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第37話

「凛音?」


少し先を歩く凛音を、しっかり目で追っていたはずだった。

しかし、子供にぶつかられて対応しているうちに、その姿が見えなくなっている。


「……ったく」


あれだけ、離れないように言ったのに。

いや、俺が手を、目を離したのがいけないのだ。


そのあたりに目を配って探したが、見当たらない。

人出も増え、身動きも取りづらくなってきた。

もしかしたらかなりの距離を流されているのかもしれない。

とりあえず少しそのまま流され、抜けられそうなところで屋台の裏に出た。

そこで凛音へ電話をかける。

しかし、出ない。

この人混みだ、気づいていないのかもしれない。

それでも鳴らし続けると、しばらくして繋がった。


「凛音?」


呼びかけるが、返事はない。

けれど、ただならぬ気配は察した。


「凛音!」


もう一度呼びかけるが、やはり返事はない。

通話を切ると同時に、彼女に非常事態が起きているのだと通知が来た。

迷うことなく携帯を操作し、あたりに耳を澄ます。

しかし、あれほどけたたましい警報は少しも聞こえなかった。


……もしかして、壊された?


幸い、時計のGPSは生きていて、人波をかき分けてそこへと向かう。

動いていない、そこにいるはずだ。

無事でいてくれ……!

しかしたどり着いたそこには凛音の姿はなく、壊れた携帯と腕時計が転がっているだけだった。


「スミ。

凛音が攫われた」


この状況、どう考えても祭りに夢中になって、はぐれたことに気づいていないわけではない。

足を、自宅の方向へと向ける。


『わかりました。

ミドリさんにも連絡して、すぐご自宅へ向かいます』


「頼む」


そのまま、家までの道を駆け抜けた。

俺の背後で、花火が上がる。

今頃、凛音と美しいあの花を愛でているはずだった。

なのに、なんでこうなった?

そんなの、俺が彼女の手を離したからに他ならない。


「坊ちゃん!」


「スミ!」


家ではすでに、スミとミドリが待っていた。


「凛音様のかんざしにGPSを仕込んであります。

スミに抜かりはございません」


スミがタブレットの画面を見せてくる。

そこでは地図の上を赤い点が移動していた。

あれが、凛音の居場所なんだろう。


「でかした」


赤い点はどんどん移動していっている。

早く追いかけなければ逃げられてしまう。


「いってくる!」


「坊ちゃん、お待ちを」


「なんだ!?」


俺を止めるスミを、苛立ちと怒りで見下ろした。


「飲酒運転は御法度でございます。

ミドリさんに運転を」


「あ、ああ。

そうだな」


冷静なスミの指摘で、少しだけ落ち着きを取り戻す。

途中で俺が捕まったら、元も子もない。


「じゃあ、いってくる」


「おふたりの無事のお帰りを、お待ちしております」


スミに見送られ、家を出た。

しかし、凛音を攫ったのは誰だ?

携帯は警報を鳴らす前に壊されていた。

警報が鳴るのを知っているのは……。


「……アイツか」


身内と警備会社の人間以外で、知っているのはアイツしか考えられない。

前に凛音を襲ったとき、警報が鳴ったからもう学習しているはずだ。


どうして俺は、ずっと凛音と手を繋いでおかなかったんだろう?

子供じゃないんだからといわれればそれまでだが、凛音には危険を冒してでも手に入れる〝価値〟があるのだ。

アッシュのご令嬢として。

三ツ星の次期奥様として。

そして――俺の婚約者として。


「無事でいてくれ……!」


祈る思いで赤い点の行方を追う。

点は港のある場所から動かなくなった。


「船、か?」


誤差はあるから違うかもしれないが、そこは地面から少し離れた海の上だった。

すぐに、スミへ電話をかける。


「港から出港予定の船を調べてくれ」


少しあと、折り返しの電話がきた。

アフリカ行きの貨物船が今晩、出航予定だという。

きっと、これだ。


「今、助けるからな」


目的の港が、目の前に迫っていた。

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