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第39話

*****



「連れて帰ってきた」


「おかえりなさいませ……!」


帰ってきた俺たちを見て、出迎えたスミは目に涙を浮かべた。


意識のない凛音をベッドへ寝かせ、スミが呼んでいた医者に診てもらう。

手首と足首は縄が擦れたのか血が滲んでいて、痛々しい。

しかもきつく猿轡を噛まされていたせいか、唇の端も切れていた。

詳しい結果はまだあとだが、とりあえずはなにか薬を使われていた形跡はなさそうで、ほっとした。


スミたちに感謝を伝えて帰し、軽くシャワーを浴びて寝室へ戻る。


「うーっ、ううーっ」


「凛音?」


うなされている彼女に気づき、ベッドに駆け寄った。

身体を丸め、凛音は苦しそうに息をしている。

医者は大丈夫だと言っていたが、やはり異常があるのでは。

不安に駆られながら、その華奢な身体を抱き締めた。


「苦しいのか?

医者を呼ぶか?」


少しでもその苦しみを和らげようとゆっくり背中を撫でてやる。

すぐに彼女は穏やかな呼吸になり、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立てだした。

ただし、縋るように俺の寝間着をきつく握りしめて。


「傍にいるから、安心していい」


つむじに口付けを落とし、凛音を抱え直す。

夢の中ではまだ、彼女はあの男に捕らえられているのかもしれない。

なのにひとりにするなど、申し訳ないことをしてしまった。


「ごめんな、凛音。

本当にごめん」


今回はベーデガーの個人的な偏執で家も俺の仕事も関係なかったが、またいつ同じような状況になるかわからない。

今までだって何度か誘拐未遂に遭っているし、その危険は俺との結婚でさらに上がっている。


「どうするかな……」


凛音を籠の中に――狭い世界の中に閉じ込めてしまえば、危険は格段に減るのはわかっていた。

凛音の親も彼女の自由を制限していたのは、その理由もあったのだと理解している。

それでも俺は、彼女を外へ出してやりたかったのだ。


あの日、俺の隣でキラキラ目を輝かせて遊んでいる凛音が、不憫になるのと同時に堪らなく愛おしくなった。

さらに、素敵な殿方と恋をしたいので抱いてくれと俺に頼んでくるほど、度胸もある。


……この可愛い女を俺のものにしたい。


俺のものにして、本気で恋に堕としたい。

それは俺が、初めて抱く感情だった。


今まで人並みに女性と付き合ったことはあるが、凛音にここまで本気になるとあれは本当に恋だったのか疑わしい。

凛音のことになると、まるで高校生のガキのように余裕がなくなる。

そのせいで失態を犯し、凛音を怯えさせてしまった。

しかも六つも年下の彼女に大人の対応で気遣われてしまい……あれは本当に、最低だった。

あれ以来、できるだけ抑えるように努力はしている。

上手くいっているかどうかは、わからないが。


「……ん」


「どうした?」


小さく身動ぎした彼女の顔をのぞき込むと、目尻に涙が光っていた。

指先でそっと、それを拭ってやる。

凛音はまだ夢の中で、怖い目に遭っているのだろうか。


「大丈夫だ、俺がいる。

俺が凛音を……」


本当に守れるんだろうか。

こんな怖い目に遭わせてしまった、この俺が。

そんな不安が、首をもたげてくる。

自由を奪えば簡単に凛音を守れる、それはわかっていた。

彼女もきっとわけを承知して従ってくれるのも。

でもそのとき、彼女は出会ったときのような死んだ顔をするのもわかっていた。

そんなのは嫌だ。

俺は凛音に、いつも笑っていてほしいのだ。


「どう、するかな……」


いくら考えても答えは出ない。

長い夜が明けようとしていた。

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