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ウェスティア譚 Ⅹ

「ベルちゃん゛ん゛ん゛」


突然の救世主の登場にへたへた力が抜けてしまい我慢していた足の痛みがズキズキと存在を主張し始める。振り向けば此処三週間で見慣れた姿をした男がいた。


「お前は行く先々で厄介ごとを起こす…」

「行く先々ってアタシ此処にしかきたことないんだけど」

「じゃあ此処で厄介ごとを起こすって言った方がいいか?1回目は魔術師だと追われて崖から落ち、2回目は魔術師だと言われて死にかける。」

「だってアタシが魔術師じゃないって言ってるのに聞かないあの人たちのせいじゃないのよ!」

「気配に気がついてその場を離れるとかできただろうが」

「アンタじゃないんだからできるわけないでしょうが!」

「君だからできないの間違いじゃなくてか?」

「きぃっ!!せっかく感謝してたのに腹立つうぅっ!!」


目の前に敵兵士がいるというのに相変わらずの喧嘩っぷりで誰も口を挟めないし動けなかった。突然どこからとも無く沸いた黒い男と感情の起伏が激しいオネエが言い合いをしていたら口を挟むことができないのが至極当たり前だろう。ただ2人が言い合っているのをいいことに、バレないようにキリリと弓を構える男が1人。散々カオル子にちょび髭だのブスだの言われまくっていた隊長、ドムラグ・ラベルだ。カオル子達目がけて飛ばされた矢はまたもや投げられた剣のように2人の眼前でピタリと動きを止めて地面へ落ちた。


「な、何故だっ!何故当たらないんだ!」

「アンタね最初に会った時も言ったでしょうがしゃべってる人様にちょっかいかけるなって。」

「君がこの能無し勇義隊の現隊長なのかな?やはり隊は頭で決まるとは良くいうがこれは残念な頭だ」

「な、なにをっ!失礼な!俺を誰だと思っている!勇義隊隊長のドムラグ・ラベルだぞ」

「だから知ってるわよちょび髭さん」

「こいつ人の話を聞かんようだな…やはり残念な頭」


全く自身の言葉が相手の恐怖を煽るものになっていないと知ったドムラグは怒りでワナワナと体を震わせて張り裂けんばかりの大声で後ろに控えている部下の兵隊に命令した。味方を手に入れたカオル子はこの怒鳴り声を聞いても逃げ出そうともしない。そんな態度に機嫌を左右され怒りに任せてかき集めの権力を振るう様子は愚帝そのものだった。


「今すぐこいつらを殺せぇっ!全員打首にしてしまえ!」

「口を開けばすぐ打首だなんだと…君はハートの女王かね?でもまあでっぷりと肥えたその肉だとハンプティ・ダンプティの方がお似合いかな。」

「黙れっ!貴様なんか背高のっぽのカカシだ!」

「今は不思議の国のアリスの話だろう?いつの間にオズの魔法使いの話になったんだ」

「待ってベルちゃんアリス知ってるの?アタシの世界にもあるわよ!女の子が夢を見て不思議な世界に入るお話でしょ!変なところで被ってるのねぇ」

「何を言っているんだ。我儘なハートの女王をアリスが打首にする話だろうが」

「ごめんちょっと何言ってるかわかんない。全然違うんだけど。題名と登場人物しか被ってないわね詳しく教えなさいよその話」

「今喋る内容ではないことくらい理解しろ」


おとぎ話に早速花を咲かせようとする彼女達に自身は命令するだけで全く動かないドムラグの後ろから剣や槍を構えた兵士が溢れ出してくる。だがしかしベルベットは微塵も動揺も動きもせずに顕になった白い右手をその兵士たちに向けると声高らかに呪文のようなものを口ずさんだ。


