目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話 呼ばれた理由

「ふふふ、本当に猛は可愛いなぁ。からかい甲斐があって」


 くつくつと笑う霧島さんに、識名は興味深そうに口を開いた。


「二人はお知り合いなんですか?」


「あぁ、猛は私にとって……まぁ弟子みたいなものね。昔は同じパーティだったのよ。その時は、猛はまだA級だったけどね」


 弟子、という言葉で妙に納得がいった。

 あいつ、霧島さんの前だと舎弟みたいだったもんな。マジで逆らえないんだろうな。


「へぇーそうなんですね! S級探索者にも歴史あり、ですか」


「昔から生意気小僧だったけど、それは今でもちっとも変わらないわねぇ。もうちょっと落ち着いてくれたらお姉さん嬉しいんだけど……あっと、昔話はこの辺にして本題に入りましょうか」


 俺達が霧島さんの前に並んで立つと、霧島さんは先程までと打って変わって真剣な表情を浮かべる。


「まず識名さん。助けに行くのが遅れてしまって、本当にごめんなさいね。配信は私も見させてもらったけど、怖い思いをさせてしまったみたい」


 頭を下げる霧島さんに識名は慌てた様子で手を振った。


「い、いえ! 私がドジ踏んで罠にかかっただけですから謝らないでください!」


「私達協会は探索者の活動を補佐し、助ける義務がある。人命救助は最優先。これは絶対よ。だから……ごめんなさいね」


 識名は再度頭を下げる霧島さんを前に、困ったように頬をかくと、


「顔を上げてください。私も探索者です。自分の身に起きたことは自分で対処しなきゃいけないし、その責任があります。だから……そんな謝らないでください。反応に困っちゃいますよ」


 そう言って少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「……ありがとう。識名さんは強いのね」


「つ、強いだなんてそんな……本当にあの時は死ぬかと思いましたし、怖くて怖くて仕方なかったですけど……その、幸太郎さんが……助けに来てくれたので……」


 頬を赤らめてこちらを見つめる識名に、俺はどう反応していいか分からず頭をかいた。


「宝月君。本当にありがとう。あなたがいてくれなきゃ識名さんを助け出せなかったわ」


「俺は別に何もしてないですよ。当然のことをしただけなので」


「それを言われちゃうと、協会の面子は形なしね」


 霧島さんは罰が悪そうに苦笑いした。


「あ、いやそんなつもりは……」


「ふふ、冗談よ。冗談。それにしても、どうしてD級の君が8階層なんかに?」


 あ、と思ったのも束の間。

 その言葉に一早く反応したのは、識名だった。


「え、D級!? こ、幸太郎さんってD級なんですか!?」


「あら、知らなかったの?」


 識名は口をぽかーんと開けて、驚愕の表情を浮かべる。


 うーん……これは、どうしたらいいだろうか。

 もういっそこのまま俺はただの小市民であると伝えてしまうか。


 彼女の俺に対する憧れみたいなものをぶち壊すのは少々気が引けるが、D級であることがバレた今ならタイミングとしてもバッチリだろう。

 あれだけ格好つけた手前、素の自分を晒すのはかなり恥ずかしいが……どうせいつかはバレることだ。


「あー、識名さん。実はな――」


 意を決して口を開いたが、言い終える前に識名は、


「能ある鷹は爪を隠す……ってことですか。やっぱ幸太郎さんは格好いいなぁ……」


 目をきらっきらに、もうとんでもなくきらっきらに輝かせて呟いた。


 ポ、ポジティブ過ぎる!

 なんでこうも俺に対する評価が勝手に上がっていくんだ!

 俺はただの小市民なのに!


「あ、はは。うん、そうだね……」


 最早笑うしかない。

 こんなきらっきらに目を輝かせた子に真実を話す勇気なんて俺にはない。

 俺はこの業を一生背負って行かなくてはならないのか。


 え、それなんて拷問?


 俺の未来予想図が波乱万丈であることにげんなりしていると、霧島さんと目が合った。

 じっとりとした目で胡乱げに俺を見ている。


 やばい。なんて言い訳しよう。

 8階層にいたのはゴミ拾うためです、とか言っても信じてくれないよな。


 なんて言おうか迷っていると、霧島さんは「まぁ、それについてはいいわ」と話を区切った。


「それよりも、私が二人を……特に宝月君を呼んだのには理由があるの」


「……なんですか?」


 霧島さんは俺の目を射貫くように真っ直ぐに見つめると、


「宝月君、あなたS級になりなさい」


 そう、言った。


「へ?」


 俺が、S級……? D級の俺が……?


