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ウェスティア譚 Ⅶ

カオル子の意識が覚醒してから、丁度二週間が経った。現在カオル子はベルベットから貰った古いウェスティア一帯の地図を凝視している。古い地図の中になら今となっては廃れた館になった建築物が建っているだろうという浅はかな考えからである。


『西の山の廃れた館に眠る魔法石を見つけることができたら、一緒に伝説を信じて助けてやろう』


先日のそのベルベットの言葉を信じながら、歩けるようになったら辺りを探索しようと思っている為、それを助ける歩けなくともできる作業に勤しんでいた。彼から渡された地図はどうやら古いものらしく、その当時ウェスティア一帯に立っていた館の場所と、建てられた年号がそれぞれ丸く記されたマークの上に書いてあった。この年号はカオル子の世界と通じている物ではないらしく『法暦』というもので表されている。ベルベット曰く『魔法が生まれた年を法暦1年として数えている』暦だそうだ。ちなみに今は法暦1300年らしい。


「全くわからない土地の全くわからない年代の全くわからない地図から正解なんて導き出せる訳ないじゃなぁぃ……難しいわぁ……」


今この場所が詳しくどこかもわからずにとりあえず親切に振られた数字とその場所を確認することにした。この当時の館の数は全部で13個。親切に地図には新しい順番から数字が降られていた。


1 200年 2 200年 3 163年 4 160年 5 156年 6 100年

7 098年 8 083年 9 079年 10 015年 11 008年 12 008年 13 007年


各所バラバラに数字が振られていたがメモ用紙に順番と場所を書いて整理していけば案外簡単にまとまった気がする。


「まぁ場所がわからずともこの書いてある年代で一番古い館がわかっちゃうわね!そう考えたら簡単簡単!!」


そう答えを導き出して意気揚々と地図の一番古い13番目の館に羽ペンで丸を付けようとしたがあることに気がつく。あの伝説を記した本には『一番古い館』とは書いていなかった気がするのだ。慌ててあの鳥を描いた紙を栞にしておいたページを捲るとやはりそうなようで、『廃れた館に眠る』としか書いていなかった。


「Oh……なんてこったい…パンナコッタい……」


答えを導き出せそうなステージから一気にどん底ステージに叩き落とされ、思わず頭を抱えて踞ると開きっぱなしになっているドアをこんこん、と叩く音が聞こえた。それに気がついて勢い良く顔をあげると洋服一式とタオルを持ったモノとジノと、その後ろで偉そうに扉をノックしているベルベットが立っている。


「カオル子。風呂だ」

「……え!?お風呂入れるの!?」

「もうだいぶ良くなっただろう?歩けると思うからそろそろ風呂にはいれ」

「モノたちがいれてあげるね」

「いしょに、はいろ」

「やったー!!お風呂だぁ!!」


地図の謎なんてそっちのけで天高く拳を突き上げて喜びを表す。それはそうだ。彼女がこの世界に来てから約三週間体を洗うと言う行為をしていないのである。意識を失っている間はちょくちょく体を拭いて貰ったりしていたらしいがやはりお湯に浸かって自分で体を洗うと言う行為は何より特別で、異世界関係なくとても嬉しいモノだ。

もう歩けると聞けば布団から脱出してそっと固い石の上に敷かれたカーペットに足を下ろした。


「どうだ?まだ痛むか?」

「ビックリする位痛くない…アタシホントに骨折れてたの?」

「まだ調子に乗るなよ。また折れる」

「また折れるなんてことはないでしょ。走ったりできそう」

「いや。しばらく動かしていないなら筋肉の老化で動かしにくいし筋肉が減っているから転んだりすれば衝撃は吸収されずに骨にモロに響くぞ」

「はいごめんなさいゆっくり歩きます…」


ベルベットに右側、階段の壁に左側を支えてもらいながら、大きな螺旋階段状の階段をゆっくり降りていく。階段も全ての床も、ほとんどが石でできているようだがそれらの上には柔らかで歩くときしゅきしゅと音を立てるカーペットが敷いてあった。


