辛い体勢をキープしつつしっかりと寝具に彼女を沈めた。こうしてみると鎖骨の下の傷は鋭いが傷の割に血液はさほど流れていないように見える。突如虚無から現れたナイフは気が付いたら消えてしまっていてどれほどの大きさのものなのかわからない為正確な傷の深さはわからなかった。

問題はこれから。どうやって彼女を看病するのが正しいのかということ。自身を助けてくれた時のようにチャチャッとやってくれるのでは無いかとカオル子は背後に立つベルベットに視線を向けた。


「じゃあ、看病頑張りたまえ」

「え、ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ。なんでアタシが」

「お前が助けたいと言って連れてきたんだろうが。なぜそこで僕に頼る」

「だってアタシ人の傷の手当てなんてしたことないわよ!アンタならアタシにやったみたいにちょちょーって治せるんじゃないの!?」

「僕は治癒魔術は使えない。お前にも治す魔術は使っていない」

「え、じゃあなんで治りがこんなに早いのよ!」

「お前の魂をちょっと弄ったからだと言っただろう」

「言ってないわよ絶対説明されてない。」

「した。」

「してない。…もうどっちでもいいけど魂いじってあげればいいじゃない」

「無理だ。というか嫌だ」

「なんでよ」

「こいつお前の靴を燃やしたんだよな術で。見たところこいつの剣についているこの宝石は魔法石だ。つまりこいつは魔法使いってことになる。ここまではいいな?」

「うん。ばっちり理解してる」

「いつだったかも話したと思うが魔法を使うものは天使に身も心も捧げる代わりに力を貸してもらっているという考え方だ。反対に魔術は悪魔と契約し何かと引き換えに魔術を使えるようにしてもらっている。バカでもわかると思うが天使と悪魔は互いにどんな存在だ」

「えーっと…仲が悪い!」

「阿呆のような回答だが正解だ。よって身も心も天使に忠誠を誓って魔法を手に入れたこの女の魂に僕は干渉できない」

「じゃあじゃあ、なんでアタシにはできたの?」

「だから、お前は天使に身も心もささげたのか?捧げてないだろう?」

「そうね。アタシの身も心もお酒と可愛いものに捧げてるわ」

「だからこそできたんだ。水と油のように天使と悪魔は混ざり得ない」

「じゃあどうすんのよ。」


完全にお手上げ。まさか怪我人の治療をするのにこんなに苦労するとは。ここには見た感じ絆創膏のような便利ツールも無いようだしそもそもこの傷が絆創膏で埋まるわけがないのだ。それに……


「百歩譲って包帯で傷を塞ぐってなったとするじゃない?」

「嗚呼、仮定するとどうした」

「この子の甲冑どうやって脱がすのよ。女の子よ?」


アトラスはカオル子やベルベットとは性別が違う。いくらカオル子が乙女だからと言って流石に踏み込んで良いものでは無いことを彼女自身がよくわかっていた。だがベルベットに頼んだところで先ほどの話ぶりからあまり魔法使いをよく思っていないのは確か。そんな男が喜んで彼女の甲冑を脱がすことをやるだろうか。

ベットに寝かせてから全く話が進展しない。そろそろ止血しないと体調は悪化の一歩を辿ってしまうだろう。目を向ければベットシーツにも鮮やかな赤い血の花が咲き始めていた。


「よし。」


先に口を開いたのはベルベットだった。形の良い白い肌の顎に手袋をはめた指を当てて何か考えるようなそぶりをしていたので名案でも出たのかと期待していたが彼の口から出たのはまあそうなるよなとしか言えない他人任せの言葉だった。


