「凛音?」
少し先を歩く凛音を、しっかり目で追っていたはずだった。
しかし、子供にぶつかられて対応しているうちに、その姿が見えなくなっている。
「……ったく」
あれだけ、離れないように言ったのに。
いや、俺が手を、目を離したのがいけないのだ。
そのあたりに目を配って探したが、見当たらない。
人出も増え、身動きも取りづらくなってきた。
もしかしたらかなりの距離を流されているのかもしれない。
とりあえず少しそのまま流され、抜けられそうなところで屋台の裏に出た。
そこで凛音へ電話をかける。
しかし、出ない。
この人混みだ、気づいていないのかもしれない。
それでも鳴らし続けると、しばらくして繋がった。
「凛音?」
呼びかけるが、返事はない。
けれど、ただならぬ気配は察した。
「凛音!」
もう一度呼びかけるが、やはり返事はない。
通話を切ると同時に、彼女に非常事態が起きているのだと通知が来た。
迷うことなく携帯を操作し、あたりに耳を澄ます。
しかし、あれほどけたたましい警報は少しも聞こえなかった。
……もしかして、壊された?
幸い、時計のGPSは生きていて、人波をかき分けてそこへと向かう。
動いていない、そこにいるはずだ。
無事でいてくれ……!
しかしたどり着いたそこには凛音の姿はなく、壊れた携帯と腕時計が転がっているだけだった。
「スミ。
凛音が攫われた」
この状況、どう考えても祭りに夢中になって、はぐれたことに気づいていないわけではない。
足を、自宅の方向へと向ける。
『わかりました。
ミドリさんにも連絡して、すぐご自宅へ向かいます』
「頼む」
そのまま、家までの道を駆け抜けた。
俺の背後で、花火が上がる。
今頃、凛音と美しいあの花を愛でているはずだった。
なのに、なんでこうなった?
そんなの、俺が彼女の手を離したからに他ならない。
「坊ちゃん!」
「スミ!」
家ではすでに、スミとミドリが待っていた。
「凛音様のかんざしにGPSを仕込んであります。
スミに抜かりはございません」
スミがタブレットの画面を見せてくる。
そこでは地図の上を赤い点が移動していた。
あれが、凛音の居場所なんだろう。
「でかした」
赤い点はどんどん移動していっている。
早く追いかけなければ逃げられてしまう。
「いってくる!」
「坊ちゃん、お待ちを」
「なんだ!?」
俺を止めるスミを、苛立ちと怒りで見下ろした。
「飲酒運転は御法度でございます。
ミドリさんに運転を」
「あ、ああ。
そうだな」
冷静なスミの指摘で、少しだけ落ち着きを取り戻す。
途中で俺が捕まったら、元も子もない。
「じゃあ、いってくる」
「おふたりの無事のお帰りを、お待ちしております」
スミに見送られ、家を出た。
しかし、凛音を攫ったのは誰だ?
携帯は警報を鳴らす前に壊されていた。
警報が鳴るのを知っているのは……。
「……アイツか」
身内と警備会社の人間以外で、知っているのはアイツしか考えられない。
前に凛音を襲ったとき、警報が鳴ったからもう学習しているはずだ。
どうして俺は、ずっと凛音と手を繋いでおかなかったんだろう?
子供じゃないんだからといわれればそれまでだが、凛音には危険を冒してでも手に入れる〝価値〟があるのだ。
アッシュのご令嬢として。
三ツ星の次期奥様として。
そして――俺の婚約者として。
「無事でいてくれ……!」
祈る思いで赤い点の行方を追う。
点は港のある場所から動かなくなった。
「船、か?」
誤差はあるから違うかもしれないが、そこは地面から少し離れた海の上だった。
すぐに、スミへ電話をかける。
「港から出港予定の船を調べてくれ」
少しあと、折り返しの電話がきた。
アフリカ行きの貨物船が今晩、出航予定だという。
きっと、これだ。
「今、助けるからな」
目的の港が、目の前に迫っていた。