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第6話 ダンジョン探索者協会新宿都庁本部

「私、協会本部に行くのって初めてです……」


「俺はこれで二度目だけど、この物々しい雰囲気は何度来ても慣れないな」


 俺と識名、そして炎虎は今、新宿都庁のエレベーターの中にいた。

 協会――正式名称はダンジョン探索者協会だが、その本部は新宿都庁にある。


 協会に行く用事なんて基本的にはスキル発現時に探索者登録をしに行く時くらいで、それ以外に訪れる用事なんて殆どない。

 俺自身そのために本部に一度来ただけで、その時は長居するでもなくすぐに退散している。


 そして今回は、本部のお偉いさんとやらの直々の呼び出しだ。

 そりゃあ緊張もするというもの。


 そうこうしている間にもエレベーターはぐんぐんと上昇し、43階で止まった。


 エレベーターを出ると目の前には来客用の受付といくつかのベンチやソファ。

 作りはいかにも役所という感じだ。


 受付には職員であろう女性が一人。他には人の姿は見えない。

 まぁ夜も遅いしこんな時間に来る探索者もいないか。


「こっちだ。ついてきな」


 炎虎は受付を華麗にスルーすると、躊躇いもなく通路を進んでいく。

 しばらくすると、本部長室というプレートが掲げられた扉が見えてきた。


 炎虎はこんこんこんと扉をノックすると特に返事も待たずに開けた。


「失礼しやっす。連れてきました」


たけるか。早かったな」


「姐……霧島さんが急かすからじゃないっスか」


 炎虎は後ろにいる俺達にくいっと顎で入れと促す。


「し、失礼しまーす……」


「失礼します」


 識名はおっかなびっくり、俺は表面上は冷静さを保ったまま室内に入る。

 まず目に入ったのは中央に鎮座する来客用であろうソファだ。黒革のソファが照明に照らされて白く輝いていた。

 そして部屋の奥、壁を背にする形で置かれたデスクに一人の女性が座っていた。


「あなたが8階層で遭難してた識名早彩さんね。そしてこっちの彼が、宝月幸太郎君か」


 温和な顔付きでにこりと微笑む女性。しかしそれでも、どことなく相手に緊張感を抱かせるような不思議な雰囲気があった。

 確かに笑顔なのに、目の奥は笑っていないというか、鋭く睨まれているような気さえしてくる。


 歳は俺より上だろうけど、かなり若く見える。

 さらりと垂れた海みたいに青い髪がきらきらと光り、ぱりっと着こなしたスーツ姿も相まって凄く仕事のできそうな人っぽい。実際この若さで本部長なのだから能力のある人なのだろう。


「一応初めましてかな。ダンジョン探索者協会の本部長兼防衛部隊隊長の霧島聡美よ。よろしくね、若き探索者さん」


 霧島、聡美……?

 なんか、どこかで聞いたことある名前だ。なんだっけ……。

 どうにも思い出せず悶々としていると、隣にいた識名が興奮した様子で声を上げた。


「もしかして、10年前の池袋サンシャインダンジョンを踏破した、【水神】ですか!?」


「うわぁ、懐かしいなぁ。今の子でも知ってるんだね」


「当然ですよ! S級ダンジョンだった池袋サンシャインを少数精鋭のパーティで踏破して、未然に百魔夜行を防いだ英雄じゃないですか! うわ、うわぁどうしようこんな所で会えるなんて……サ、サインもらってもいいですか!? あ、あ、あと握手も……!」


