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ダンジョンのゴミ拾い屋は幸運過ぎて最強と勘違いされているそうです
八国祐樹
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年11月15日
公開日
34,974文字
連載中
地球上にダンジョンが現れてから幾百年。
スキルを武器にダンジョンに潜る探索者の存在が当たり前になった時代。

一人の少女が新宿御苑ダンジョンの上層階で命の危機に瀕していた。
少女の名は識名早彩。ダンジョン配信でフォロワー50万を超える有名インフルエンサーだ。
早彩が迷い込んだのはS級最強パーティでも攻略できていないとされる第8階層。
S級探索者でも太刀打ちできないようなモンスターを前に、絶体絶命の早彩。

そこに、一人の男が現れた。
彼の名は宝月幸太郎。
ゴミを拾うことで自らの運気を上昇させるスキル【幸運】を持った、D級冒険者である。

自らの運気によって早彩を狙っていたモンスターを運よく打ち倒す幸太郎。
しかしその様子がなんと配信に映っていて、見事に大バズりしてしまう。

世間から最強の探索者に祭り上げられてしまった幸太郎は、仮面を被って生きていくことを決意する。
全ての敵を持ち前のラッキーで『たまたま』倒してしまう彼のダンジョン攻略が、今始まる。

第1話 少女は絶望し、男は意気揚々とゴミを拾う

「はぁっ……はっ……くぅぅ……」


 私は自惚れていた。

 17歳でダンジョン探索者になって、とんとん拍子に強くなって、ダンジョン配信もしてそこそこ有名になって――


 その結果が、これ。


 息が荒い。

 体が震えて動かない。

 早く逃げなきゃいけないのに、もうすぐそこまで『死』が迫ってるのに、力が入らない。


「なんで……なんでこんな目に……やだ、死にたくない……死にたくないよぉ……」


 剥き出しの岩壁に背中を擦り付け、縋るように膝を抱えた。

 薄ぼんやりと光る洞窟内で、私は嗚咽を漏らさないように必死に堪える。

 それでも抗いようのない恐怖心が全身を襲って、歯が、がちがちがちと音を鳴らす。


 ここは新宿御苑ダンジョン。1階層は初心者でも踏破できるくらいの難易度だけど、上層階はそうではない。

 人類の最高到達記録は8階層。そこは最高戦力であるS級探索者のパーティが命懸けで挑むようなところだ。


 そんな魔窟に、今私はいる。

 4階層を歩いていたら転移魔法陣の罠にかかって、ここに飛ばされた。

 資料でしか見たことのない魔物が闊歩し、そのどれもが私の命を容易く奪える存在ばかり。


 私が、まだB級なりたての私が、そんなところで生き残れる確率なんて、ない。


『やばいってこれ』

早彩さあやちゃん死んじゃうよマジで』

『協会には連絡したから! 救援が来るまで耐えてくれ!』

『マジなのこれ? フェイクじゃなくて?』

『早彩ちゃん諦めないで死なないで』


 宙に浮かぶ球体に嵌められたレンズが、私を覗き見る。そこから女性の声を模した機械音声が流れてきた。

 撮影用に購入したドローンだ。

 リスナーのみんなが助けを呼んでくれたみたいだけど、ここは8階層。簡単に辿り着けるような場所ではない。


 救援は、見込めない。


「みんな……ごめん。ごめんね……」


 ダンジョンは私の唯一の居場所だった。

 妬まれ、蔑まれ、嫌われて、どこにも居場所がなくなって、だからこそ私はダンジョンに逃げた。

 ここだけが私を私たらしめる唯一の場所だった。


 なのに……こんなのって、あんまりだよ。


 その時、どぉぉんと大きな音がどこからか聞こえてきた。

 何かを砕くような音。

 同時に地響きのような足音が近づいてくる。


 私は咄嗟に近くにあった岩陰に身を隠した。


 いやだ、いやだ、死にたくない。

 神様っ……!


