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ウェスティア譚 Ⅷ

「この1番から3番の館はトリプトってところにあるんでしょ?この館って今も原型留めてたりする?」


聞きたいことはこれだった。モノとジノに聞いてわからないなら最高権力者に聞くのが1番有意義で必要なことであるとない頭を精一杯捻り出してこの紅茶を用意する短い時間に考え出した。

ちょっと考えるような仕草をしたあとカオル子が手に持って開いた地図を覗き込み、紅茶を啜りながらベルベットは言った。


「1番の館は300年ほど前にあったその土地の暴動で反乱軍の幹部を詰め込んでそのまま放火されたから残っていない。2番の館は今は経年劣化で一度崩され建て替えられて魔法使いの学校になっている。3番も同じく。経年劣化で崩して建て替えられて今は軍隊の兵士が生活する寮になっているはずだ。」

「へぇ…詳しいのね」

「嗚呼。1番の館は外見はよかったんだが中が修復不可能で二階に上がることもできないようなボロさでね。燃やされたと聞いた時はまあ厄介者もこの厄介な建物も消せてよかったのかとは思ったね。」

「まるで見てきたような言い方じゃないの。」


300年前の暴動で燃えてしまい今は跡形もないはずなのに目の前で紅茶を片手に果汁溢れ出る白桃を齧っているこの男はまるで自身の目で内装を見てきたかのようにその内部の話をした。もし燃えた後に行っていたとしてもこうまでして詳しく見て回れる程原型はないだろう。思わずツッコミを入れると一瞬しまった、と言ったような顔をするベルベット。ただその顔もすぐにいつもの平常心に戻された。カオル子の相手を観察して会話をするというスキルがなければきっと見つからなかった彼の表情。ただ彼は核心を避けようと『図解を載せた本を読んだことがある』と正しい答えをねじ曲げたように思われた。


「ねぇベルちゃん…ちょっとおかしなこと言ってもいい?」

「だめ。」

「この館がその廃れた館って言う説はあったりしない?」


2人の間に…と言うか一方的にベルベットが抱いていた危機感と気まずさはカオル子のこの言葉で一瞬で消え去った。彼は張っていた気を思わず抜いて完全にソファーに身を委ねた。てっきり見てきたことに関して『もしかして寿命がすごく長いのか?』くらいの質問はされると思っていた。だが目の前のオネエから発された言葉は予想とだいぶ違っており思わずホッとため息と主に吹き出したような笑いが漏れた。


「ちょっとぉ。なーに笑ってるのよぉ。アタシは真剣よ」

「君、意図してやっているのなら非常に人を転ばせるような話ぶりだね」

「どう言うこと?特段何も考えずにアタシに素直になってお話してるだけなんだけど」

「いやいい、気にしないでくれ、こっちの話だから。」

「またすぐそうやって言うじゃない。そう言うこと言われるから気になるのよ〜」


そろそろ紅茶が冷めてしまう。自分はソファーに入る余裕な隙間を見つけられなかったのでそこらへんに置いてあったクッション付きの椅子を引きずってきて紅茶の乗ったテーブルを囲うようにして配置し、腰を下ろして紅茶を啜った。勿論いただきますのご挨拶も忘れずに。相変わらず体に染み渡る優しい紅茶に頭がだんだんすっきりとしてきてこの屋敷があの本に書いてあった『廃れた館』だと判断した理由も肉を持ち始めた。


「さて、なんだったかな。この館があの本が指し示す建物かどうかと言う話だったね?どうしてそう思ったか、理由を尋ねさせてもらおうか。」

「うーんとね…なんとなくじゃだめ?」

「だめだ。」

「でもその感じ聞いたらやっぱりここであってるんじゃないかなって思っちゃうわよ」

「もう一度デコピンされたいようだな」

「遠慮しておきます。武力行使よくない。」

「じゃあさっさとお話すればいいだろうが」

「わかったわ頑張ってまとめるけども汚いところがあっても許してね…?」


そう言って喉を湿らせるために紅茶を喉に流し入れると地図を見せながら話を始めた。


「うんとね、まずこれはズルになっちゃうかもしれないけど、わからないことは聞かないといけないからモノちゃんとジノちゃんにこの地図の見方を聞いたのね。それのついでで教えてもらったんだけど6番から13番のお館はもう古くてなくなっちゃって田んぼとか畑になってるんだって。だからもう館の形がないから館で眠ることもできないでしょ?だから6番から13番は除外します。