「『燃やしておくれ』プリアズバニェット


その瞬間先頭を走って此方に向かってきていた彼らの足元が勢い良く燃え上がった。火をつける道具や燃えやすい物は今確認できないためベルベットがもたらしたものだとその場にいた全員がわかっていた。新緑色の草よりももっと新緑でそれでいて紺碧の炎が地面を舐めるように燃えている。ただやたらめったらに草木を食むように燃え広がることは無く意思を持った生き物のように形を変え、彼らの足を包み込もうとしていた。


「ヒィっ!、熱いっ!」

「弱者め!熱かろうが進め!奴らを切り刻め!」

「火なんてどこから、アイツ魔法使いか!?」

「でも副隊長が唱える呪文と少し違うぞっ!!」

「それに石も杖も見当たらない……」

「それにあの赤い瞳と黒い姿、宿屋のジジイが言っていたおとぎ話のやつと瓜二つじゃねえか!」

「馬鹿野郎っ!老いぼれジジイの伝承など鵜呑みにするな!」

「…ということはつまり、」

「まさかお前が本当に本物の」

「俺、魔術使いなんて本物、今まで見たことねえし、戦ったこともねえ、」

「カ、カオル子さんや双子さんじゃなくてあなたが本当の、」


緑の炎にすっかり後退りしてしまった兵士たちはベルベットの正体に気がついたようで驚愕して歩けなくなるものや諦めて武器を下ろす者たちがちらほら見える。ただそれも数人だけでまだ血気盛んに此方に武器を振り翳してくる筋肉馬鹿でなにも考えてはいない人間たちに再度地面を燃やしながら彼は悪戯に微笑んで事実をありのままに贈った。


「嗚呼、君たち魔術使いを討伐しているんだって?実績というか冤罪の割には本物には指一本も触れられないじゃあないか」

「ベルちゃんアンタ…」

「私こそがこの土地に根付いた伝承の化け物で魔術使いさ。」


そう微笑んだベルベットの顔はどこか影と哀愁を帯びたような物だったがその顔もまたすぐに余裕そうな表情に変化して生み出した炎を次々に操っていった。何故?魔法や魔術が使えるならば誇ればいいのに。何故それを欠点のように見せびらかすのだろうか。


「ほらほら、どうした?元凶を、魔術使いを屠るんじゃあなかったのかい?なんと言ったか、ドムラグ君。」

「ばっ化け物っっ!どうしたお前たち!今すぐこいつを刺し殺せ!」

「化け物で結構結構。君たちが私に全滅させられるのと私に傷をつけるのと、どちらの方が先かな。」


今まで数々の人を追いかけ追い詰めていた勇義隊だったが今は完全に立場が逆転しベルベットというただ1人の魔術使いに怯え逃げようとすらしている。ベルベットはそんな彼らに近づいて行くのをやめない。足を一歩兵士たちの中へ進めるたびに刃物が向かってくるがベルベットの出した炎はピッタリ彼の足の下について周り飛んでくる物全てを包み燃やし溶かして煤にしていった。ついにベルベットに戦いを挑む使用可能な武器はドムラグの所持する物と倒れて起きあがろうと必死に動くアトラスの腰についた魔法石付きのものだけになってしまった。兵隊もそんな状況に絶望し馬に乗っていたものは馬を乗り捨てまだ安全な兵士の中で唾を飛ばして命令ばかりしていた男の後ろへと下がっていく。それに気がついたドムラグも慌てて馬から降りて安全な中心へ逃げようとするも兵士たちは彼を押しやって絶対に安全地へは行かせないようにしていた。やっと頭の無能さに気がついた勇義隊たちは己が犯した罪の全てをドムラグになすりつけることに決めたのだ。

