「――!! まずいな」
ゴミの反応がしている場所へはすぐにたどり着いた。
しかし状況が良くない。
通路を抜けた先、少し開けた空間にいるのは一体のドラゴニュートと制服姿の一人の少女。
辺りには彼女の持ち物であろう武器やアイテムが散乱していた。
――パニックになって
ゴミという判定を俺のスキルがどう判断しているかは謎だが、こういうことは前にもあった。
自暴自棄になったりパニックに陥って持ち物を捨てると、それらもゴミという扱いになるのだ。
今回もそれがゴミ探知に引っかかったのだろう。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした少女は恐怖で体が動かないのか、ドラゴニュートを前にしてもへたり込んだままで逃げようともしない。
「くそっ、間に合えよ……!」
俺は素早くリュックを下して、その中に手を突っ込んだ。
ぐにゃぐにゃとした不思議な感覚に襲われながら頭の中で目当てのアイテムを想像する。
このリュックは大容量の
俺の能力は、一般的な探索者を大きく下回る。
スキル【幸運】は本当にただラッキーになるだけで、身体能力が上がったりはしない。
魔法や戦技も当然使えない。
俺自身は、まぁちょっと鍛えてある一般人程度の力しかない。
モンスターとの戦闘経験も殆どない。
【幸運】があれば
でもだからこそ、いざという時の備えはしてある。
するりと手を抜く。
そこにはお目当ての一本のダーツが握られていた。
もちろんただのダーツじゃない。
飛距離が伸びるように重さを調整し、先端には7階層で出現する痺れ蜂の毒針を使っている特注品だ。
ドラゴニュートとの距離はおよそ10メートル。奴は目の前の少女に夢中なのかこちらには気付いていない。
その隆起した右腕が無情にも振り上げられた。
――させねぇよ!
俺は槍投げのようにダーツを構え、思いっきりぶん投げた。
「こっち向けトカゲ野郎!!」
俺はドラゴニュートの注意をこちらに向けるためにわざと声を張り上げる。
こちらを向いたドラゴニュートは飛来するダーツに一瞬目を向けると――
口を小さく開けて、笑った。
ドラゴニュートの体には鋼鉄の鱗がびっしりと生えている。
それに加えて薄ぼんやりとしか視界を確保できない洞窟内。
ダーツで狙うには些か遠い距離。速度も大して出ていない。
ドラゴニュートは大した脅威ではないと判断したのだろう。
爪で振り払うこともせずに、ただただ笑っていた。
だから俺も、同じように笑った。
ダーツを投げる際に細かい狙いなんて付けてない。
俺にそんな技量はないし、必要もない。
――だって、
するすると伸びるダーツの軌道。
それはドラゴニュートの大きな右腕へと吸い寄せられて――
関節部分の、わずかにできた鱗の隙間に、
「ガ、ガ、ガガガガァ」
体を仰け反らせた状態で硬直するドラゴニュート。
俺はその隙に素早く少女に駆け寄る。
彼女は固く目を瞑り、迫り来る死と恐怖に身を縮こませていた。
俺はその体を遠慮なく抱きかかえる。
「え、な、何……? え、あれ……生きて……」
恐る恐る目を開いた少女が、困惑しつつも俺を見つめる。
可愛いな、と場違いにもそんなことを考えてしまう。
肩まで流れるセミロングの髪、真っ白な肌、まるでモデルのようなすらりとした体型。
顔には涙の跡が残り、目も赤く腫れているけど、そんなことが気にならないくらいの端正な顔立ちだ。
大きくてまんまるな瞳が不安げに俺を覗いていた。
「もう大丈夫。助けにきた」
「え……助け……? 私、助かるの……?」
「もちろんだ。怪我はないか? 自力で歩けるか?」
「あ、はい……大丈夫です」
未だに混乱している彼女を一旦降ろして、俺はリュックを掴み上げた。
「あ、あの、ありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか……」
「話は後。他にも仲間がいるだろうし、さっさとここから離れ――」
「ヂヂヂヂロロロロゥゥゥゥゥ!!」
それは叫び声とも唸り声とも取れる、怒りに満ちた咆哮だった。
ドラゴニュートは尻尾を地面に叩きつける。癇癪を起こした子供のように。
その度に、地面がばらばらと抉れていく。
「なっ……まじかよ……!」
もう痺れ毒の効果が切れたのか!?
ここより下層のモンスターとはいえ、それでも7階層はA級やS級の探索者が挑むような魔窟だぞ。
普通のモンスターなら数時間は動けなくすることだってできる強力な毒なのに。
「あ、あぁ……そんな……」
少女はその場にへたり込んでしまった。
無理もない。さっきまで殺されそうになっていた相手だ。精神にかかる負荷は尋常ではないだろう。
だがこうなった以上、逃げることはできない。
この子を抱えて逃げられるほど8階層は甘くない。
戦うしか、ない。
あぁ、くそ。マジかよ。戦うしかねぇのかよ。
S級探索者でも敵わないような相手を、D級探索者の俺が。
足が震える。
死への恐怖が腹の底から沸き出てきて、俺の体を縛ろうとする。
スキル【幸運】は万能じゃない。
怪我をすることもあるし、下手をすれば死ぬかもしれない。
何より俺自身、まだこの【幸運】については詳しいことが分かっていない。
どこまでラッキーで済ませられるか、分からない。
それに加えて俺自身の身体能力は一般人に毛が生えた程度。
ドラゴニュートが本気を出せば一瞬で殺されるだろう。
怖い。逃げ出したい。死にたくない。
負の感情がぐるぐると気持ち悪いくらいに渦巻く。
――それでも。
「大丈夫だ」
「え……?」
震える彼女を見つけて、助けた以上、その責任は最後まで果たさねばならない。
なぜなら俺は――
「良い人は人助けをするものだからな。俺は君を見捨てない。絶対に助ける。だから心配すんな」
リュックに手を入れ、俺は一本の剣を掴み取る。
それはなんの変哲もないただのロングソードだ。
「こいよトカゲ野郎。俺が相手してやる」
そんな軽口を叩かないと己の恐怖心に負けてしまいそうで、震える手で剣を構えた。
ドラゴニュートの瞳孔の開いた瞳が、すっと細まる。
次の瞬間、地面の爆ぜる轟音と共に、ドラゴニュートの姿が