 そうだ、思い出した。

 当時S級探索者だった【水神】霧島聡美。その美貌と水を操る流麗な戦い方で人気を博し、数々のS級ダンジョンを踏破した英雄だ。


 彼女は百魔夜行――ダンジョン内になんらかのイレギュラーが生じ、モンスターがダンジョンの外に溢れ出るという災害を未然に防いだことで一躍時の人となった。


 ぐっ、と心臓が激しく脈打つ。


 百魔夜行は未曽有の大災害だ。

 低級のダンジョンであればなんとか対処できるが、もしもS級ダンジョンで百魔夜行が起これば人類に打てる手はない。

 あれは文字通り凄まじい物量で持ってダンジョン外にモンスターがなだれ込んでくるからだ。

 その中には当然S級モンスターもわんさかいる訳で、両手で数える程しかいないS級探索者では圧倒的に数が足りない。


 そうやって百魔夜行を食い止められずに閉鎖地域となってしまった所も、日本には多い。


 ――俺の地元、東京都の西にある八王子もその一つ。


 なぜかモンスターはダンジョンの外に出てもダンジョンから一定の距離までしか行動できない。

 だから日本中がモンスターだらけになることはないけど、今の八王子はそこらのダンジョンなんかよりも余程危険な場所だ。


 俺の地元は、故郷はもう、どこにもない。


「……そんじゃあ用は済んだんで、俺は帰りますね。失礼しやした――」


「猛? まだ用は済んでないでしょ?」


 ふと顔を上げると、炎虎は分かりやすいくらいに冷や汗を垂らしていて、霧島さんはにこにこと微笑んでいた。

 霧島さん、全然目が笑ってないですよ。


 彼女はちょいちょいと手招きすると、炎虎は恐る恐る近付いていく。

 めちゃくちゃ腰が引けてて正直ちょっと面白い。


「ダンジョンの外でスキルを使ったわね? しかも宝月君相手に」


「つか……ってない……っスよ」


 しらーっと目を逸らす炎虎。

 なんかだんだんとこの二人の力関係が分かってきた気がする。


「全部識名さんの配信に映ってたって、知ってて言ってる?」


「…………」


 にこにこ笑顔の霧島さんが、指をふっと下から上に振った。

 その瞬間、炎虎が水泡に飲み込まれる。


「――!!? がががぼぼぼがぼぼぼっ!」


 な、なんだ!? 今のスキルか!?

 一瞬で人間を飲み込む水泡を出すなんて、やっぱりこの人ただ者じゃない。


 手足をしっちゃかめっちゃかに動かし、じたばたと暴れる炎虎。

 霧島さんは今度は指を横にすーっと動かす。

 すると、水泡の上側だけがナイフを入れたみたいに切り落とされた。

 丁度、炎虎がギリギリ息継ぎができるくらいの位置だ。


 え、これ水攻めの拷問じゃん……。


「がぼぼぼががが! た、助け……! 俺、泳げねぇンだ――」


「ごめんなさいは?」


「ご、ごべべべぶぶぶ」


「んんー? 聞こえないなぁ?」


 こ、こええええええええええ! 霧島さんこえええええええ!

 人を一人溺れさせているのに、にこにこ笑顔を全く崩さない!


 炎虎が違反行為をした罰なのだろうけど……流石にこれは見てられない。


「あ、あの……元はと言えば俺が勝手に彼の耳を触ったのが原因なので、その辺で勘弁してあげてください」


「例え原因が宝月君にあったとしても、手を出したのは猛。だけど……まぁ君がそう言うならこの辺で止めときましょうか」


 霧島さんがパチンと指を鳴らすと水泡は水となり床に落ちた。

 四つん這いの状態で肩で息をする炎虎は死に体だ。


「猛。許可もなくダンジョンの外でスキルを使ったり、他の探索者相手に攻撃したり、本来なら牢屋に入れられても文句言えないからね? 私は優しいからこれくらいで許してあげるけど、次はないから。その短気な性格さっさと直しなさい」


「……ウス」


 立ち上がった炎虎は全身ずぶぬれのびちゃびちゃ。

 出会った時の覇気は全く感じられず、これじゃあただの濡れ猫だ。


「あ、その濡れた床乾かしてね」


「……ウス」


 炎虎の体から濛々と蒸気が立ち込める。体についた水滴がどんどんと蒸発しているのが見て取れた。

 炎を出さなくても自分の体の熱をコントロールできるのか。凄いな。


 凄いけど、それでやることは床の乾かし。これじゃあドライヤーだ。

 炎虎は床に両手をついて水滴を飛ばしている。


 最初からこいつは喧嘩腰だったけど、俺のせいでこうなったと考えるとやはり罪悪感を抱いてしまう。


「炎虎……その、悪かったな。勝手に触ったりして」


 炎虎はギロリと俺を睨み付けると、ふっと目を逸らして小さく舌打ちをした。


「俺も喧嘩売って悪かったよ。だが次はねぇぞ」


「あぁ、もうしない。約束する」


 霧島さんがいるから仕方なく、みたいな雰囲気はちょっと感じるけど、ともあれ一応許してはくれたみたいだ。


「ンじゃあ、俺は帰るわ。霧島さん、帰りも空飛んでくから屋上使わせてくれ」


 え、空?

 もしかして炎を使って空飛ぶのか? S級ってマジで化物しかいないんだな……。


「分かったわ。職員には許可を出しておくから好きに使いなさい。あぁそれと、別に霧島さんなんて他人行儀な呼び方やめていつもみたいに姐さんって呼んでいいのよ?」


「――うっせぇんだよボケ! もう頼まれても来てやんねぇからな!」


 バタン! と大きな音を立てて炎虎は出て行ってしまった。

 可愛い所もあるんだな、あいつ。

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