「いいお家ねぇ…なんでアタシが見てきたお家と違って全部石でできてるの?」

「知らん。この建物ができた時代に流行ったデザインなのか、あえて加工しずらい石を建築に使うことで力を表したかったのか…。まあ涼しいし暖かいしで住み心地はだいぶいいよ」

「へぇ…そうなのねぇ……ん?ってことはこのお家はベルちゃんが建てたわけじゃあないってこと?」

「嗚呼そうだ。誰も住んでいないから勝手に住んでいる」

「え、いいのそれって!?」

「こんな辺鄙な土地に好き好んで住む奴もいないし、この家をちゃあんと整備できるやつなんてほぼいないからいいんだよ。忘れ去られてゴミ箱のようになっていたしね」

「へぇ、それをベルちゃんがこんなにいっぱいカーペット敷いたり家具置いたりして住めるようにしたのねぇ。そう考えればちょっと可愛いかも」


そんな話をしていればあっと言う間に脱衣所に着いた。もう仕事は終わったとばかりにベルベットはカオル子から手を離すと、モノとジノを中に引き入れ自分はとっとと退出し、ドアを閉めた。

思ったよりもしっかりしている脱衣所には脱いだ服を入れるであろう手編みの籠とタオルなどをしまっているタンスのようなもの。そしてそのタンスの上にはハンガーにかけられたバスローブのような湯上がりに着るであろう衣が掛かっていた。


「すごぉい…もっとアレかと思ってたけど意外と綺麗なのねぇ。感心しちゃう」

「タオル…ふかふかだよ」

「せっけん…いい匂いだよ」


双子は服を脱ぐようカオル子に促してタンスを引き開ける。その中には綺麗に畳まれた白いバスタオルと、入浴中に使うであろう小さめのタオルが入っていて、そこから大きい物一枚と小さいもの3枚を取り出した。大きい物と小さい物はカオル子の物だとタンスの上に畳んで置き、その隣に自分たちの小さなお洋服を畳んで置くと小さなタオルもその上にちんまりと乗せた。


「カオル子ちゃん、隠したかったら隠してもいいよ…」

「カオルちゃん乙女だから…タオルあげる……」

「あらぁ〜!アナタたちベルちゃんよりもレディーの扱い方がわかっているじゃないの!紳士さんねぇ!じゃあお言葉に甘えて頂こうかしら。モノちゃんもジノちゃんも好き好んで見たいモノでもないだろぉしっ」


渡された小さめのタオルをくるっと腰に巻けば準備万端。小さいお洋服を器用に脱いだ双子は再びタンスの別の段を引きあけると何やら大きめのガラスの小物入れを取り出した。その小物入れの蓋を開ければ中には薄いピンクの色が付いた粉がもっさりと積まれていた。それをいつも通りと言ったように付属のスプーンで掬っては小皿に移し、掬っては小皿に移す彼らの背中からひょっこり覗いてカオル子は声をかけた。


「それなぁに?合法?」

「これ…あわあわになるやつ…」

「これ…体とか洗うの…」

「石鹸ってことか!ああそっか、ここには液体シャンプーとかリンスとかはきっとないのよね…」

「しゃんぷー?」

「りんす…?」

「頭を洗う為の石鹸みたいなものよ。みたいな物って言うか石鹸ね。アタシの世界ではその粉じゃなくてシャンプーとリンスを使うの」

「体もシャンプーで洗うの…?」

「体もリンス…?」

「ううん、体を洗うのはボディーソープっていうのよ」

「へぇ…カオル子ちゃん物知り…」

「カオルちゃんのお話面白い…」

「えへへ!またお暇になったらいっぱい話してあげるわよ!」


レッツゴー!と双子に先導されて浴室に入ると思わず口を開けて固まってしまう。こんな1人風呂が貴族でもない人間の家にあってもいいのだろうか。浴室の床は大理石に似ているような灰色の石でできており足の裏に心地よい。鏡が設置された壁の前には木で出来た椅子があり、その左隣にはこんこんと温かいお湯が沸き出す大きめの桶程度の浴槽が。その右隣にはカオル子が足を伸ばしてもまだまだ余裕がありそうなほど広い白い陶器のような材質で出来た浴槽があった。もちろんそれも小さな浴槽と同じようにこんこんとお湯が沸いて出ている。