それで今ベルちゃんのお話で1番から3番も経年劣化で建物自体ちゃんと入ることができないって、しかも建て替えられてるって言ってたからこれもなし。そうすると4番と5番のこのお館なんだけど、この4番の建物は結構都心?の方に近いみたいでアタシが4番と5番、どっちに魔法石を眠らせるかって考えたらこうやって森に囲まれて誰も見つけられないし、そもそも崖を落ちないと辿り着けない此処を選ぶかなって。しかも魔法石は魔法使いの消耗品なんでしょ?消耗品の魔法石、しかも綺麗で大きくてってなったら見せびらかすために使っちゃったり持ち歩いたりで寝かせて置けない。だから156年…魔術が弾圧され始めた時期に人が住み始めた、きっと魔法使いじゃない人が住み着いた此処…。この屋敷に魔法石は眠ってるんじゃないかなって……。魔術使い?って人ならきっと魔法石は使わないし。願いを叶えてもらう時はきっと魔法石に魔法かなんやらをかけるんでしょ?魔術を使いつつ魔法も使える有能な人間にだけ願いを叶えさせたいって思って一部の人間には消耗品の魔法石を隠したのかも知れないわよね。

あんまりまとめるのが上手じゃなくてごめんね…。後、ベルちゃんは多分卑怯なこととかしない人だと思うから、自分が隠し場所を知っているものを見つけさせたのかな…なんて」


そう一気に話し終えてしまうと流石に疲れたようで猫背の姿勢になり椅子の上で小さくなった。そうしてそっと金色のフォークに手を伸ばし、白桃に突き刺して果汁の塊を喰らった。たぁくたぁく、なんて言う独特の歯と歯に挟まれる果肉の音を立てながら咀嚼して滑らかに喉奥へと送り込んだ。


「いっぱいお話ししたら疲れちゃった。この桃とっても美味しいわね!」


静まったリビングでカオル子以外に声を発する者はいない。モノはベルベットを見上げているし、ジノも……右に同じくベルベットを見上げていた。そしてそのふたりに注目されて今回この答えをカオル子に聞いたベルベットは眉間を押さえて考え事をしているよう。辺りにはキッチンで爆ぜる釜戸の火の音と、生唾を飲み込むカオル子の音しか聞こえなかった。

そんな沈黙が30分程続いた。いや、カオル子の体感で30分程。実際はほんの2、3分だっただろう。眉間から手を離したベルベットが口を開いた。


「はぁ………正解だ。」

「………え゛、まぢ????」

「正解してなんだその反応は。もっと喜ぶかと思っていたのに。」

「いや、喜びも凄いけどおバカなアタシの心情メインでほとんど証拠じゃない推理がバチこり当たっちゃって驚き桃の木山椒の木よ」

「分からん。驚き桃の木が。」

「気にしなくて良いのよそこは。じゃあこの館が正解ってほんとなのね!嬉しい」

「やっと感情が追いついてきたようで。おめでとう」

「でもここそんなに古いお館に見えないわよ?結構っていうかお風呂も廊下も、至る所が綺麗じゃない」

「それはリフォームしたからね。」

「へぇ………じゃあアナタは魔法使いじゃなくて魔術使いさんなのねぇ。かっこいいわ」

「かっこいい?何故」

「だって魔法はアタシの中じゃ女の子が使うイメージあるし、魔術って響き、魔法より強そうじゃ無い?」

「まあ確かに。魔法よりは強いな」

「でしょでしょ!あ、安心してね。アタシはベルちゃんが魔術使いだってこと誰にも言わないから」

「?何故。多額の褒賞金が出るんだぞ?それにこの世界の人間は魔術を嫌う」

「ナンベンも言うけどアタシここの人間じゃないからね?だったらこの国のルールに従わなくても誰も裁けないわよ!だってアタシを守ってる法律はこの世界のものじゃ無いし。それに、命の恩人を売るなんてアタシの美学に反するわ!」

