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第42話

「パパー、早くー!」


「こらっ、ひとりで行くなと何度言ったらわかるんだ!」


駆けていこうとした女の子の襟首を炯さんは捕まえた。


「だって待ちきれないんだもん」


初めてのキャンプ、唇を尖らせている女の子の気持ちは理解できる。


あれから、私たちは無事に夫婦となった。

あのとき授かった娘、璃奈ももう五つになる。

義父が引退したのもあり、炯さんは子会社の社長から三ツ星造船の社長へと変わった。

これで私たちの危険が減ると喜んでいて不思議だったが、海運業の仕事柄、海賊にその身を狙われていたらしい。


「凛音、頼む」


「はーい」


猫の子よろしく炯さんから差し出された璃奈を受け取った。


「璃奈の気持ちはわかるけど。

ひとりになっちゃ、ダメ。

怖い思いはしたくないでしょ?」


璃奈を膝の上に抱き上げ、目をあわせる。


「したくないけど……」


完全に璃奈はふてくされているが、仕方ないか。

いくら言い含めようと、実際にその〝怖い思い〟がどんなものか、体験しないとわからないもんね。

でも、そんな体験は娘には絶対にさせたくない。


「ちょっと窮屈だなとか思うだろうけど。

パパもママも璃奈に怖い思いをさせたくないだけなの。

だから、我慢して?」


「……うん」


まだ幼い璃奈に理解できないのは仕方ない。

私だって璃奈と同じくらいの頃は、なんで自分はまわりと違うんだろうって不思議だった。


「ママもね。

小さい頃はひとりでなにもさせてもらえなかった。

幼稚園のお友達のところにも遊びに行かせてもらえなかったんだよ?」


「うそだー」


完全に璃奈は、疑いの目を私に向けている。

そうだよね、信じられないよね。

璃奈は警護付きとはいえ、行きたいと言ったときはなるべく行かせてあげるようにしているもの。


「でもね、パパはなるべく、璃奈にいろいろなことをやらせてあげたい、って。

だから今日だって、無理してきたんだよ」


今日のキャンプはグランピングではなく、一般キャンプ場での普通のキャンプだ。

危険はないか、事前に調査した。

今日も数人、見えないところに周囲に警備員を配置してある。

そこまでして炯さんは璃奈にキャンプを――悪い遊びをさせたかったのだ。


「だから、ね。

パパにさっきはごめんなさいって謝ろう?」


「……うん」


ここまで言っても璃奈は渋々で苦笑いしてしまう。

子供なんだから理解できなくても仕方ないよね。

でもきっと大きくなったら、パパがいかに璃奈を大事にしてくれていたのかわかるよ。


「準備できたぞー」


「はーい!

ほら、いこ」


炯さんに呼ばれ、璃奈を連れて車を降りる。

彼が待っている場所にはテントが立ち、ばっちりキャンプの準備ができていた。


「すごーい!」


目をキラキラさせて早速テントに入り、璃奈は珍しそうに中を見渡している。


「今日はここで寝るんだぞー、楽しみだな」


さっきまでの不機嫌はどこへやら、璃奈はご機嫌にうんうんと頷いていた。


昼間は川遊びをし、夜はカレーを作る。


「ママ、料理なんてできるの?」


「失礼な。

ママだって一応、できますよー」


シェフが休みの日、簡単な料理くらいできたほうがいいかなと、シェフに頼んで教えてもらったのだ。

とはいえ璃奈を身ごもってからはつわりが酷く、そのあとも子育てでバタバタしていて、料理はひさしぶりだが。


「えっと……」


シェフに書いてもらった手順を確認しながら準備を進める。

彼曰く、「書いてあるとおりに作れば猿でも作れます」

らしいので、なんとかなるだろう。


まずは璃奈と仲良く、ピーラーを使ってジャガイモとにんじんの皮を剥いていく。


「おっ、やってるな」


お米係の炯さんがやってきて、微笑ましそうに見ながら写真を撮っていく。

そのあとは璃奈にも包丁を持たせ、具材を切っていった。

もちろん包丁は、この日のために買った子供包丁だ。

注文したとき、なんでも子供にはさせないとなと、炯さんは笑っていた。


具を切り終わり、シェフの手順どおりに進めていく。

最後の味見は璃奈にしてもらった。


「どうかな?」


「おいしー!」


はい、〝おいしー!〟いただきました!

炯さんのご飯も無事に炊け、夕食になる。


「カレー、璃奈が作ったんだよ!」


璃奈は得意満面だが、あなたは具を切ったあと、見ていただけですが?

ま、いいか。


「そうか!

璃奈は料理が上手なんだな」


がしがしと璃奈の頭を撫で回し、炯さんは褒めている。

絵に描いたような幸せな家庭。

ここを守るために、炯さんも私も頑張っている。


片付けをしたあとは、三人並んでしばらく星を眺め、テントに入った。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


私たちからキスをもらい、すぐに璃奈は寝息を立てだした。


「今日の悪い遊びも璃奈も満足みたいですね」


「そうだな、無理してでも来てよかった」


「ふにゃー」


炯さんが頬をつつくが、ぐっすり眠っていて璃奈は起きない。


「これからももっといっぱい、悪い遊びを教えないとな」


「そうですね」


ふたりでくすくすと笑いあう。

私たちの悪い遊びはこれからも、ずっと続く――。



【終】

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