そして浴槽の面した壁には外が望めるはめ扉があって外の柔らかな陽の光が燦々と入り込み、館を囲むようにして生い茂る木々の緑の艶めきがありありと見えた。


「何これすっごい……ホテルみたい……」

「カオル子ちゃん…お湯かけるね」

「カオルちゃん…熱かったら言ってね?」


双子はカオル子を木製の風呂椅子に座らせると左に設置してある小さな浴槽から桶でお湯を汲み、彼女の頭から静かにかけた。なるほど。そこにある小さなものはかけ湯や石鹸を流す為の物なのかと納得する。じんわりとして丁度良い温かさがつむじからつま先まで抜けていく。久しぶりのお湯は心地よい。


「熱くないわよ〜いい塩梅〜」

「よかた…頭洗ってあげる」

「よかった…ゴシゴシするね」

「やってくれるの?ありがとう〜楽しみだわぁ」


くるりと背後からお湯をかけてくれた双子の方を向いて膝におでこがつくように前屈みになった。背の小さな子供が手元で作業するのに丁度いい高さだ。双子は小皿に盛られた粉を適量手に取るとカオル子の細い髪の束に指を突っ込んだ。

そのまま手をしゃこしゃこ動かされると徐々に水分と混ざりあって泡が立っていく。それと同時に薔薇の用な甘く淡い香りが広がって行った。


「髪の毛ながいね…」

「髪の毛さらさら………」

「痒いとこないですか?…」

「かゆいところないですか?」

「大丈夫よぉ~、とっても上手ね!」


大体洗い終わったのだろう。お湯を掬い取れば、塗らしたときと同じようにゆっくりとお湯を掛けて行く。

自身の足の下をお湯に乗った泡が蕩けて流れていくのが見えた。何度も掬い掛け、掬い掛けるのを繰り返せば泡が流れきったのだろう。もう顔を上げて良さそうなので顔を上げればべた、と顔に髪の毛が貼り付いた。


「カオル子ちゃん…髪の毛…」

「カオルちゃんお顔……」

「髪の毛お化けだぞぉ~っ」


そのままお化けのように双子を擽れば可愛らしい笑い声が頭上から漏れ出た。

一通り戯れ終わると髪の毛を掻き上げて髪の毛を軽く絞ればお湯が髪の毛から滴り落ちた。


「カオル子ちゃん、体洗っていいよ」

「カオルちゃん、あわあわしていいよ」

「この粉を擦ればいいの?」

「うん、体塗らしてからね…」

「おゆ、ばしゃーするんだよ」

「任せなさいっ!」


双子がしていたように桶でお湯を汲むともう塗れているかもしれないが念のためもう一度体にかけ流した。そのあと恐る恐る粉を手に取り手のひらで軽く混ぜ合わせると粉が溶け消えてトロリとした液体に姿を変える。それを体にそっと擦り付けると体からもほんわりと甘い薔薇の香りが漂い始めた。そのまま首から肩、胸、脇、腕、腹……と徐々に洗っていく。タオルをほどく瞬間、此方を小さい笑顔で眺めていた双子は目をふさいだ。見ても良くなったら教えてねと言う言葉と共に。