「ふん……つくづく頭のおかしな人間だ。」

「おかしいは余計よ!それにしてもここにきて三週間弱………これでやっとベルちゃんを連れてけるわ!」


ベルベットは今までこんな人間というか生物に出会ったことなど無かった。生きていく上でさまざまな場所を移動し、最低限人と関わることも多かったがこんな風に己の美学だけを追求してそれだけに縛られて生きている人間など少なくとも今までの長い人生で見たことはない。ほんの少しだけこの人間ならば信用しても良いのかも知れないと期待する感情がらしくないように彼の中で芽生え始めた。

そんな彼をよそ目に双子とぬか喜びするカオル子に現在の状況をれいせいに伝える彼の声が鋭く突き刺さった。

『まだその魔法石本体を見つけてはいないからついて行かない』と。そりゃあそうである。


「えー!ってそうじゃない…まだまだ序盤だったわ……」

「残念だったな。諦めるか?」

「だからやめないって!こんなに目前に答えがあるのにそんなことするもんですかい!」

「この館は広いからね。じっくり探せば良いさ。」

「まあこの館の中にあるってわかったからアタシ頑張っちゃうわよ!」


紅茶を一気に飲み干したカオル子は声高らかにそう宣言した。






・・・





驚いた。まさか本当に答えを導き出してしまうとは。古い地図を渡してやったのは情けでこの建物全てを回るような脳筋だと思っていた。だが結果はいい意味で綺麗に裏切られた。歩けないことをわかっていながら本を読み込み内容をなるたけ詳しく脳味噌にぶち込み、その土地に自分より詳しいやつに恥すら感じず大人しく質問をする。そうして手に入れた情報を自分の中で結びつけて物事の本質を射抜き人に説明するまでになる。どこで身につけたのかは分からないが恐ろしい程人の輪を勝手に構築していくこのスキルを持っている人間は長年生き、様々な生命と関わってきたがここまでできているのを見るのは久しぶりだった。今すぐにでも見つけ出すと双子と盛り上がっている彼女人知れず笑顔を向けた。






・・・





カオル子が自分の当てがわれた客室から出られるようになって初めてのリビングでの食事だった。今まで蝋燭が照らし出す部屋で揺れる蝋燭の作り出す影と外の風景だけを見ながらの無言の食事が一気に色がついた物になった。小さなお茶会と思考の正解発表の後、すぐに双子は夕食作りに取り掛かっていた。棚から人参やらじゃがいもやらを取り出し器用に皮を剥いて刻みキッチンから消えたと思ったら捌きたての鳥を持ってきた時には思わず甲高い悲鳴をあげてしまった。補足しておくと気持ち悪いとか怖いとか可哀想とかそんなSNSで可愛こぶっている女どもとは異なり突然消えた子供が生肉を持って現れた事への驚きの悲鳴だった。ベルベットには苦笑されたがそこは若干乙女が出てしまうので許してほしい。ベルベットにこの家の作り、漁っても良い部屋を聞いているうちにあっという間に料理は出来上がった。因みに馬鹿正直に場所を尋ねたが勿論おしえてはもらえなかった。


「そういえば洋服を選ばせていなかったな。夕食の後でもいいかな。」

「貸してもらえるだけありがたいからいつでも良いわよ。」

「ベル様…ご飯できた…」

「ご飯、座って……」


一通り説明を受けていると料理を机に並べ終わった双子が食事の時間だと声をかける。

言われるがままに食卓に着くとカオル子の椅子も用意されていて4人で長方形のデスクに向かい合うように座った。そのデスクの上には籠に盛られた白い丸パン、こんがりと焼かれてお皿に盛られた鶏肉のソテー。カボチャをすり潰した濃いポタージュにほくほくに熱された四角いじゃがいも人参のサラダ。

