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第10話 S・K・N! S・A・Y!

 新宿御苑に着くと、今日が土曜日なのもあって多くの探索者が集まっていた。

 探索者というのは意外と兼業でやっている人が多い。

 早彩みたいに学生だったり、単純に探索者だけじゃ稼ぎが足りなかったり。


 基本的にC級以下では得られるモンスター素材の買取価格がそれほど高くないため、専業でやっていくのは少し厳しいのだ。

 俺は【幸運】があるお陰で上層階にも行けるが、まぁそれは例外中の例外。


 そんな訳で休日は普段別の仕事をしている人もダンジョンに潜るため人が多くなる。


 そしてその多くの探索者が俺達に視線を向けていた。

 いや正確には殆どが俺に向けて、だ。


「おいあれ……識名早彩じゃね?」


「マジだ。うわ、めっちゃ可愛いなぁ」


「じゃあ隣にいるのがもしかして……宝月幸太郎?」


「あいつが例の……」


「俺達の早彩ちゃんを奪ったクソ野郎か……」


 殺気の籠った視線が至る所から俺へ降り注ぐ。


(やっぱり全然気のせいじゃなかったああああああ!!)


 俺やっぱりめちゃくちゃ恨まれてるじゃん!

 絶対さっき新宿駅で感じた視線も気のせいじゃなかったじゃん!


 くそ、今だけは早彩が有名人なのが憎い。フォロワー50万越えは伊達じゃない。

 ちなみに昨日の一件で早彩のフォロワーは既に60万近くまで上昇していた。

 ううん、バズって怖い。


「ご、ごめんね……なんか私のせいで……」


「別に早彩のせいじゃないさ。むしろそれだけ人気があるってことだろ。いいことじゃないか。むしろこの状況を利用した方がいいまであるぞ?」


「え……あー……それは確かに、そうかも」


 俺は早彩のリスナーじゃないからどうして彼女が配信業をしているのかとか、普段どんな振る舞いをしているのかとかは分からない。

 けど、やっぱりみんなフォロワーを増やして認知度を上げたいものなんじゃないだろうか。

 全く数字を気にしない配信者というのはあまり見たことないしな。


 早彩は顎に手を当てて、うんうんと考え込んでいる。


「よし、分かった。それじゃあちょっとだけ時間もらってもいいかな?」


「もちろん」


 俺が頷くと早彩はにこりと微笑んで、小さく深呼吸を挟む。



 パッと顔を上げた時、そこにいたのは早彩じゃなかった。



「みんなー! 昨日は私の動画見てくれてありがとー! 私、識名早彩はこの通り元気です! 心配してくれてありがとねー!」


 手を口の横に当てて大きな声を出しながら、辺りを見渡す早彩。


 そこにいるのはいつもの早彩じゃない。

 まさしく60万ものフォロワーを抱える有名インフルエンサー――識名早彩の姿だった。


 弾けるような笑顔を振りまいて、周囲の人を虜にする様は到底ただの高校生には見えない。

 昨日は早彩を見て、その容姿をアイドル顔負けだなんて思ったけど、とんでもない。


 その心根までもが、アイドル顔負けだ。


 やっぱ有名インフルエンサーになるような奴は凄いんだなぁ。

 なんて考えていたら、早彩が俺を見てパチッとウインクした。


 え、なんだ……?


「そして、隣にいるのが……私を助けてくれたS級探索者の宝月幸太郎さんでーす!」


 ――はぁ!!?


「お、おい……一体何言って――」


 言いかけた俺の口を、早彩が人差し指でぴとっと塞いだ。


「いいから、私に任せて」


 唇に触れていた柔らかい感触がふっと離れる。


 一体、早彩は何をするつもりなんだ……?


 周囲からは「S級!?」「やっぱりそうだったのか」「しかし見たことも聞いたこともないぞ」なんて声が聞こえてくる。


「幸太郎さんは訳あって表立った活動を控えていましたが、昨日を機にこうして表舞台に姿を見せてくれました。そしてそして、ここからが本題ですが……私と幸太郎さんはチームを組んで、各地のダンジョン攻略に乗り出します!」


「「「ええええええええええ!?」」」


 声を荒げたのはさっきから俺に殺気の籠った視線を送っていた奴ら……つまり早彩のファンの連中だ。


「私はまだB級の若輩者……幸太郎さんの足を引っ張ってしまうかもしれません。ですが、私は本気です! 実力を付け、各地のダンジョンを踏破し、百魔夜行の発生を未然に防ぎます! だからみんな、私達のこと……どうか応援していてください! よろしくお願いします!」


 新宿御苑を、静寂が包み込んだ。

 突然の告白に、みんな戸惑っているのだろう。


 無言の空間が、いやに息苦しい。

 俺も何か言った方がいいか……そんなことを考え始めた、その時――


「俺は早彩ちゃんのこと応援するぞー!」


 一人の探索者が、声を上げた。


「お、俺も!」「早彩ちゃんいつもダンジョン攻略には真剣だったもんな!」「ソロだと危ないしね」「応援してるぞー!」


 周囲の探索者の声が、どんどんと大きくなる。

 気付けば新宿御苑は、俺達を、早彩を応援するムードに包まれていた。


「みんなありがとー! 私頑張るねー!」


「「「「うおおおおおお! S・K・N! S・A・Y! S・K・N! S・A・Y!」」」」


 え、何これ……なんの掛け声……?


 謎のコールが天高く舞い上がる。

 それは次々と伝播し、さながらライブ会場のような雰囲気だ。


 あ……しきなさあやの頭文字でSKNSAYか。いや分かるか!


「それじゃあ私達は早速ダンジョンに行ってきます! 配信もするからみんな必ず見てねー!」


「「「「はーーーーい!!」」」」


 野太い声が新宿御苑に響き渡る。

 マジでアイドルだな、これ。


「さ、幸太郎さん。行こ」


「お、おう……」


 早彩の場を完全にコントロールする掌握術に戦々恐々としながら、俺達は新宿御苑ダンジョンの1階層へと足を踏み入れた。

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