そんな状況も考慮せずひたすら此方に向かってくるベルベットと彼の距離はあと6メートルも無いだろう。


「ははは、部下にばかり危険なことをさせ自分は地位の上で踏ん反り返っているのがついにバレたか。」

「黙れ!どいつもこいつも貧弱軟弱ばかりだ!基地に帰ったらお前ら全員クビにしてやる!」

「君…やはり愚かだな。私の可愛い可愛い双子達に害を与えようとして今まで通りぬくぬく家に帰れるとでも思っているのかい?」

「未遂だろうが!ネチネチやかましい貴様!」

「未遂?今まで散々クビを刎ねろだの化け物だの罵ってくれて良くそんなことが言えたな。それにカオル子がいなかったら間違いなく手にかけていただろう?それにうちで引き取った居候に傷をつけた時点で足の五本や六本消されても仕方がないとは思わないのかい?君たち今まで追い詰める側だったんだろう?偶には逆の視点も美味しく味わうといいさ。『裁きの剣を差し上げて』ギバニフジャメイト


刹那ベルベットの顔の横の開けた空間から黒い光の粒を見に纏う短刀が姿を現した。それと同時に目の前でまだ消しかす程度に落ちた信頼と権力と肥大化した自愛に酔いしれて偉そうに踏ん反り返っているドムラグ・ラベルに風を切り裂き一直線に飛んでいった。そのまま彼の眉間に吸い込まれていくかのように思われたが彼の性悪さと狡賢さはただでは済まない。漆黒のナイフが自身に向けられていることを理解した瞬間先刻自身がめためたに打ち付けていたアトラスを無理やり立たせて飛んでくるナイフと自身の間に無理やりねじ込んで盾にしたのだった。そのナイフはドムラグの眉間へではなく、アトラスの露出した右鎖骨へと突き刺さり鮮血の花弁を咲かせた。


「チッ…性根が腐った小さな愚帝め」

「っ!アトラスちゃん!!」

「あ、おいカオル子!何してるお前!」


カオル子の体は石を投げつけられていた双子を庇った時のようにお節介にも動き倒れたアトラスの元へと向かった。今まで恐怖と痛みでへたり込んだあと立つこともできなかった癖に。自身を庇ってくれて謝罪と感謝を述べてくれた彼女からはもう敵意を感じ取ることが無く自身に害をなす存在では無いと思ったからだろうか、それとも倒れた彼女が女性でか弱いからだろうか。どちらにせよいつの間にか彼女はカオル子にとって美学を突き通す対象となっていたらしい。つくづく単純でよく人を信じる偽善者のようだとベルベットは大きく舌打ちをした。アトラスへ突き刺さった漆黒の粒子を纏ったナイフは対象を捕らえたと跡形もなく溶けて消えていたがそこに刺さっていたことを証明するかのように深く鋭い傷がポッカリと空いていた。痛みか恐怖か出血でか、アトラスはぐったりと気絶していて揺すっても肩を叩いて声をかけても反応はなかった。


「おいカオル子何してる離れろ。何故わざわざ距離を保っていたのに寄るんだ。せっかく僕の善意から僕が最前にでていたのに」

「だってこの子守ってくれたんだもの!ごめんなさいもしてくれたし!アタシが双子ちゃんを守ったから命を助けてくれたんでしょ?だったらこの子も双子ちゃんとアタシを守ってくれたんだから助けないと!!」

「お前はそう綺麗事を、その謝罪が本心からだと言う確証はどこにあるんだ。お前はこいつのせいで死にかけたんだぞ。呆れるほどのお人好しだな。何かあってからではどうしようもないんだ。早くその女から離れろ!」

「何かあったらその時はアタシが責任を持つから、って、いたっ!」

「馬鹿なオカマめ!わざわざ敵に単身近づくとは阿保だな!」


こいつが話に割って入ってくるのはもう魂に刻まれた決定事項らしく、アトラスに呼びかけベルベットに交渉を持ちかけていたカオル子の長く綺麗なミルクティー色の頭髪を思いっきり掴んだ。その突然の痛みにアトラスを揺すぶっていた手を思わず離してしまう。


