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「連れて帰ってきた」
「おかえりなさいませ……!」
帰ってきた俺たちを見て、出迎えたスミは目に涙を浮かべた。
意識のない凛音をベッドへ寝かせ、スミが呼んでいた医者に診てもらう。
手首と足首は縄が擦れたのか血が滲んでいて、痛々しい。
しかもきつく猿轡を噛まされていたせいか、唇の端も切れていた。
詳しい結果はまだあとだが、とりあえずはなにか薬を使われていた形跡はなさそうで、ほっとした。
スミたちに感謝を伝えて帰し、軽くシャワーを浴びて寝室へ戻る。
「うーっ、ううーっ」
「凛音?」
うなされている彼女に気づき、ベッドに駆け寄った。
身体を丸め、凛音は苦しそうに息をしている。
医者は大丈夫だと言っていたが、やはり異常があるのでは。
不安に駆られながら、その華奢な身体を抱き締めた。
「苦しいのか?
医者を呼ぶか?」
少しでもその苦しみを和らげようとゆっくり背中を撫でてやる。
すぐに彼女は穏やかな呼吸になり、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立てだした。
ただし、縋るように俺の寝間着をきつく握りしめて。
「傍にいるから、安心していい」
つむじに口付けを落とし、凛音を抱え直す。
夢の中ではまだ、彼女はあの男に捕らえられているのかもしれない。
なのにひとりにするなど、申し訳ないことをしてしまった。
「ごめんな、凛音。
本当にごめん」
今回はベーデガーの個人的な偏執で家も俺の仕事も関係なかったが、またいつ同じような状況になるかわからない。
今までだって何度か誘拐未遂に遭っているし、その危険は俺との結婚でさらに上がっている。
「どうするかな……」
凛音を籠の中に――狭い世界の中に閉じ込めてしまえば、危険は格段に減るのはわかっていた。
凛音の親も彼女の自由を制限していたのは、その理由もあったのだと理解している。
それでも俺は、彼女を外へ出してやりたかったのだ。
あの日、俺の隣でキラキラ目を輝かせて遊んでいる凛音が、不憫になるのと同時に堪らなく愛おしくなった。
さらに、素敵な殿方と恋をしたいので抱いてくれと俺に頼んでくるほど、度胸もある。
……この可愛い女を俺のものにしたい。
俺のものにして、本気で恋に堕としたい。
それは俺が、初めて抱く感情だった。
今まで人並みに女性と付き合ったことはあるが、凛音にここまで本気になるとあれは本当に恋だったのか疑わしい。
凛音のことになると、まるで高校生のガキのように余裕がなくなる。
そのせいで失態を犯し、凛音を怯えさせてしまった。
しかも六つも年下の彼女に大人の対応で気遣われてしまい……あれは本当に、最低だった。
あれ以来、できるだけ抑えるように努力はしている。
上手くいっているかどうかは、わからないが。
「……ん」
「どうした?」
小さく身動ぎした彼女の顔をのぞき込むと、目尻に涙が光っていた。
指先でそっと、それを拭ってやる。
凛音はまだ夢の中で、怖い目に遭っているのだろうか。
「大丈夫だ、俺がいる。
俺が凛音を……」
本当に守れるんだろうか。
こんな怖い目に遭わせてしまった、この俺が。
そんな不安が、首をもたげてくる。
自由を奪えば簡単に凛音を守れる、それはわかっていた。
彼女もきっとわけを承知して従ってくれるのも。
でもそのとき、彼女は出会ったときのような死んだ顔をするのもわかっていた。
そんなのは嫌だ。
俺は凛音に、いつも笑っていてほしいのだ。
「どう、するかな……」
いくら考えても答えは出ない。
長い夜が明けようとしていた。