「モノとジノにやらせよう。」

「言うと思ったわ最低。でも今回は本当にアタシとベルちゃんじゃ無理だもんね。セクハラになっちゃう。」

「下手したら訴えられるな。」

「アンタのことだから訴えられる前に殺しちゃうんでしょ」

「よくわかったな。」

「分かりたくなかったわよ。しょうがない…お願いしてみるか…」


ベルベットが呼びつければ双子は用意周到に桶に温かいお湯と綺麗な白いタオル、それと包帯やベルベットが作ったであろう薬のようなものをそれぞれカゴに入れて現れた。


「用意周到すぎる何このこたち…追いかけられて怖かっただろうにキモチのコントロールが上手すぎるわ…」

「僕が育てた子だからな。もっと褒めろ」

「なんでアンタを褒めないといけないのよ。ここで褒めるのはモノちゃんジノちゃんでしょうが」

「違うよなモノ、ジノ。この教育をした僕こそが褒められるべきだよな」

「ベル様がちゃんと教えてくれた…」

「ベル様…怒らないで教えてくれたから…」

「ほらな。」

「何よ双子ちゃんに言われたら突っぱねられなくなる双子マジック…ってそんなことじゃなくてね」


カオル子は今までの会話を全て双子に伝えて甲冑を脱がせて傷の保護をすることを頭を下げて頼んだ。双子は最初からその気だったらしく、頭を下げるカオル子を不思議な表情で見つめていたが感謝されていることがわかるとゆる、と表情を微笑ませた。


「モノやってくるね…」

「ジノ、やってくる…」

「じゃあ頼んだぞ。僕たちはリビングにいるから何かあったら僕たちのところにきてくれ」

「わかった…」

「頑張るね…」

「じゃあよろしくねモノちゃんジノちゃん、本当にありがとう」


部屋に入っていく双子と引き換えにカオル子とベルベットは新たに誕生した客室から退散してリビングへと向かった。やっとアトラスを下ろせたカオル子はソファーのどっかり座ってやっと息を吐いた。ベルベットは1番頑張ったと言っても過言では無いのに表情一つかえず本を開いてカオル子の隣へ腰掛けた。


「ちょっと。アタシが座ってるのになんで隣に座るのよ」

「こんな馬鹿でかいソファーに並んで座っても君触れすらしないんだから良いだろう?それにここは僕の家でこれは僕のソファーだよ。」

「ぐぬぬ…そう言われたらもう何も言えないわね……」


そんな会話をしながら足首についた傷の痛みをどうにか冷まそうとフーフー息を吹きかけていると先ほど胸を張って部屋へ消えたばかりの双子が降りてきた。


「ベル様…」

「ん?どうした。もう終わったのか?」

「違う…あの…脱がせ方わからない…」

「甲冑、お洋服と違うから…」

「失念だったな…肩のところのストッパーみたいなところをぐっとやって引っ張れば上は取れる。下は革ベルトがあるからそこを緩めて外せ。」

「なんであんたそんな女の甲冑の脱がせ方知ってるの?慣れてる?」

「そんなわけないじゃないか。あんなもんぱっと見で作りはわかる。」


アドバイスをもらってもう一度部屋に戻ってきた双子だったがまた階段から降りてきた。


「ベル様…固くて無理だった…」

「ごめんなさい…ベル様……」

「はぁ…謝るな、しょうがない非力なのは子供だからしょうがない。おい、行け」

「は、はぁ!?さっきのお話覚えてます?アタシは無理に決まってるでしょうが」

「僕も無理だ。よってお前。」

「ふざけんじゃないわよって」

「わかったわかった。どっちも無理だってことはわかったから」


そう言うとベルベットは拳を突き出してくる。まさか殴り合いで決着をつけると言うのだろうか。やらなくてもわかるがこれはもうカオル子の惨敗なのではないだろうか。それに怪我人を治療するために怪我人を増やしてどうすると思っていれば拳を突き出した彼が口を開いた。


「ジャンケンで決めるぞ。」

「じゃ、ジャンケン、!?アンタジャンケン知ってるの、!?」

「そんなのどんな子供でもわかるだろう」


まさかこんな堅物男の口からジャンケンという子供向けの言葉が飛び出るとは…だがこれが今最も平和に決断を出せるもの。これは受けて立つしかない。


「負けた方が脱がせてくるのね?」

「違う。負けた方が脱がせて傷の手当てだ。」

「わかったわよ。じゃあいくわよ」

「じゃんけんほい」

「ポイ!!!」


ベルベットは握った拳をそのままに、カオル子はハサミを模したチョキを叩き出した。結果は一発勝負でついた。ドヤ顔でソファーにふんぞりかえるベルベットがかつてないほど憎たらしく見えた。