「おいそこの魔術師!次に何かしたらこいつを殺すぞ!」

「人質か……だから早く離れろ、お人好しは程々にと言ったのに…」

「ちょっと!オカマじゃないってば!!」

「もうオカマを名乗れカオル子。」

「いやよ!ベルちゃんの意地悪!」

「今すぐ両手を頭の隣へ持って言って何も喋るな魔術の化け物め!少しでも反論したり動いたらこいつの首を掻き切るぞ!」


その言葉と共にカオル子の首元に全く使っていなそうな光る刀身が当てられた。昔コスプレをしていた友人が持っていた剣のレプリカのようで全く切れなそうで笑ってしまいそうになるも万が一これが本物だったときに頭と首がさようならしてしまうので少しでも首から離そうと顔を引いた。一方ベルベットは寂しくて足にしがみつきに来た双子と共に動けなくなっている。やはり人質がいるというのが部が悪く、一度助けたカオル子の首が目の前で飛ぶことは見たくないし何より彼女に懐いている双子が目の前にいるのだ。自分はまだしも双子にそんなショッキングな映像を見せた日にはもう後の祭り。なんとしてでもそれを避けようと考えを巡らせながら静止していた。


「今だお前達!まずはあのガキ共からとっ捕まえてしまえ!そのあとあの黒い男は馬に括り付けて町中を引きずり回せ!おっと!ガキも一緒に引き摺らせるのがいいかな!痛みと恐怖に泣き叫ぶ様はなんとも愉快だろうに!」


まだ部下がついてくると思っているのだろうか。してやったというように汚く口を開け大笑いしながら強がりのような咬ませ犬のような…つまり弱者が調子に乗っている時のような言葉を吐き散らかした。さっきまでの怯えとボスへの忠誠心を喪失した人間達とは思えない兵士も調子を取り戻したのかふんぞりかえる隊長の後ろでニマニマと笑っていた。この状況は圧倒的勇義隊優位かと思われた。

だがその負け犬の遠吠えのような死体にたかる蝿のように嫌悪感を抱く一言がカオル子の逆鱗に触れた。ドムラグから剣を奪い自身の頭髪を切り落としてでも逃げるのがテンプレートだろう。だが今こうして捕まっているのはただのヒーローでもヒロインでもない。カオル子という自称最強乙女のオネエなのだ。運よく捕まっているのは頭だけなので大きく右肘を後ろに振ってあろうことかドムラグの急所…というか男の急所に思い切り叩きつけたのだった。油断していたこともありゲラゲラ笑っていた髭男は情けない声を上げ剣とカオル子を掴んでいた両手を離し股間を押さえて悶絶している。今がチャンスとばかりにカオル子は彼が今しがた自身の首もとに当てられていた剣を引っ掴むと遠くへ投げ捨て、倒れたままのアトラスを引き寄せるとベルベットの背後へ駆けた。


「ぶっふ、くく、…あっははは!君、ふは、こんなタイミングで笑わせないでおくれよ、くはっ!おい女も連れてくるな…んははははっ!」

「ちょうどいいタイミングでこれ逃したら助けられないから連れて来ちゃった。それに連れてきちゃったらもう置いて帰れないでしょ?それにしても緊張で心臓ドッキドキ」

「その割には随分余裕そうじゃないか。そのまま捕まっていてもメンタルは大丈夫だったんじゃないか?」

「バカ言わないでよ!あんなきっしょい言葉聞いたら我慢して捕まってる気力も失せちゃったわ。てか何笑ってんのよ、アタシは最悪の想像して心臓バックバクの囚われの乙女なのにぃ!!」