それが3つの蝋燭が刺さった燭台に照らされて丸で光り輝いているようだ。


「それじゃあ、今日も我が魂と戯れる下部と全ての暗闇に敬意を示して頂こうか。」

「…頂きます……」

「頂きます………」

「いっただっきまーーす!!!」


何やら宗教的な祈りのような挨拶を厳かにする3人とは対照的に1人爆音で手を合わせて子供のように手を叩くカオル子。ただその勢いもすぐに消沈する。何故ならこのような場所での正しい食事の取り方が全く分からなかったからだ。丁度目の前に位置するベルベットの一挙を少しでも見逃さないように常に視線を向け続ける。まずは手元にあるスカーフを首にかける。ただ自身のゆるいバスローブの襟では涎掛けのようになってしまいベルベットのように小慣れ感が出ない。そのあと右手でナイフ、左手にフォークを持つ姿を見て真似をする。だが正しい持ち方が分からずフォークはまだしもナイフはグーで握った。ベルベットはまるで有能な外科医のようにスッとソテーを一口サイズに切り取りフォークに刺して口に運んでいたがカオル子は対照的にどうやってもそんなに綺麗に切れない。助けを求めてモノとジノを見るも、彼らもとても上手に使いこなしていた。どうするのが正解だと前に視線を戻すとばっちりベルベットと目があった。『やばいわ…バレたんじゃない?』そう思っていると盛大に笑われた。


「君…っふふ…、さっきから僕の方を見て必死に真似ているが全然できていないぞ…んふ、」

「ちょっと!笑わないの!アタシだって初めてのことで何にも分からないんだから!」


羞恥心からか顔を真っ赤にして抗議するカオル子を見てもベルベットの笑いが収まることはない。なんなら次第に悪化していき口元を押さえて咳込み始める始末。恥ずかしいの一言では足りないほどに恥ずかしかった。


「はぁ、笑った笑った。分からなかったら聞けば良いのに」

「こういう場で聞くのは失礼かと思ったのよ。郷に入ればなんとやらでしょ。アタシなりに頑張ってたのよ。」

「わかったわかった。はぁ、持ち方はこう。右と左は合っているがフォークはこう、ナイフはこう持つんだ。」


ひとしきり笑うとベルベットは一本ずつカオル子の眼前に手を出して丁寧にナイフとフォークの使い方をレクチャーしてくれた。それぞれ背を上にして柄の部分を軽く握って上から人差し指で押さえる。簡単な動作の筈なのに酷く苦戦をした。


「できたわ!どう!?上手にお肉切れてる?」

「肘を張りすぎだ。動きがぎこちない……嗚呼そうそう、肘を軽く曲げろ。そうそれだ。食器をガチャガチャ鳴らすな行儀が悪い。」


どうやらやっと持ち方をマスターしたらしい。ヘトヘトになりどうにも慣れないが先ほどよりはこの場に馴染みながら食事をできているかもしれない。


「これって食べる順番とかあるの?メインから?それともスープとかから?」

「そんなことまで考えていたのか?順番はない。好きに食え。」

「じゃあお肉からじゃなくてスープからでもよかったのね!明日はスープからにするわ…」

「まさか君スープの皿に口をつけて飲まないよな。」

「え゛。ダメなの??????」

「全く…どんな教育を受けてきたらそれが許されると思うんだ…」

「アタシの世界では汁物はお椀に口をつけて飲むんです〜っだ!」

「野蛮極まりないね。君はイリファの売春婦かい?」

「何を言ってるか分からないけどとんでもない罵詈雑言ね?」

「正解」

「嬉しくないわよこんなところで正解しても!もう!」


和食と洋食、それぞれの食べ方にマナーやモラルがあることは当たり前のように知っていたがここまで違うとしっかり理解してしまうともう大変で仕方がない。こんなに美味しそうなスープなのに口いっぱいに頬張れないことが悔やまれるも泣く泣くスプーンで掬ってちまちま口に運んだ。カボチャの甘さがふんわりと程よく口の中に広がりそれだけでこの食事の苦労が報われる気がした。