 だけど――


『なんだ今の音!?』

『さっきのやつが追ってきたんじゃ……』

『逃げろ! 逃げなきゃ死ぬぞ!』


 ドローンから場違いなほど無機質で抑揚のない声で、機械音声がコメントを読み上げた。

 読み上げてしまった。


「あっ、音がっ……やめ、みんな止まってっ」


 震える手でドローンを握り締め、背面にあるスピーカーのスイッチをオフにしようとする。


 だけど手が震えて、上手くスイッチが切れない。


「なんで……やだ、止まって、お願い……お願いだからっ!」


 コメントは止まらない。

 心配する声、煽るような声、疑うような声、コメントやめろって嗜める声。

 色んな声が聞こえてきて、私の焦りと苛立ちと恐怖がどんどんと膨れ上がっていく。

 震える指先で引っ掻くようにスイッチを切った。


 でも、もう全部遅い。

 ぜんぶ、ぜんぶ、遅すぎたんだ。


 ――どすん。どすん。どすん。


「あっ……あぁ……」


 薄暗い洞窟内の、何本も伸びる通路の一つ。

 そこからぬらりと姿を現したのは、二足歩行のドラゴンだ。


 蛇のように瞳孔の開いた目をこちらに向けて、ちろちろと舌舐めずりをしている。

 体中が鱗に覆われ、隆起した右腕から伸びるのは長く鋭い鉤爪。地面に垂れた尻尾が興奮を露わにするようにびたんびたんと跳ね回る。

 体長は3メートルを優に超え、その巨体を打ち鳴らして近づいてくる姿はまさしく人間の姿をしたドラゴンそのもの。


 ドラゴニュート。別名竜人。

 8階層の奥深くにしかいないとされる魔物。

 日本最強のS級探索者チームが撤退を余儀なくされた化物。


「あ、や、こ……こないで……」


 逃げなきゃ、逃げなきゃ死ぬ。殺される。

 分かってるのに、体が動かない。怖い。死にたくない。


 どすん。


 また一歩、化物が近づいてくる。


「チルルルゥゥゥゥ」


 ドラゴニュートはその巨大な右腕を振り上げて、私が隠れていた大きな岩を破壊した。


「あぐっ……!」


 その凄まじい衝撃に、体が地面に打ち付けられる。


 目が、合った。ぎょろぎょろと動く人外の瞳が私のことを見つめていた。


「あ、う……こないで……こないで……やだ、やめて、こな……こないでぇぇぇ!」


 私は太ももに差していた小刀を投げつけた。

 けどあっけなく弾かれて、からんと地面に転がる。


「あぁぁ、あああああ!!」


 反対の足に差していた小刀も投げる。

 ポーチに入れていた回復薬の入った瓶も、途中で拾った魔石も、ドローンの予備バッテリーも、スマホも、包帯も、なにもかもを


 ドラゴニュートは投げつけられたそれらを見下ろすと、その蛇のような口をがぁと開けて――


 笑った。


「あっ……」


 死ぬ。

 本当に本当に、ここで、死ぬ。


「や……」


 何かを言うことも何かを思うことも、走馬灯が流れることもなく、ただ無慈悲に、鋭い爪が振り下ろされるのを私は見つめていた――



 ***



「ふっふーん。ごーみはどこだー。ここに、あるぅ」


 俺、宝月ほうづき幸太郎はるんるん気分でゴミ拾いをしていた。


 何せ8階層にこんなにゴミが落ちてるなんて思わないじゃないか。そりゃあ気分も高まるってもんよ。


「なんだこれ。爪の削りカス、か? ドラゴニュートさんは爪研ぎも欠かさないんですねぇ。猫みてぇだな。ははは」


 薄暗い洞窟内をランタンで照らすと、床には何かの肉片がそこかしこに散らばっていた。

 食べカスだろうか。ばっちぃことこの上ない。

 それらをゴミ拾い用のトングで掴み上げると、背負ったリュックの中に次々と放り込んでいく。


『幸運値が1上昇しました。現在の幸運値は342です』


 その時、頭の中からいつものアナウンスが流れた。


「よしよし、順調に上がってんな」


 ドラゴニュートの巣を見つけた時は心底びびったが、まさかもぬけの殻とはな。


 幸運ここに極まれり。これなら敵と遭遇することなくゴミを回収できる。

 これも俺の幸運スキルのお陰だろうか。


「つっても、やっぱ人の出すゴミと比べたら上がりが悪いよなぁ。そろそろ他のダンジョンにも行くべきか」


 俺の持つスキル【幸運】は、文字通り俺の運気を上昇させるものだ。幸運値が上がれば俺の運気も上がる。至極単純。

 幸運値を上げる方法はただ一つ。ゴミを拾うこと。


 なら街中のゴミでも拾えばいいじゃんと思うかも知れないが、悲しいことに幸運値はダンジョン内のゴミでしか上がらない。

 しかも人の出すゴミに比べて、魔物の出すゴミは幸運値が上がりにくいときたもんだ。


 下層にある探索者が出したゴミは粗方回収しちゃったからこっちまで来たけど、効率は良くない。

 上層の魔物の素材でも取れれば一石二鳥とか思ってたけど素材の方もあんまりだし、わざわざ8階層でゴミ拾いするメリットが薄い。


「もうちょっと回ったら帰るか。……ん?」


 ぴこん。と頭の中で音が鳴った。

 幸運値300を超えたことで手に入れた、ゴミ探知の能力が反応したのだ。


「8階層で、ゴミ……? 妙だな」


 俺のゴミ探知は人間の出すゴミには反応するが、魔物の出したゴミには反応しない。


 新宿御苑ダンジョンの8階層といえば未だS級探索者でも踏破しきれてない未踏区域だ。

 そんなところに人がいるとは思えない。


「……とりあえず行ってみるか」


 トングをリュックの中に収納して、俺はゴミのある方向へ向けて駆け出した。

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