「あははっ!別に女の子じゃないんだから見ててもいいのにぃ」

「でもカオル子ちゃん乙女だから…」

「カオルちゃん見られたらやかなって…」

「良いわよ、嫌じゃないわ」

「ほんと?」

「うん。ほんとよ」

「お目目開けても怒らない?」

「怒らない怒らない」


その言葉でそろりと手を外せばじぃ~っと熱烈な視線が送られてくる。見ても良いと言ったが此処までじっくり見られるとは。許可した本人なのに予想より遥かに見られていて恥ずかしくなって敬語になってしまう。


「あのぉ……もういいでしょうかぁ…」

「もういいよぉ」

「いいよぉ」

「ありがとございます。」


ささっと長年の友人を洗ってしまえばさっと足を閉じて太ももや残りの足等をなで洗った。確かに動かなかったからだろうか、少し細くなったか。いや、骨張った気がする。自慢の美脚もすっかり疲れてしまったようだ。足の裏まで綺麗に洗えばまた桶からお湯を汲み上げて体の泡を流しす。何度も何度もぬるみが取れるまでしっかり洗い流せば完了。

そうしてカオル子が全身を洗い終われば浴槽に二人でプカプカ浮かぶ双子に声をかけた。


「さぁ!どっちから洗ってあげましょうか」

「カオル子ちゃん、洗ってくれるの?」

「カオルちゃん、あわあわしてくれるの?」

「勿論!洗って貰ったお礼よ!恥ずかしかったら遠慮してくれて良いわよ!」


暫く双子は顔を見合わせて居たがモノが慎重に浴槽から上がり、カオル子の前に立った。


「モノから…洗ってください…」

「任せなさいっ!はい、目閉じてねぇ」


やって貰ったのと同じように頭からゆっくりお湯を掛けて粉を手に取りお湯に溶かし、髪の毛に指を差し入れて軽やかな音で頭髪を洗い始めた。モノの髪の毛は白く柔らかで、絡まらないように丁寧に丁寧に解きほぐしながら汚れを落とした。大きな手で洗って貰うモノは気持ち良さそうに目を閉じて大人しくしていた。


「痒いところはありますか~?」

「ないよ…」

「じゃあ流すわね~」


そうしてすっかり頭髪を綺麗にしてしまうとまたお湯を掛けてしっかり洗い流した。髪の毛が綺麗さっぱりになると体は流石に自分で洗いたいらしく、モノは自身の体を洗い始めた。なので次はジノの番。浴槽から引き抜いて同じように髪の毛を洗うことに取り掛かった。洗いながらジノの髪の毛は固く、モノの髪の毛よりも短く太い事がわかる。これもまた丁寧にしっかり洗い終わるとお湯で流して完全に滑りと泡を流し去った。


「カオル子ちゃん……お背中洗って欲しい…」

「お背中?良いわよ任せなさい!」

「ずるい、ジノも洗って」

「良いわよ~モノちゃん洗ってる間に体洗っちゃっててねん」


モノは上手に体を洗ってあり背中だけは手が上手く届かなかったようだ。彼が泡立てた泡を両手に受け取り、滑らかな肌を傷つけないように洗い終わった。


「流しちゃうよ~」


背中についた泡を中心にお湯を掛けて洗い流す。大体後は細かい所になった段階で桶の主導権をモノに手渡して再びジノへと取り掛かる。彼もとても上手に洗えていてまた受け取った泡で綺麗に背中を撫で洗ってやった。


「カオルちゃんのお手々すべすべ……」

「あらそう?いつも二人で入ってるの?」

「うん。…でもたまにベル様とも入るよ…」

「ベル様も…お手々大きいけどカオル子ちゃんよりすべすべじゃない…」

「あの人お風呂入れられるのね。」


ジノの体も完全に洗い流すと仲良く三人で湯船へと沈んだ。三人で入っても狭いなんて事は無く充分に寛ぐ事ができる。


「広いお風呂は良いわねぇ……疲れが取れるぅ………」

「カオル子ちゃん疲れてる?」

「カオルちゃんお疲れ?どしたの?」

「あぁ、最近ね。ベルちゃんから貰った地図の中から魔法石が眠る廃れた館を見つけようと思ってたんだけども『一番古い館』って書いて無くて何処の館かわからないのよ………」