慣れない作法の食べ方でベルベットと双子が食べ終わる頃にもまだカオル子はメインである鶏の解体さぎょうちゅうだった。ゆっくり食べろと言われてもここまで遅くなってしまったら申し訳ない。明日からはもっと早く食べ終わろうと解体を諦めて一口で口に仕舞い込んだ。


「ごひほーはま!」

「おいお前。まだ口に入っているだろう。口の中を空っぽにしてから言え。」

「だってぇ急がないとアタシ最後になっちゃったし」

「別に気にしない。」

「洗い物遅くなっちゃうでしょ?」

「気にしないと。」

「洗うのアンタじゃないんでしょ。」

「モノとジノがやるからな。」

「さいってー!!!」


そんな言い合いをしている間にも双子は机に残ったカオル子の食器を運んで持っていく。台所に置いてあった水の張った深い桶に食器を沈めてその桶を2人で持つとキッチン横に設置された階段から何処かへ降りていった。


「双子ちゃん何処行っちゃったの?」

「食器でも洗いに行ったんだろうよ」

「え、外に!?」

「外じゃなかったら何処で洗うんだ。家の中で汚れた水を零せと言うのか」

「お風呂とかで洗えば良いじゃない、夜に子供2人で外にって…川に食器洗いって桃太郎かしら」

「風呂の下水道が錆びるし悪臭がするだろ。それに風呂は食器身分が入る場所ではない。川じゃない井戸だ。」


2人っきりになった空間。どうやらずっと思っていたがこの男、双子に対する扱いが慈愛の時と召使いの時とコロコロ変わるらしい。それに不満一つすら見せずに従う双子も心配にはなるがその家々のルールがあるのは何処の世界も共通なようだ。ベルベットはこの扱いがさも当然でツッコミを入れてくるカオル子の方が異常であると言ったような目を向けていたがため息を一つ着くと背中を向けて手招きをした。


「服を貸してやる。今日はもう着ないと思うが明日から起きたら僕の服でも着ればいいさ。君が5000ペカで騙されて買った服はもうズタボロで着れないし。」

「え、いいの?でもアンタアタシより身長高いじゃない、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。気合いだ気合い。全裸よりはマシだろ?」

「まあそうかもしれないけどもっと言い方ってもんがあるでしょうに…」


ベルベットはカオル子に机の上に乗った火のついていないランプのような燭台を持ってくるように声をかけた。ふと見てみれば金色の装飾がされたカレーを注ぐような形状をしたランプが見えた。食事の時には使っていなかったそれを手に持つと注ぎ口のところに太い蝋燭が刺してあった。

ランプなんて置物かカレーを入れる道具としてしか知らないカオル子は興味津々であっちこっち方向を変えて観察しながらベルベットへと手渡した。


「ランプってそうやって使うのね…初めて知ったわ。アタシのお店ではそれ灰皿がわりに使ってる卓もあったわね」

「もったいない使いかただな。とりあえず一連の会話と行動で君の世界がトンチンカン文化を持っていることはわかった。」

「はいはいありがとうね。でもなんで注ぎ口に刺してあるのよ。普通蓋を開けて中の方が倒れなくて安心じゃない?」

「馬鹿なのかい君は。中で火を灯したら明るくないだろう。それにここに差すことで溶けた蝋が中に垂れて溜まっていくんだ。その蝋をもう一度使えばもう一度蝋燭として再利用できるし。」

「ほーん、それでランプなのねぇ」

「興味なさそうだな。まあいい『灯したまえライリットラップ』」

「え?今なんて?……わぁ……綺麗」


話の間に突然知らない言葉を挟まれると彼女もまた彼と同じく疑問はすぐに尋ねてしまう性格。ただ答えは彼の口からではなく彼の持っていたランプから出された。先ほどまでは全く火気すらなかった蝋燭の芯が揺らいだかと思えば赤に近い橙色の日がポッと灯った。それはマッチやライターで着けられる火よりも灯りを強くこぼして少し揺れても消える気配など微塵も感じさせなかった。やはり彼は魔法使いなのだろう。