「だからって金的は、あはは爽快爽快」

「肘にダイレクトにちんこの感触が伝わってきて発狂しそうだったわよ全く…乙女になんてもん触らせてんのよ…」

「へし折ってやればよかったのに」

「それこそちんこにダイレクトアタックじゃないの!絶対嫌。」

「乙女が下半身の一部名称をそんなにでかい声で言うな。」

「えぇっ!ベルちゃんやっとアタシのこと乙女って言ってくれたのぉっ!」

「言ってない。」

「嘘よ絶対言ってたわ。」

「カオル子ちゃん…強い…」

「カオルちゃん…どぅくし…」

「カッコよかったでしょ!」


ほんの一瞬訪れた緊張が嘘のように腹を抱えて笑うベルベットに金的を食らった本人は憤慨では収まらないほど顔を赤くしていた。隊長ともあろう自身がこんな低俗な男でも女でもない人間に急所を殴られて嘲笑され、同じく笑っていた部下に負けを悟られ逃げられるとは思っていなかったのだろう。自分がここまで人望がない人間だとも思っていなかったはずだ。いつも偉そうにふんぞり返っている人間の下に着くのは甘い汁を啜っている時だけ。その汁も無くなれば自分が大事なので皆一目散に散っていく。


「お前達のせいだ!お前達のせいで従っていた部下も失い!屈辱的な思いもしたじゃないか!!」

「知らないわよそんなの。そもそもその部下を物みたいに扱ってたから今そうなってるんでしょ?自業自得ね」

「君のお人好しで阿呆なところは共感できないが、そこは共感だね」

「一言多い一言。」

「どこが多かったか?共感のところか?」

「んなわけないでしょお人好しで阿呆のところよおばか」

「おバカじゃない。バカは君だ。」

「なんですってぇっ!!」


ガミガミ言い合う2人は目の前からそろそろと退散していくドムラグに全く気がつかない。そのうちにそーっと気配を消すドムラグに気がついたのは双子だった。


「ベル様…」

「カオルちゃん…」

「なんだどうした。」

「なぁに?」

「あれ…」

「逃げてる。」

「え。」

「え゛」


視線をお互いから離して怒りの対象を見ればもぬけの殻で底には焼き切れた武器と安っぽいあの剣しか残されていない。完全に取り逃した。ここまでされておいて本人に指一つ触れられないのは癪だ。カオル子とベルベットは互いに競うようにして今いた裏の静かな森からわざわざ表へ飛び出して勇義隊の姿を探しに飛び出した。勿論、双子もアトラスも置き去りにして。彼らの名誉の為に言っておくが忘れ去った訳ではなく、今いきなりの衝動に突き動かされた為である


「なんで着いてくる。」

「アタシが先に追いかけ始めたのよ!」

「違う僕だ。」

「違うアタシ!一緒に来たら目立つでしょアンタでかいんだから!」

「君の方が目立つ。声はでかいし凄い髪の毛だし」

「この髪で目立ったことなんて無いです〜っだ!」

「君の周りが変人だらけだったんだろう。そんな長髪が目立たない訳がない」

「うるさいわね!アンタもその前髪ちょろん目立つでしょ!」

「ちょろん??どこがだ」

「アンタ自分の前髪見えてないの??」

「うるさい叩くぞ」

「暴力反対!!」


表に出る競争でもしているのか駆け足で言い合いをしながら脇道から飛び出した。ドムラグの影を探す為に通りを見ると静まり返っていてその土地の大勢の住人達とばっちり目があった。ベルベットは無を突き通しているがカオル子は気まずかったのか『こんにちわぁ……』なんてヒラヒラ手を振っている。


「何呑気に手を振っているんだ。」

「気まずいからに決まってるでしょ。」

「堂々としろ堂々と」

「あれさっきの兄ちゃんじゃねえか?」

「じゃあその隣にいるでけえんは誰だ?さっき居なかったよな」

「召喚でもしたんだきっと。あの長髪のやつは魔術使いだから。」

「アタシは魔術使いでも魔法使いでもないわよって!魔術つかうのはこっち!」


噂声に声を大にして反論し左隣の黒い男を指刺した。万力でベルベットにその指を掴まれ鬼のような形相で睨まれると漸く禁句を発したことに気がつけばカオル子はベルベットを売り、そろそろ来た道を後退していった。だがそれで黙っていないのがこの地域に安息を求める土地の男たち。箒やら鍬やら鎌やら。手持ちの武器になりそうな物を掴んだ。