「それでお疲れ…?」

「だからお疲れなの…?」

「そうそう、それでちょっとお疲れなのよぉ…」

「あの地図…番号書いてあるでしょ……?」

「うん。書いてあるわね。ご丁寧に年代も書いてあったから簡単かと思ってたとのに」

「知ってることだけなら…」

「知ってるのなら…お手伝いできる…」

「本当!?なんでもいいから教えて欲しいのよ!」

「あの番号の……6番から13番……」

「古すぎて…もう建物の形してないよ…」

「えぇっ!?本当!?」

「うん…今畑とか……」

「草地とかになってる…」


良い情報を貰った気がする。廃れた館と言えども建物の形が無ければ館とは言えないだろう。頭の中のあの地図に大きくバッテンを書いて6番から13番の土地を消した。

6番から13番の土地が消えたと言うことは後の選択肢は5つだけ。風呂から上がったらまた詳しく地図を見ようと心に決めた。


「なんで全部魔法石なのかしら」

「もしかしたら…隠したの…」

「もしかしたら…魔法使いじゃあない人かもね……」

「ん?どういうこと?」

「あのね…魔法使いさんが魔法を使うとき、魔法石を使うの…」

「魔法を使えば魔法石は小さくなってくの……」

「魔法石は魔法使いさんが絶対使う物だから……」

「綺麗な物なら尚更隠したりしないで見せびらかすと思うの……」

「綺麗な魔法石は…強さと…」

「お金持ちのアピールだから……」

「そんなことがあるのねぇ!物知りさんじゃない二人とも!!」

「へへ…ベル様から昔聞いたの…」

「ふふ…ベル様がお話ししてくれたの…」

「アナタ達仲良しねぇ」


そのあと肩までしっかり浸かって数を数える。小さい声でもしっかり20迄数える双子はとても可愛らしい。自分も昔母親とお風呂に入っていた頃、20迄数えた温まると言う約束で数を数えたっけ。

そうして数え終わると湯冷めをしてしまわない用に急いで上がって柔らかいタオルで水分を拭き取った。

長い髪の毛を丁寧に叩きながら拭いている間に双子はもう全身を拭き終わり、着替えに袖を通していた。待たせたら申し訳ないと急いで体を拭き終わり、塗れた髪の毛をタオルで巻き包んで指示されたバスローブの様なものを羽織った。


「これちょっと大きいわね」

「それね、ベル様の…」

「ベル様が着ていいよって…」

「じゃあ遠慮無く着ちゃおっと!」


ベルベットの見た目からずっと思っていたが身に付けている物の1つ1つが随分と高価なものである。今羽織っているこれだってさらさらとしているが保温性もあるようで温い。これ帰るときに持って帰ろうなどバカな事を考えながら脱衣所を後にした双子の後ろを付いていった。


「随分長かったじゃあないか」

「良いお湯だったわ」

「カオル子ちゃんに洗って貰った…」

「カオルちゃん上手だった……」

「良かったね。ちゃんと拭いたかい?」


そんなことを言いながら大きな手で仕上げ拭きをしてやるベルベットを見ているとなんだか父親ではなく兄の様だと思ってしまう。双子達は嬉しそうにリラックスしている事から信頼しあった家族なんだと言う事が視界の情報からでもありありと判る。


「あの石鹸良い香りね。お風呂も広いし羨ましいわぁ」

「ふふん。良いだろ。文句の1つも無い逸品さ」

「そうね、文句を付けるなら髪の毛から油分が抜けること所かしら。」

「そりゃあオイルを塗っていないならそうなるだろう?付けたかったらそこにあるのを付ければ良い。」

「え!じゃぁ付ける!!」


なるほど。リンスの代わりにヘアオイル。小瓶のキャップを捻ってゆっくり開き手に傾けると光を反射するてらてらとした液体が手に落ちてきた。微かに香ってくるこの匂いは恐らくラベンダー。手に馴染ませた後に髪の毛を手で梳かす様にゆっくりと髪全体に付けた。

