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第12話 (はたから見たら)最強の男

「あ、ゴブリンだ」


 むき出しの岩肌。薄暗い洞窟内。そこに現れるのはスライムと並んで最弱モンスターに位置づけられるゴブリンだ。

 手には木で出来たこん棒を握り締め、「ゲヒッゲヒッ」と汚い笑みを浮かべている。


「ここは俺が――」


 リュックから取り出したロングソードを構えようとすると、


「ゴブリン程度なら私に任せて。幸太郎さんにまだ私の実力見てもらってないしね」


 早彩はそれを制止して、太ももから二刀を引き抜いた。

 それらを逆手に構えて腰を落とす。


「ゲヒャアアア!」


 ゴブリンが叫び声を上げて一歩踏み出した、その瞬間――


「……ん?」


 早彩の姿が揺らめいたかと思ったら、もうゴブリンの背後にいた。

 二本の小刀からぽたぽたと青い血が滴り落ちる。


「はい。おしまい」


 断末魔を上げる暇もなく、ゴブリンはぐしゃりと地面に倒れ伏した。


(は、はええええ! 全然見えなかった!)


 これが敏捷性に補正がかかった効果か。マジで何も見えなかった。いつ斬ったんだ?

 16歳でB級になるくらいだから強いことは知ってたけど、これ程とは。


 俺からしたらドラゴニュートも早彩もさして変わらんな……。


「どう? どう? 結構凄いでしょー?」


 にんまりと笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる姿はまるで褒められ待ちの犬のようだ。

 その様子をドローンが横から撮影し、コメントが大いに盛り上がる。


『やっぱ早彩ちゃんつえーわ』

『的確に急所を一撃。流石です』

『早彩ちゃんが尻尾振ってるのが見えますわこれ』

『可愛い』

『恋する女の子……ってこと!?』

『早彩ちゃん! にんにんってやって! にんにんって!』


「も、もう……あんまり茶化さないでよぉ」


 ぷりぷりと文句を言いながら、それでも「にんにんっ」とポーズを決める辺りサービス精神旺盛だ。

 こんな感じでいつも楽しく配信してるんだろうな。

 それが少し微笑ましく感じる。


「いや本当に凄かったよ。これなら俺のパートナー役もばっちりだ」


 そんな軽口を叩いて、ぽんっと肩に手を置く。


「パ……パートナー!?」


 すると早彩は突然顔を真っ赤にして、うわ言のように「パートナー……パートナー……」と呟いていた。

 え、急にどうした? 俺なんか変なこと言ったか……?


 思わず視線を泳がすと、ドローンと目が合った。


『こーれ無自覚系主人公です』

『天然キャラですか?』

『女たらしだな、こいつ』

『せめて相棒だったらよかったのに』

『おめでとう! さっさと爆発しろ!』


「は……え!? いやそういう意味じゃなくてだな……!」


 そ、そういうことかよ! そんなの分からんて!

 無自覚でも天然でもなくてただ単に女性経験がないだけなんです!


 コメント欄は俺らを囃し立てて大盛り上がり。

 それに反比例するように、早彩の顔が耳まで真っ赤に染まる。俺もめちゃくちゃ恥ずかしい。


 やばい。ここは冷静にならないと。

 落ち着け俺。落ち着け俺。落ち着け俺。頭の中で3回唱える。……うん、無理。


 その時、ふと道端に何やらビニールの包装を見つけた。

 よく見てみると、コンビニのおにぎりを包んでいるあれだ。三角形を真ん中で引き裂いたような状態でポイ捨てされていた。


 ――つまりゴミだ。


 そこからの俺の行動は早かった。

 ロングソードをリュックにしまい、代わりに取り出すのはいつものトング。

 素早くゴミを拾ってリュックの中にポイする。


『幸運値が1上昇しました。現在の幸運値は343です』


 頭の中でアナウンスが流れて俺はほっと一息つく。

 いつものルーティンをこなしたお陰で少し落ち着いてきた。


 くるりと振り返ると、きょとんとした顔で早彩が俺を見ていた。

 ドローンもばっちりと俺を撮影している。


(あ、やべ……)


 そう思ったのも束の間。


『おもむろにゴミ拾い始めたんだけどwwww』

『え、なんで? なんで急にゴミ拾った?wwww』

『トングまで持ってるとか用意周到すぎだろwwww』

『あの長いトング仕事以外で持ってる人っていたんだ……』

『意味わかんなすぎておもろいwwwww』

『やっぱS級ってやべーやつしかいないんだな』

『もしかして、新宿御苑ダンジョンが他のダンジョンに比べてやたらゴミ少ないのってこいつが拾ってたから?』


(ああああああああ! は、恥ずかしい!)


 怒涛の勢いでコメントが流れるわ流れるわ。

 もう俺は満足にそれを聞いてられなくて耳を塞ぐ。


「幸太郎さん……探索者としての活動だけじゃなくてゴミ拾いで社会貢献までしてるなんて……」


 そして早彩は相変わらずのポジティブ思考で俺を勝手に持ち上げていく。


 リスナーにはからかわれて、早彩には謎に尊敬されて、俺の情緒はもうぐちゃぐちゃだ。

 羞恥心で頭がどうにかなっちまう。


「こ、これはあれだ……ゴミを拾うことで強くなるスキルなんだ。そういう力なんだ」


「スキル……なんですか?」


『なんだそれ』

『そんなスキル聞いたこともないぞ』

『ゴミ拾いで強くなるってどういうこと?』

『S級のスキルって結構ユニークなの多いからな。まぁそういうのがあっても不思議ではない』

『にしてもゴミってwwww』


 早彩もリスナーも納得したのかしてないのかよく分からん反応を見せるが、俺は嘘は言ってない。

 ゴミを拾って強くなるのは本当だしな。


「と、とにかく! ゴミ拾いは俺の日常だから気にすんな!」


『日常wwww』

『清掃業者の方ですか?wwww』

『そうか……探索者じゃなくて清掃業だったのか……』


 ぐぁぁぁ……マジでこいつら一生からかってくるじゃん!

 流石に耐え切れなくなって俺はずんずんと先に進む。


「……あれ、この感じ……」


 その時、後ろにいる早彩が何かを呟いた。


「――!! 幸太郎さん、後ろ!!」


 切迫した早彩の声。何かのイレギュラーが生じたのは明白。


 まさか、モンスター!!?


 俺は素早く身を翻すと、


「ゲギャッ!?」


 手に持っていたトングが振り返った拍子に、ゴブリンの両目に突き刺さった。

 そのまま絶命し、倒れるゴブリン。


「…………へ?」


 状況が理解できずに固まる俺。

 トングの先から滴り落ちる青い血。


 静寂の中で、ぴちゃ、ぴちゃと血の垂れる音だけが響き渡る。


「す……」


 その静寂を破ったのは、早彩だった。


「凄いよ幸太郎さん! ゴブリンシーフを一瞬で! しかもトングで!!」


『トングで倒しやがった!』

『背後を取られたのに一切の動揺も見せず、流れるように急所の目を潰す。やばくね?』

『ゴブリンシーフって3階層のモンスターじゃなかった?』

『B級でもスキルの相性によっては苦労する相手だぞ』

『やっぱS級って別格だわ……このレベルになるとB級のモンスターはトングで倒せるんやね……』

『トングは武器だった』

『俺今からトング買ってくるわ』

『これがゴミ拾いの力……!』

『俺もちょっとトング買ってゴミ拾ってくるわ』


 ……な、なんかすんごい盛り上がってるぅぅ!?

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