「すごぉい…どうやったの?」

「ちょいッとやればできる。ほら早く着いてこい」


感動するカオル子をよそ目にベルベットはスタスタとダイニングとリビングから出て廊下へ進んだ。待って待ってと急いで着いていけば彼のもつ明かりに呼応するかのように廊下に等間隔で下げてある燭台の蝋燭にも灯りが灯っていく。こんなに大量の蝋燭を設置していたことも驚きだが勝手に火が灯っていくのももっと驚きだ。どうせ何故かと聞いても答えてくれないのは分かりきっていたから帰りにこっそり見て回ろうと今は疑問を我慢して飲み込んだ。そのまま彼の広い背中を着いていくとカオル子に与えられた客室の扉よりも重く取っ手に豪華な装飾のなされた部屋の前で止まった。


「ここが僕の部屋だ。食事の前にも言った通りこの部屋には僕がいない時には勝手に入らないこと。ここには隠していないから安心したまえ。まあ入ろうと思っても入れないと思うが。やってみるか?」

「どう言うこと?鍵でもかけてあるの?」

「試せばわかる。」

「できないことを前提でやってみろってアンタやっぱり性格悪いわね」

「褒め言葉かな」


言われた通り重い扉に手をかけて思いっきり押してみても開かない。全体重をかけて引っ張ってみても同じだった。横にスライドかと思ってもドアノブの軋む音すらしなかった。どうやっても開かないのに鍵穴の一つも見つからない。一体全体どんなトリックだと言うのだろう。


「開かないんだけど。」

「だから言ったろ。僕がいないと開かない。」

「腹たつぅ………早く開けなさいよ」

「わかったわかった。」


風呂上がりにも皮手袋を身につける指が三度扉をノックするとドアノブに触れてすらいないのにぎぎ、と音を立てて扉が開いた。作り自体は押し戸らしく、部屋の奥へと光が導かれていった。部屋に入ったベルベットを追いかけて部屋に入るとバタンと扉が閉じる。一瞬の暗闇のあと廊下と同じく彼の部屋に置いてあった蝋燭が一斉に灯り電気で照らされたのと大差ない明るさが部屋に持たされた。壁には何やら装飾の施された飾りが幾つも幾つも垂れ下がってあり、そのどれもに白銀の箔が押された黒い十字架がぶら下がっている。見たことや言ったことはないが漫画で読んだ魔法ショップの内装はこんな感じなんだろう。ベッドがない癖にでかい机や実験器具が所狭しと詰め込んであるせいで部屋そのものはあまり空いたスペースがない印象を受ける。机の上にはよくわからない本や道具やなんらかの草や光る臓器のような肉の塊のようなものも見えた気がするが見てはいけないような気がして急いで顔を背けた。


「ほら。好きな物を選びたまえ。この中からならなんでも好きな物を持っていくと良い。」


壁にセットされた全身鏡と一体化したような大きなタンスのうち1番下の段をベルベットは開けた。そこには畳まれた衣類が綺麗に整理されて顔を覗かせていた。どの服も店に並んでいるように丁寧に畳まれて誇らしげに鎮座している。今見えているのは襟だけだがそのどれもが上質で一等品であることが光に照らされた生地やデザインからわかった。