そうすれば油分が消えて絡まりかけていた髪の毛は水分を含んだまま綺麗にほどけて行った。


「良い香り…でも余っちゃったからこれはベルちゃんにあげちゃうわ。」


手はまだぺた付いていてオイルが少し余っている。これをタオルに拭ってしまうのは少し勿体ない。なので屈んで双子の髪を拭いているベルベットの1房顔にかかるうねった前髪を掴んで拭うように擦り付けた。


「っ、おいやめろ触るな。余計なことするな。おい。」

「えー、勿体ないから。」

「勿体なく無いタオルに拭え。」

「嫌よ。てかもう塗っちゃったし」

「じゃあもう手を離せ。崩れる」

「やっぱりこの1房セットしてるのね?なんでこの髪型なの?ねえねえ」

「やかましい。」


前髪の開けた額にべちむっと良い音を立てて彼のデコピンが炸裂した。思わず額を押さえれば鼻で笑われてしまった。顔が良い分腹が立つ。いたぁいと立ち上がっても心配などしてはくれなかった。


「次のお風呂はベルちゃん?」

「嗚呼そうだ。余計なことをするなよ。」

「しないわよ。アタシをなんだと思ってるの?」

「あと、僕が上がったら僕の服を貸してやる。選ばせてやるから待っておけ」

「ベルちゃんの服大きいのよ…」

「じゃあ全裸で過ごすか?」

「やったぁー。ベルちゃんのお洋服楽しみだなー。」


ベルベットが風呂に立ち上がればすっかり風呂上がりの支度をしてしまった双子とカオル子だけがリビングに残された。何をしようかと思っていたが地図について聞けば良いと閃いて助けて貰って降りてきた階段を急いで、かつ慎重に転ばぬ様に上ると自身に割り振られた客室に戻った。そのベッドの上には開きっぱなしになっている地図が残されている。その地図を掴んで、ついでにあの本と羽ペン、インクを手に持つとまた慎重に階段を下りてリビングのソファーに座ろうとしている双子の元に戻った。


「あのね、聞きたいことあってね、教えて貰っても良い?」

「うん…なぁに?」

「いいよ…教えちゃう」

「この地図ね、ベルちゃんから貰ったんだけどいまいち場所が良く判らなくって…今アタシ達がいる所って何処かしら?」


入浴中に聞いた番号の地図にバツを付けながら尋ねれば双子はある一点を指差した。それは森に隠されるように建っている5番の場所だった。


「ん?この近くがこのお屋敷なの?」

「ううん…このお屋敷がこの地図の館…」

「この館…此処の場所の館…」


なんと…。今現在自分がお世話になっている此処が魔法石が眠る館のうちの候補だなんて。そのあと双子の指を目で追うと『此処がお散歩するところ』『此処がカオルちゃんが落ちてた所』『此処崖』『此処あの八百屋の有るところ』と丁寧に道なりを教えてくれた。よくよく地図を凝視すると二重線で囲まれた土地の真ん中に『セロプア』や『マディルド』と小さく書いてあり、何とか地域割り振りを理解する事ができた。

個包装された一口サイズのバームクーヘンの様な形のこの国は中心からしっかりと二重線に囲まれた土地が、それこそバームクーヘンの様に重なっていた。土地とどの土地が栄えているかを本で読んである程度理解できた為、また館の見方が変わった。1番から3番はどうやらトリプトと言う一番栄えた地域に建っているらしくそんな賑やかな所に廃れた館なんて建つのか?そうしてそんな館で眠る事はできるのかと疑問が浮かぶ。