「あーああ。お前のせいだ。だから言ったろう厄介ごとばかり作ると」

「いや、これはほんとに……ごめんなさいね………」

「謝罪は帰宅してから聞こう。先ずは……」

「まずは?」

「逃げるぞ。」

「え゛ちょっと!!!??!?」


言うが早いかベルベットはカオル子を放置して真っ先に来た道を走り戻り始める。ポツンと残されたカオル子には敵を排除しようと此方へ向かってくる一般人の群れがありありと見えた。昔テレビで見たヌーの大移動の様。呑気にそんなことを思っていたが一人一人の表情がはっきり見える所まで近づくとようやく状況を飲み込んで急いで彼を追いかけてUターンで駆け出した。


「おい逃げたぞ!!追っかけろ!」

「お前の店の裏側だろ!誰か裏口から近道してくれや!」

「おい待てこのやろう!」


武器を向けられて待てと言われて、待つやつなんていないだろう。悲鳴を噛み殺しながら走るカオル子より先に双子へたどり着いたベルベットは彼らを抱き上げていた。


「ちょっと待ってよベルちゃああんっ!」

「うるさい早くしろ。あとこの女はお前が言い出しっぺだからお前が連れて来い」

「いいの!?」

「ダメだと言ってもお前は持ってくるだろ」

「その通りですぅっ!」


はぁはぁ息を切らせてベルベットに追いつくとすぐ後ろから騒ぎ声が。この状況本日二度目である。ベルベットは双子を抱いたまま仁王立ちになるとカオル子に先に走れと言うと同時に呪文を唱えた。


幕を下ろして頂こう!プリロヤタテン


それと共に炎と同じく突然あたりに黒い霧が立ち込め民衆とベルベットを分ける様に満ち始めた。村人達は突如現れた霧に戸惑い、後に突っ込んでくるのは恐怖を抱きつつ自身の敵を討伐したい勇者か状況を飲み込めていないもの。霧に巻かれた人々は混乱に陥って騒ぎ声が次第に大きくなる。それを見届けた彼は背を翻しカオル子の後ろから走り崖に向かった。

脱力した人間1人を抱えている分息も切れて動きも鈍くなる。ベルベットは簡単にカオル子に追いついた。


「このまま行くと崖だけどどうするの!?」

「嗚呼?飛び込むしかないが。」

「わかったわ!………は!?!?」

「よかったな一度やっていて。」

「待って待って行きたくない行きたくない!怖い!」

「うるさい止まるな行け落ちろ。」


ギリギリで踏ん張って落ちるのを耐えたカオル子を思い切り突き飛ばして崖から落とした直後双子を抱き姿勢を崩さぬまま自身も続いて飛び降りた。


「ベルちゃんきらぁあああああああああああい!!!!!」

「僕は僕のこと嫌いじゃあないからなんとも思わない。」


一度目と同じ様な高い悲鳴をあげて落ちつつ腕の中に抱いた人を落とさぬ様にしっかりと抱いて落下している。いよいよ地面が見えて衝突を覚悟して目をぎゅっと瞑ったがびたっと体が硬直し、体に痛みは走らなかった。


「ほら。死なないだろう?」

「え、」


どきどき破裂しそうな心臓を抑えて地面を見れば地面から5センチ程浮いており激突はしていなかった。よくわからないが魔術なのだろう。呪文を唱える姿は見えなかったが。空中から降りるベルベットの後ろでカオル子はアトラスを抱いたままヘナヘナ腰から崩れ落ちていた。




カオル子の残金あと98万4400ペカ



第10話 (終)

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