「え、ちょ、ちょっと待ってください。話が見えないんですけど……」


「そう? 至極単純な話よ。一つ、宝月君は現S級最強の【剣星】でも倒せなかったドラゴニュートを倒した。一つ、今私達はA級以上の戦力が圧倒的に足りてない。そして最後に……最近各地で百魔夜行の兆候が確認され始めた。識名さんが踏んだ転移魔法陣の罠も、新宿御苑ダンジョンが活性化している証拠よ。想像以上に、事態は切迫しているの」


「――!!」


 百魔夜行の兆候が、各地で……?

 ジジジ、と頭の中で映像がフラッシュバックする。


 百魔夜行によって壊滅した八王子。

 街にモンスターが溢れ、何もかもを呑み込み、俺の両親も親友も、皆死んだ。


 あれが、あれが日本各地で起こるかもしれない……?


「百魔夜行に対応するためにはどうしても実力のある探索者が必要なの。ドラゴニュートを倒した君ならS級の素質は十分にある」


 確かに事実だけを並べたらそうだ。

 でも違う。実際は、あれはただのまぐれだ。


 俺は、いつも戦闘を避けてダンジョンに籠っている。

 【幸運】があれば殆どモンスターと接触しないで行動できるからだ。


 モンスターの素材はわざわざ戦闘しなくても道中落ちているのを拾えるし、俺はそれを売ることで日銭を稼いでいる。俺はそんな人生で十分満足しているのだ。

 S級を目指そうと思ったことはない。

 いや、その言い方は少し正確ではないけど、【幸運】のスキルにそれだけの力はないと諦めたのは事実だ。


 俺のスキルはただラッキーになるだけ。それだけだ。

 俺自身の能力は何も変わらない。ただの一般人。


 そんな俺が、S級のモンスターと対峙できるのか?

 ドラゴニュートみたいなモンスターと今後も戦って、生き残れるのか?


 あの時の、ドラゴニュートを前にした時の恐怖が蘇る。

 怖くて、震えて、俺は何もできなかった。ただ突っ立ってただけだ。

 俺にS級なんて、務まるはずがない。



 ――



 俺は知ってしまった。

 もしかしたら百魔夜行が起こるかもしれないのだと。

 俺の地元のように、この街も人の住めない土地になってしまうかもしれないと。


 あぁ、ちくしょう。知りたくなんてなかった。

 知ってしまったら、もう後には引けないから。


 俺はだから、でないといけないから。

 助けられるかもしれないと分かっていて見過ごすことはできない。


 本当に、くそったれな力だよ。


「……分かりました。なりますよ、S級に。S級になって、俺が百魔夜行を止めます」


 怖くて、震えそうで、でもそれを表に出さないように、俺は仮面を被る。


「ありがとう、宝月君。あなたの献身に心からの感謝を」


 一体俺の【幸運】は、俺をどこに連れて行こうとしているのだろうか。

 これが、S級になることが本当に幸運なのだろうか。


 分からない。未来のことなんて分からない。

 でも、一つだけ確かなことがある。



 俺の人生は今ここで、変わったのだ。



 ***



「随分と遅くなっちゃったな」


 時刻は既に21時近い。

 もう4月も中頃だと言うのに、吹き付ける風が冷たくて少し肌寒かった。


「識名さんは電車?」


「え、あ、はい。そうです」


「それじゃあ駅まで送るよ。夜も遅いしね」


「ありがとうございます……」


 都庁を出た俺達は、つらつらと新宿駅に向かって歩き出す。


 識名は俺がS級になるという話を聞いてから、ずっと浮かない顔をしていた。

 元気がないというか何かをずっと考え込んでいるというか。


 しかし、今日会ったばかりの俺にそれをわざわざ聞く資格も勇気もない。

 結果的に俺達は特に会話もないままに歩き続け、程なくして新宿駅が見えてきた。


 新宿駅の改札付近は相変わらず人が多くて、世界が目まぐるしく回っている。

 そんな中で、識名がふと足を止めた。

 俺達は改札から少し離れた通路の真ん中で、向き合うように立ち止まる。


 通り過ぎる人達が鬱陶しそうに俺達を避けていく。

 識名は顔を俯かせたまま何も言わない。


 何か言うべきなのだろうか。だとしても何を?

 識名が何を考えているのか、俺には分からない。


 やっぱり俺がD級なことに幻滅したのかもしれないし、ダンジョンで死にかけたことが怖くなって一人になりたくないのかもしれない。


 良い人でないといけないのに、どう声をかけたらいいか分からなくて尻込みしてる自分に笑えてくる。


「……識名さん、今日はゆっくり休んでね。体調には気を付けて。……えーっと、それから……次からはパーティを組んで攻略するといいかもね。ほらその、やっぱり一人だと危ないから」


 口から出た言葉は自分でも何を言っているのか分からなくて、そんな言葉で識名が何か話してくれるはずもなくて。


「それじゃあ、俺はこれで――」


 そう言って逃げるように立ち去ろうとした、その時。


「あの!」


 識名が、声を上げた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?