「ねぇモノちゃんジノちゃん、この、1番から3番の建物のこと、何かしってる?」

「うぅん……あんまりトリプト、行ったことないからわからない…」

「あんまり中心いかない…わからなくてごめんね……」

「いいのいいの謝らないで!お風呂のお話ししてくれただけで充分よぉ」


心なしかションもり小さくなってしまった双子の頭を両手に撫でながらそんな風に慰める。充分助けてくれたのにこれ以上求める自分が愚かだからと言い、ひたすら撫でていればようやくサイズが元に戻った気がする。良かったと安心して双子に習ってソファーに寄りかかった。座ったときから思っていたがこのソファー随分柔らかく低反発で座り心地が非常に良い。自宅のベッドよりも柔らかい気がする。


「そう言えばここの年は魔法暦で数えるんでしょう?」

「うん、法暦だよ…」

「今は1300年みたいだよ…」

「なんで魔法なの?魔術じゃあダメなの?」

「魔術はみんなが嫌うから……」

「魔法と同じ年に魔術暦を数えてた時もあったみたいだけど……」

「魔術狩りが始まってから…数えなくなっちゃった……」

「悲しいね……術暦も1300年だよ…」

「可哀想に…魔術狩りっていつから始まっちゃったの?」

「うんとね…本には156年て書いてあったよ…」

「うん。ベル様も…156年て言ってた……」

「156年間しか数えてもらってないのね…法暦は1000年を超えても数えるのに…」


156……。この数字何処かで読んだ気がする。何処だろう……それに魔法石と魔術…何処かで繋がる……。でもどこで?思考を稼働させようとしているとモノが『紅茶…飲む?』と聞いて来たことで頭に集まっていた情報が一時断裂させられた。


「良いの?頂こうかしらぁ」

「上手に入れるね…」

「ジノもお手伝いする……」


キッチンに走る二人を追いかけてキッチンを覗く。双子は慣れたようにマッチで火を付けると釜戸の様な所に放り込む。暫く釜戸の扉を開けて覗き込んで居たが火が安定したのを見ると釜戸の鉄扉は閉じられた。そのあとモノは乾かしてあったヤカンに、汲んであった水を注ぐと台に乗って釜戸の上の鉄板に手をかざして温度を確かめていたジノに手渡した。

ジノが受け取ったヤカンを鉄板の上に置けばじゅわっと表面に付いた水が急激に蒸発する音が聞こえる。

カオル子が双子の隣から作業を見ているとちょいっとモノに袖をひっぱられる。尋ねればカオル子の頭上の棚に紅茶の茶葉が入っているから取って欲しいそうだった。カオル子の頭の高さの棚を開ければ『tea』と書いたラベルが付いた赤い蓋の瓶が見える。どうやらこれのようで取って手渡すと小さな両手で受け取り、綺麗な装飾が施されたティーポットの網の部分にさっさっと適量を入れていた。またその蓋を閉じるとカオル子に手渡されたので彼女はまた同じところに戻して扉を閉めた。


「慣れてるのねぇ」

「…うん、ベル様が良く飲むから…」

「ベル様に作ってたら…慣れた…」

「良いわねぇ…ベルちゃんは幸せ者よきっと。こんな可愛い子達に毎日紅茶淹れて貰えるなんて。ちょっと人使いが荒い気もするけどね…」


丁度リビングに駆けられた大きな古い時計は15時ごろを指していて丁度おやつの時間。ジノは釜戸の台から飛び降りると机に乗っていた果物の籠を持って戻ってきた。りんご、桃、ぶどう…あとなんだこれ。見慣れた果物が誇らしげに並ぶ中本来はバナナがあるであろうところに全く見たことのない果物も乗っていた。ジノは紅茶の番人をモノに任せるとカゴから三つ桃を引き抜いて用意したまな板の上に乗せた。