「僕は暫くここで作業をする。その間にちゃちゃっと決めてくれ。出した服はちゃんと畳んで元通りにすること。」

「わかってるわよ任せなさい!アンタ良い趣味してるのね!」

「なぜ今皮肉を言われたんだ?」

「皮肉ってないわよ本心よおバカ。」

「おバカだと?僕が?」

「冗談だってば。ほらちゃっちゃと作業しちゃいなさいな!」


むっとした顔を見せたが直ぐに机にランプを置いて椅子に腰掛け、何やらベルベットは作業を始めた。何をするのか気になるが今の優先順位は勿論服を選ぶこと。

タンスの中の服は最近ずっと見ている彼の真っ黒な服装からは考えられないほど赤や白、所々に青なんて物も見える。適当に一枚取り出してみたのは青いトレーナーのような物。この世界は些か文明が送れているがこう言った服のデザインは何処か近い物を感じる。ただ生地は全く異なっているが。ダボっとした胴体部分にダボっとした袖。ただ襟と裾はキュッとしていて絞られている。動きやすそうだが無地すぎておしゃれのおの時もない為ボツ。本来コレはコルセットを上からつける用の服らしいが説明をされていない今はそんなこと全く知らない。次に引っ張り出したのは赤いブラウス。襟元は黒いレースが散りばめられて袖は肩から手のひらの方に向かって同じような黒いレースが見える。個人的にビビッとくるデザインだったが触った生地が高そうな肌触りでコレを着て動くのは躊躇われた為断念。その他色々漁ってみたが無地のT字チュニック、高そうなブラウス、明らかな布、布、布、布………。全く決まらないまま時間だけが過ぎていく。もう諦めて赤いブラウスにしようかと思って広げた一枚にビビッときた。

V字襟のオーバーチュニック。丈はそこまで長くなくパジャマにしていたTシャツのよう。袖は狭いが意外と伸びるようで動きやすさも抜群だ。何より背中は大きく切り開かれており、コルセットのように右から左へ、左から右へと細い黒リボンが交差して首元でリボン結びを作り出していた。よくよく目を凝らせば袖や裾に金色の星が幾つも刺繍されて刻まれていた。鏡の前で体に合わせてみればびっくり。ピッタリジャストフィットである。


「ベルちゃん決めた!!コレにする!!」

「随分遅かったじゃないか。そろそろ決めさせようと思っていた頃なんだ。」

「これこれ!どう?可愛いでしょ!」

「ほぉ、それを選んだか。お前はそう言う服が好きなんだな」


コレをベルベットが持っていると言うことは彼もきっと同じ趣味なんだろうと勝手に仮定して大きく頷く。明日になればこの可愛いカッコいい服を着ることができると考えるとやはり嬉しいもので鏡の前で体に当てて何度も見てしまう


「鏡ばっかり見ているのはいいが出した物を片付けてくれ。こんなに散らかして。」

「あ、そうだったわごめんなさいね。さすがアタシ。頭悪いくらい広げてるわね。」


ふと地面をみれば開かれて却下された服たちが山積みになっていた。適当な棚の上に選んだ服を置けば一枚一枚手に取って畳んでしまっていく。高校生時代古着屋でバイトをしていて本当によかった。立ったまま体の上で器用に服を畳むスキルはまだ残っていたようだ。流石に入っていた順番には入れられないが汚いとは怒られないレベルで綺麗に敷き詰めていく。一枚取って広げて畳んでしまう、畳んでしまうを繰り返していれば数十分前に投げた布を手にした。広げてまじまじ見てみると成る程、アホほど襟元が緩くバカほど切り込みの入った薄い長いワンピースのような物だった。


「ベルちゃん、このだるっだるに見えて肩幅全然足らないスカートみたいな背中全開のこれ何?」

「嗚呼、シュルコー・トゥラヴェールの事か?」


ベルベットはベルベットで作業台を片付けているらしく顔だけをこちらに向けてそう答える。盗み見た机の上の肉塊はすっかり消えてしまったようだ。


「なにそのシュノーケルみたいな名前のは。」

「シュルコー。シュルコー・トゥラヴェールだ。昔の流行物。まだ入っていたのか。女物だが着たかったら着てもいいぞ」

「バカ言わないでよこんなもんアタシが着たら即通報案件じゃない!空き過ぎ出すぎ意味わからなすぎ!ケツ丸出しになるわよこの服。」

「あっはっは!僕でも入ったからサイズは大丈夫だろう。自覚はあるんだね」

「そりゃあこんな風貌してたら人一倍気を使うわよ…ってまって??アンタコレ着てた時あったの?ねえ詳しく教えなさいよ。」

「………………。」


遠い目で机の品物をを見つめて一切目が合わなくなった。目を合わせようとその服を持ちながら覗き込む角度を変えても虚しく逸らされるだけ。失言したと気がついているからこそのこの反応だろう。こんなデカくて表情の変化も乏しいこの男がこんなのを着ている方が自身がコレを身につけた時よりもっと事案だ。