「僕の勝ちだな。」

「バーカ!!ベルちゃんのバーカ!!!」

「何がバカだ。ほら負け組はさっさと行ってこい。」


勝負だからしょうがない。まさか負けるとは思っていなかったカオル子はトボトボと階段を登って自身の部屋の隣へと入った。そこにはまだ目を瞑っているアトラスが横たわっていた。『どうかアタシが脱がせている間に目を覚ましませんように…!』と祈りながら先ほどベルベットが言っていた通り横腹近くの皮のベルトに手をかける。ベルトは普段から割と使い慣れているからそのままいつも通り引っ張ってみる。うんともすんとも言わない。固くてぎちっと音がするだけ。穴に通してある細いあの金属の棒すらひっぱっても弾いても動かなかった。何度もアトラスの体を傷つけない程度に強く引っ張っても剥がそうと思っても動かない。もう無理なので諦めてベルベットたちの待つリビングへと戻った。


「おお、早かったじゃないか。終わったのか?」

「無理。硬すぎ剥がせない。」

「また嫌だからってそんな冗談を」

「いやいやいや本当ほんと。見る?アタシの爪。剥がれかけてますわよ」

「結局僕が行かされることになるならじゃんけんの意味あったか?」

「いいじゃない勝負の結果にも甲冑後時にも負けるアタシが見られるんだから」

「ふん…そう考えるといい物なのかもしれんな」

「ちょろいわねアンタ…まあいいや!早く行ってきなさい!」

「命令するな。やる気が失せる。」


なんとかぶつぶついいつつも階段をのそのそ登って行くベルベットの背中を双子と共にソファーに座って見送った。すぐには降りてこないのを見れば割とうまく行っているらしい。やはりどんな行為でも慣れている人間がやるのが1番効率がいいと思う。そんなことを双子と話していると女特有の甲高い悲鳴と何か乾いたものを打ち付ける音が二階から響いてきた。


「何!?どうしたのベルちゃん!!」


その悲鳴、一見考えればどう考えもアトラスが発した悲鳴だが今まで魔術使いが魔法使いに追いかけられていたことを見ると反射的にベルベットの心配をしてしまう。急いで階段を駆け上がってベルベットが入っていった第二の客室に飛び込んでベルベットによれば右の頬を赤く腫らして仏面顔でそこに立っていた。


「あいついきなり殴ってきたぞ。」

「いい音してたもんね」

「なんだあいつは。助けてやったというのに」

「わかったわかったから、アンタはもう用済みってことよアタシが代わってあげるからリビングにでもいなさいな」


ああなるほど…脱がせている最中運悪くアトラスに起きられて頬をぶたれたのか。苦笑いしつつもう脱がせた甲冑を持っているベルベットの背中を押して一階のリビングに戻らせた。


「ごめんねアトラスちゃん…目覚めてすぐに仏面顔のあんな男が自分の服脱がせてたらびっくりするもんね」

「あ、あなた達…いたっ…」

「まだ動いちゃダメよ!手当まだしてないんだから!さ、傷を見せて!手当しちゃいましょ!」


カオル子は阿呆だった。アトラスと会話ができた流れで友人にするように体を隠してくるまっていた布団を剥ぎ取ったのだ。いくら傷の手当をするとは言え異性の前でいきなり全裸を晒されたアトラスはどうなるだろうか。先ほどリビングで聞いたのと全く同じ悲鳴が近距離で聞こえたかと思えば乾いた音と共にじんわり右頬が痛んだ。今度はカオル子がベルベットにしたように双子が慌てて階段を登ってきた。うん。もうこれは双子ちゃんに頼むしかないと双子にその場を任せて自身は先ほどの彼と同じようにトボトボ階段を降りてリビングへ向かった。


「お前もか。」

「多分アタシが悪いんだけどとてつもなくいい一撃だったわよ。」

「ざまあないな」

「何よアンタもビンタされたくせに」


だがベルベットの右頬の腫れはもう跡形も見えない。叩かれた力が弱かったのだろうか、それとも時間の経過か。まだ自分の頬はじんわり痛むというのに。頬を撫でながらソファーに座ればベルベットは本を閉じて包帯を取り出しカオル子の足の手当を始めた。