「ねえジノちゃん、この果物…アタシ見たことないんだけどこれってなあに?」

「うんとね…クプクプの実…」

「くぷくぷ?なんだか可愛いわね。これはこのまま食べるの?」

「ううん…ざくろに似てるかも…ベリリって剥いて、中のぷつぷつを食べるの。」

「ほんとに柘榴みたいね」

「でもざくろはざくろであるの…クプクプの実はね…酸っぱくなくてあまぁいんだけど青色なの」

「よくそんなもん食べようと思ったわね最初に食べたやつは……」

「食べにくいから…あんまり用意するの好きじゃないの…でもベル様がお薬作るときに使うから…」

「それで用意しといてあげてるのね、優しいわぁ」


話しながらもジノは器用に桃の皮を剥いていった。小さい手に桃が乗ればなおさら桃の大きさが強調されるよう。その薄い皮にぷつっとナイフを当てると果肉も削れないようにさっと皮を剥ぐ。手の中でくるくると回しながら皮を剥げば気がつけば果汁を垂れ流す桃が三つ並んでいる。その桃の果肉を切り分けていればヤカンがお湯が沸いたと唸り出す。そうすればモノはそっと、火傷をしないように気をつけながら用意したポットにお湯を注いだ。そうするとキッチンとリビング一帯は桃と紅茶の良い香りで満たされた。


「いいにおぉい!」

「ももね…食べるのもいいけど…」

「お紅茶に入れると美味しいの…」

「ピーチティーみたいね」

「なんだ。今日の間食は桃か?」


すっかりと紅茶と桃でアフタヌーンティーの準備が出来たころ、湯を浴びていたベルベットがひょっこり戻ってきた。カオル子と同じくバスローブを身につけて。カオル子が着ると足首まですっぽり覆い隠してしまうそれも本来の持ち主のもとではくるぶしはすっかりと姿を表して、胸元で交差した襟は解けるということを知らなかった。


「アンタ髪の毛下ろすとそんな感じなのね」

「そんな感じとは。」

「そのまんまの意味。そんな感じなのね」


ここにきてからオールバックの彼しか見たことはなく思わずそう呟くと顔を顰めてまだ水分の残る髪を掻きあげて、オールバックではない状態を実況する前に通常の姿へと姿を戻してしまった。


「あーん!せっかく目にやきつけようかと思ったのにぃ!」

「そんなことをしている暇があったらさっさとお題をクリアしたまえ。それとももう諦めるか?」


意地悪そうににぃっと笑われれば勿論諦めなどしない。まだ見つけるために辺りを散策することすらしていないのだ。丁度よく紅茶も蒸れたのか人数分のティーカップをモノが出し始めたのを見ればカオル子はベルベットに唾を吐くのをやめてそちらの手伝いに移動をした。手に持つと軽いこのカップだがどう見ても高級品で、昔てぃーカップセットを買おうとネットサーフィンをしていた時に見た10万円をこえる物たちよりも何倍も高価に見えた。落とさないように気をつけながらリビングのあのソファーの前の椅子に運び出せば続いてティーポットを持ったモノと切った桃とフォークを持ったジノも続いてそこに並べた。

風呂上がりで何もしていないベルベットはさも当然と言ったようにソファーの真ん中にどっかり腰をかけて座り、誰よりも早く紅茶を注ぎいれて口に含んでいた。


「ベル様…100点ですか…?」

「ベル様…美味しい?」

「嗚呼、蒸らし具合が丁度良い。」

「なんでそう上から目線なの腹たつわねアンタ…」

「じゃあ君もこうして飲めばいいだろう?」

「そんなことできるわけないじゃないの!!あ、そうだ!ベルちゃんにも聞きたいことあったんだ。」


定位置に座る3人と省かれたカオル子。ただ彼女は今それよりも気にしていることがあるらしく紅茶セットの脇に移動させられた地図を開き直して、紅茶の香りと風味に酔いしれるベルベットに返答を求めずに質問を投げた。





カオル子の残金あと 99万1200ペカ





第7話 (終)


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