「アタシよりヤバいやつじゃないの。」

「そうか君は全裸で過ごすんだな?」」

「はーい。物で脅しをかけてくるのはよくないと思いまーす。」

「うるさいでーす。僕のものだから何をどうしようと勝手だろう?」

「じゃあアタシと旅することになったら全裸のアタシと一緒に歩く?」

「……早く片付けろ。やかましい」


言われなくとも片付けているがもう反論できなくなったベルベットは引き出しやガラス戸の中に道具をしまうことに集中して一言も発さなくなった。静かな部屋に道具の擦れ合う音と布ずれの音だけが響いた。そこからさらに数分してようやく出しまくった服が全て定位置に戻った。

その頃にはベルベットも片付けは終わったらしく椅子に座ってカオル子の作業を眺めていた。


「そういえばパンツは選ばなかったがいいのかい?」

「パンツ?下着?ズボン?」

「ズボン。それしかないだろ」

「はいはい。アタシが元から着てきたズボンを履き回すわ。一個くらい身になれたものがないと寂しいし動きにくいかなって。」

「まあズボンは無事だしな。いい選択だろう。あ、そうだ。」

「どうしたの?」


彼女の問いかけには答えずミラーの隣のクローゼットの扉を開けばハンガーにかかった衣類が姿を表す。そのうちの彼は若干緑のかかった布のような物を取り出せば選んだ服を持ち此方を眺めているカオル子に投げ渡した。


「コレも渡しておく。」

「わぶっ、手渡ししなさいよ。んでコレはなぁに?」

「マントルだ。まあ言ってしまえば外套だな」

「外套…コレ頭からかぶるの?」

「被ってもいいし肩からかけてもいい。夜の外は寒い。

からくるまっていればいいしお前は目立つから顔隠すにも使えるだろう?」

「つまり…アタシと旅に出るってことね!」

「甘ったれるな。まだ見つけていないから決定事項ではない。」

「わかってるわよ。明日からさがすもん!」


でもありがとうと礼は言える乙女カオル子。彼女がしっかりと服を持ったのを確認すればベルベットはドアを開けて部屋の外へ出た。彼の持つランプの移動に合わせて部屋の蝋燭の灯火も一瞬で消えた。


「わわ、真っ暗!!」

「早く出てこい。閉めるぞ。」

「今出ます〜!」


カオル子が部屋から出た瞬間開いた時と同じような音を立てて扉が閉まった。誰がどう動かしているんだろうか。リビングに戻るというベルベットについて歩けばランプの移動に合わせて徐々に蝋燭が消えて行った。折角客室に戻るときに見て回ろうと思ったのにあっという間に消えてしまって悔しかったがベルベットは足を止めることなくリビングへと帰り着いてしまった。リビングに戻ると双子は食器を洗い戻ってきていて夜ご飯のときに再度淹れた紅茶のカップを握って手を温めていた。


「なんで蝋燭消しちゃうのよケチンボ」

「僕が消したわけじゃない。消えたんだ」

「違うでしょベルちゃんがランプで消えるようにしてるんでしょ。」

「だって蝋燭が勿体無いからな。君が部屋に戻るときはあの燭台を使いたまえ。」


リビングのソファーの前のテーブルには背の低い燭台とマッチが置いてあった。コレはどうやらつけて歩いても廊下の蝋燭は呼応しなそうだ。自分もマジックみたいなことをして遊びたかったがきっとベルベットにしか許されていないのだろう。


「明日からは動きまくって魔法石を絶対見つけてやるんだからね!おやすみ!!」


カオル子は燭台を引っ掴んで駆け足で自室へと戻っていった。



「洋服譲渡の金はきっちり請求しておかないと……な」

「ベル様ずるい…」

「ベル様お金持ちなのに……」

「あっはっは!騙してはないから合法だよ。」






カオル子の残金あと99万ペカ



第8話 (終)

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