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第4話 いざ帰還、新宿へ

「どわぁ!? なんだこれ!?」


 怒涛の勢いで吐き出される機会音声に、俺は度肝を抜いた。


 え、待って。これ全部コメント?

 なんか勢い凄いけど、これどんくらいの人が見てんの……?


 延々と喋り続けるドローンに対して識名は「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて。どーどー」と宥めるようなジェスチャーをしていた。

 しかしそんなもので落ち着く訳もなく、コメントはしきりに流れ続ける。


『謎の男さんあなた何者なんですか?』

『8階層にソロでいるとかやばすぎだろ』

『なんか秘密の任務とか?』

『そもそもS級最強の剣星パーティですら攻略できてないのにソロとか不可能じゃね?』

『実は力を隠してるD級探索者とかwwww』

『それなんてラノベ』

『そんなことより俺は早彩ちゃんのことが気になる』

『俺らの早彩ちゃんこの謎の男に取られちゃうの?』

『みんなのアイドルだったのに……』

『早彩ちゃんさっき助けられた時完全に乙女の顔して――』


 言い終わるや否や、識名はスピーカーのスイッチをおもむろにオフにした。

 ぶちっ、と音声が突然途切れる。


「お、思えばまだ安心しちゃだめですよねっ! まだまだモンスターが出るかもしれませんからスピーカーは念のため切っておきます!」


 識名は顔を紅潮させて、ドローンを後ろ手に持って早口でまくし立てた。


「お、おう……」


 リスナーにからかわれたのがそんなに恥ずかしかったのか。

 識名は「ちょっと床に散らばった装備拾ってきますね!」と言って誤魔化すように走り去る。


 その後ろをふよふよと追尾するドローンを見て、俺は気が付いた。


 ……待てよ。

 配信してたってことは、今までの全部見られてたってことだよな。


 ドラゴニュートを前に棒立ちしてたのも、識名をお姫様抱っこして運んだのも、くっさいセリフを言って格好つけてたのも全部。


 え、マジで……?


 羞恥と動揺が容赦なく襲いかかる。


 うががが……何が良い人は人助けをするものだ、だよ!

 何が、だから言っただろ? 大丈夫だって、だよ!

 くっそ恥ずかしいわ!


 俺の黒歴史に新たな一ページが刻まれてしまった。

 明日からどんな顔してダンジョンでゴミ拾いすればいいんだ、俺は。


 頭を抱えて身悶えしていると、


「あの!」


「うわぁ!」


 気付けば装備を拾いに行ったはずの識名がすぐ隣にいた。


 い、いつの間に戻ってきたんだ……?

 全く気配が感じられなかったんだけど。


「あの……失礼じゃなければお名前をお聞きしても……?」


 識名は指をもじもじと合わせて、上目遣いでこちらを見つめる。


「あ、あぁ……そう言えばまだ名乗ってなかったな。宝月幸太郎だ」


「幸太郎さん、かぁ……。とっても素敵なお名前ですね!」


「そ、そうか?」


「はい! 私にとってはまさに幸運そのもの、命の恩人ですから」


 識名はそう言ってふんわりと微笑んだ。

 赤く染まった頬も相まって妙にその姿が艶めかしくて、思わずドキッとしてしまう。


「と、とりあえずさっさとここから出ようか。またいつモンスターが来るかも分からんし」


 誤魔化すように告げると、識名は真剣な表情を浮かべてこくりと頷いた。


 まぁ正直な所、今モンスターが襲撃してくる可能性は低いんだけどな。

 俺の【幸運】があれば、モンスターと連戦になるということは殆どない。


 だから同じ理由で、道中モンスターに襲われる心配もない訳だ。

 俺が8階層まで鼻歌交じりにゴミ拾いに来られているのもこのスキルのお陰。幸運様々である。


(あっと……これは回収しとかないとな)


 ドラゴニュートの額に突き刺さっていた爪を引っこ抜いてリュックにしまい、俺達は1層にあるダンジョンの出口に向けて歩き出した。



 ***



「ち、地上だ……私……本当に生きて帰って来れたんだ……! やった……やったぁ!」


 識名は瞳を潤ませながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。それに釣られるようにドローンもふよふよと上下に揺れる。

 俺はそんな微笑ましい姿を横目に見ながら、いつものように星空を見上げる。


 外は既に日が落ちて、きらきらと輝く星々が俺達を祝福していた。

 新宿御苑は自然溢れる広大な庭園だ。都心の真っただ中では星空なんて全く見えないが、ここでは最低限の明かりしかないから星がよく見える。


 俺達と同じようにダンジョン帰りだろう探索者が、何人も辺りに集まって何やら話し込んでいた。


 ざわざわと聞こえてくる人の声。

 さらりと吹き抜ける風。

 そして、空に煌々と輝く星。


 ――無事に帰って来れたんだな。


 俺は後ろを振り返る。

 そこにはこの新宿御苑という静謐せいひつな風景には全く似つかわしくない、無骨な塔が空高くそびえ立っていた。

 幾何学模様が外壁に彫り込まれ、淡く発光する塔は、どことなくこの世のものではないような怪しく神秘的な雰囲気を纏っている。


 ダンジョンと呼ばれる塔が世界各地で出現してから幾百年。

 俺がこの街に来た時からこのダンジョンはあるけど、やっぱり自然豊かなこの庭園にこんな塔が生えてるのはなんだか違和感を覚える。


「幸太郎さん!」


 その時、識名がぎゅっと俺の手を握り締めた。


「本当に、ほんとーに、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません。私、本当にもうあの時だめだと思って……でも幸太郎さんが来てくれて……本当に、嬉しかったです」


「いや、別に大したことじゃないよ。困ってる人を助けるのは当然だから」


 俺にとってでいることは使命でもあり、そうあって当然のことでもある。

 だから本当に、大したことはしてない。俺がそうすべきだと思ってしただけのことだ。


 けれども識名はなおも食い下がる。

 握る手に更に力が籠ったのが伝わってきた。


「だとしてもです! 私が救われたのは事実ですから……何かお礼をさせてください!」


「いやいや、本当に大丈夫だから――」


「だめです! 幸太郎さんが良くても私が良くないです! あ、そうだ。この後一緒にご飯でもどうですか? 私が奢りますから!」


 識名はずいっと顔を寄せる。

 アイドル顔負けの――いや実際にネット上のアイドル的存在という意味ではあながち間違いではないが、とにかくそんなとびきり可愛いご尊顔が目の前にあった。


 近い! 顔が近い!

 女性経験に乏しい俺には刺激が強すぎる!


「識名……さんは高校生でしょ。流石に年下に奢ってもらうのは悪いしもう時間も遅い。今日はこのまま解散ということで――」


「それじゃあ私の気が済みません! どうしても断ると言うなら……無理矢理にでもついてきてもらいますよ」


 そう言って識名は俺の手をぐいぐいと引っ張る。

 思いの外力が強い。流石はB級探索者。D級の俺なんかより基礎能力が高い。


 ってそんなこと吞気に分析している場合じゃない!


 宝月幸太郎、御年20。

 現在時刻は19時を回ったところ。

 夜に大の大人が女子高生と二人でご飯なんて行ったら捕まってしまう!


 しかし識名は自分の意見を曲げる気はないのか、手を離してくれそうもない。


「わ、分かった。分かったからせめて今日じゃなくて日を改めて明るい時間に――」


 その時だ。

 俺の声を遮るように、やけに軽薄な男の声が辺りに響いた。


「あぁん? ンだよ、救出対象が外にいんじゃねぇか。どういうこったぁ、これはよぉ?」

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