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第9話 バズっちゃった

「ど、どうなってんだよ……これ……」


 ローテーブルで朝食の食パンを食べていた俺は、スマホに映るそれに声を震わせた。


 今日はこの後、早彩と新宿御苑ダンジョンに行く予定だ。

 土曜日で早彩も学校が休みだから午前中から行こうという話だったので、早起きしてシャワー浴びて朝食を食べていた所なのだが……。


「めちゃくちゃバズってるじゃん……」


 そう、俺が見ているのはSNS。

 そこには昨日配信されていた早彩の動画の切り抜きが至る所に張られまくっていた。


『【剣星】でも倒せなかった8階層のモンスターを倒す謎の探索者、宝月幸太郎』

『こいつマジで何者なん?』

『ドラゴニュートのスピードをものともしないで最小の動きでカウンターをかます猛者』

『今まで無名だったってマジかよ。フェイク動画なんじゃねぇの』

『あの配信見てフェイクだと思うなら目が腐ってるぞ』

『早彩ちゃんの配信はいつも本物だから、これも本物』

『S級最強は【剣星】じゃなくてこいつに更新だな。ちょっと残念』

『協会の隠し玉に違いない。地下室の実験によって生み出された悲しきモンスターとか』


 ああああ、なんかもうあることないこと書かれまくってるんですけどおおお!?

 確かに早彩の前では仮面を被るって誓ったけど、全世界に認知されるのは違くない!?


「くそっ……早彩の影響力を甘く見ていた……まさかここまでとは……」


 昨日の動画はYouTubeで全ジャンル含めた急上昇ランキング一位。

 Xでは当然の如く、『識名早彩』『宝月幸太郎』『炎虎』『猫キチ』等がトレンド入り。


 てかおいちょっと待て、猫キチってまさか俺のことか?


「炎虎とのやり取りもばっちり切り抜かれてるぅ……」


 そりゃそうだ。配信を切ったのは炎虎に指摘された後。それまでのやり取りは全て配信のアーカイブに残っている。


「お、俺の平穏無事な日常が……。いやS級になるって言ったんだから遅かれ早かれなんだけど、それにしても昨日の今日でこんなに伸びるとは……」


 いやだがしかし、それはまだ百歩譲っていいとしよう。

 俺がS級として力をつけていけば、自ずと知名度は上がるのだからそれはいい。


 問題はそこじゃなくて、こっちの動画だ。


『早彩ちゃん可愛い』

『これ堕ちてね?』

『メスの顔してんよぉ』

『俺達の早彩ちゃんが』

『宝月幸太郎許すまじ』

『嘘だと言ってよ早彩ちゃん!』

『完全に惚れてますね、これ』

『そりゃ絶体絶命のピンチに颯爽と救い出されたら惚れますよ』

『流石良い人。困ってる人を助けるのは当たり前ってか』

『ご飯に誘おうとしている辺り確定。お疲れさまでした』

『もういいじゃん。最強探索者と早彩ちゃんならお似合いでしょ』

『ロリコンだめ。絶対』

『灰になれカス太郎』


 そこには俺が早彩を助けた時の様々なシーンがダイジェストとなって切り抜かれていた。

 恨み辛みのコメントもセットのおまけ付きで。


「どうすんだよこれ……」


 これ、外歩いてたらいきなり刺されたりしないよな……?

 絶対ないとは言い切れないのが怖い。


「と、とりあえず準備して駅前向かうか……」


 もう考えるのをやめよう。俺の精神がこれ以上は持たない。


 ……はぁ……マジかぁ……。



 ***



「幸太郎さん、おはよー! 今日からよろしくね!」


「おはよう、早彩……」


 新宿駅の前にて。

 にこにこ笑顔の早彩とは対照的に、俺は身を縮こませて周囲を警戒していた。


「……? 何きょろきょろしてるの?」


「俺のことを狙う早彩ファンがどこかに潜んでいるんじゃないかと思って」


 多分に気のせいだと思いたいが、さっきから何やら俺のことを見ている怪しい視線を感じる……ような気がするのだ。

 多分気のせいだと思うけど……気のせいだよね?


 しきりに周囲を気にする俺だったが、早彩は顔をかーっと赤く染め上げて、


「あ、う……あの……あの動画のことは、その……恥ずかしいからあんまり掘り返さないでくれると助かる、かな……」


 両手の人差し指をつんつんと合わせながら呟いた。


 ……確かにあんな好き放題に好意があるみたいに喧伝されたら、そりゃあ嫌だし恥ずかしいだろうな。

 ちょっと配慮が足りてなかったか。


「すまん早彩。早彩の気持ちも考えないで……」


「へ、気持ちっ!? あいやえと、そそそんな私の気持ちなんて全然別にどうでもよくて、いやどうでもよくないけど……そうじゃなくて!」


 え、なんか急にテンパり始めたんだけど……どうした?


「と、とにかく! そのことはもういいから! 幸太郎さんも気にしないこと! 分かった!?」


「お、おう……」


 なんだかよく分からないけど圧が凄い。とりあえず頷いておく。


「分かればいいのです。それじゃあ行こっか」


 打って変わってこちらがドキッとするような可愛らしい笑顔を見せて、早彩はとたとたと歩き出す。


 まさか、本当に俺に好意があったりするのか……?

 いや、それこそまさかだろう。もし本当にそうなら、それは命の危機を救ってもらったことによる一時的なものだ。

 大体もし向こうに好意があったとしても女子高生と付き合うなんてできる訳ない。

 俺は成人してるんだ。その辺の分別はあるつもりだ。


 やたらとうるさい心臓が、俺を急かすように音を立てる。


「幸太郎さーん? 早く早く! ダンジョンは待ってくれないよー」


 その音に気付いていないフリをして、俺もまた歩き出した。

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