「あら?アンタ自分で人に干渉することなんてあるの?」

「酷いことを言うな。僕だって手当てぐらいする。それと双子を守ってくれたそうだからな……と…」

「え?何??ゴニョゴニョ言わないで聞こえないから」

「何も言っていない。」

「嘘よ!双子を守ってくれたそうだな…の後なんか言ってたわよ!」

「やめろ僕の声真似をするな。似てない」

「もう一回やってあげましょうか?」

「この傷引っ叩くぞ?」

「いやです」


ベルベットが少し前、死にかけだった自身のために魂を弄り治癒力がなんたらと言っていたがその通りかもしれない。ろくな止血もしないと言うのにもうすっかり傷口から流れる血は止まり、腫れも引いている気がする。ぐるぐると無心でこちらの足首に包帯を巻くベルベットに彼女は疑問に思っていることを聞いた。


「ねえベルちゃん?」

「なんだ。」

「ベルちゃんなんでアタシ達の場所がわかって、危ないってわかってきちゃったの?そんなに長時間出かけてたわけでもないのに」

「嗚呼それならお前につけたあの守りの隠し布あっただろう?」

「あったわね。無くしちゃったけど。」

「あれを結びつけるときにこれが解けたら僕の方にわかるように術をかけたんだ。君のことだ。どうせ顔を隠していても面倒ごとを起こすと思っていたからね。結果はまあ見ての通り僕の予想が当たったわけで」

「すごい大正解。すごい馬鹿にされてる気もするけど有難い気もする…」

「まあいいじゃないか結果万々歳なんだから。」

「ふぅん…ベルちゃんってさ、ほんとに魔術使いなの?」

「だったらなんだ。」

「アタシが読んだ本とか勇義隊の人たちは魔術師は悪魔に身を売った悪役だって書いてあるけどベルちゃんが悪い人にはアタシ見えないわ。悪人だったらあそこで双子ちゃんだけ助けてアタシは置いていくだろうしもっと無差別にとんでもない攻撃するんだと思ってたから」

「…僕はただ自分の信念を貫くだけさ。それに…まあいい。」

「また途中でいうのやめたのぉ?」

「お前が知らなくてもいいことだからな」

「まあ喋りたくないことがあるのはお互い様って前にも言ったばっかりだしねぇ。アンタのそのしけた顔見てると揶揄う気も失せるわ」

「僕の顔はいつも通り潤っているが?」

「表情の話」

「ハンサムだろう?」

「憎たらしいほどにね」


一瞬重くなったように感じた空気もお互いを適度に馬鹿にする会話で解けていく。すっかり包帯で巻かれ終わりまた互いが紅茶や本に戻っていると手当が終わったのか持っていった道具を持って二階から双子が降りてきた。


「傷の具合は?お疲れ様だったな。」

「ちょっと切れてるだけ…」

「ベル様のお薬塗ったからすぐ治る…」

「そうかありがとう。」


足にまとわりつく双子の頭を撫でれば双子は嬉しそうに道具を片付けにかけていった。双子の顔を見ればビンタを食らってはいないのだろう。完全に傷の手当てが終わったことを確認したベルベットは話をしてくると本を閉じて立ち上がった。


「僕はあの女に話を聞いてくる」

「待って、アタシもいく」

「なぜ?」

「だってアタシがいなかったらベルちゃん酷い尋問しそうだもの」

「僕のことをなんだと思っているんだい。」

「酷い尋問をする人。」

「そんな馬鹿な」

「それにあの子と1番最初に出会ったのはアタシよ。アタシも話を聞く権利があるわ」

「そんな無駄な時間を過ごすなら石を探していた方がいいと思うぞ」

「無駄な時間じゃないわ必要な時間。安心して今日から徹夜で探すから!」

「また喧しくなるのか……」


眉間を押さえ階段を登るベルベットの後ろについて行けば学んだのかベルベットは石の扉を叩いて声をかけた。


「入るぞ」

「ど、どうぞ…」


扉の向こうから女の声が聞こえてきた為もうすっかり意識は覚醒しているのだろう。開く扉の向こうには包帯を巻かれて布団を体にかけてこちらを見るアトラスの姿があった。


「君、名前は?」

「アトラスです。アトラス・レデュルク。」

「そうか。ではアトラスくん。君にいくつか質問をさせてもらうよ。」


カオル子や双子に向けるものとは180°変わった凍てついた目でベルベットはアトラスと名乗った女を見下ろした。



カオル子の残金あと98万4400ペカ


第11話 (終)

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