目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第36話

「飲み物……」


美味しそうな生搾りレモン酎ハイのお店を見つけ、悩む。

炯さんには外で絶対に飲むなって言われたんだよね。

これは、外になるよね……?

ちらりと彼を見上げたら、はぁっとため息をついて財布を出した。


「今日は俺が一緒だから、特別に許す。

……あ、薄めにお願いします」


「はーい」


苦笑いで店員が作ってくれた酎ハイを受け取る。


「……ありがとうございます」


「ま、たまに羽目を外すくらいいいだろ」


ちゅっとつむじに彼は口付けを落としてきた。

炯さん、こんなに格好よくて、私をこれ以上……以下同文。


あとは炯さんのビールを買って、休憩所の空いた椅子を確保する。


「うーん、美味しい!」


レモン酎ハイは初めて居酒屋で飲んだものよりも美味しい気がするが、なんでだろう?


「そりゃよかった」


笑いながら炯さんもビールを飲んでいる。

食べ物はふたりでシェアして食べた。

といっても私は、半分も食べられなかったけれど。


「次はなにをするんだ?」


「金魚掬い!

ヨーヨー釣りもやってみたいです」


「わかった」


片付けをしてまた屋台を見て回る。

酔ってはいるが、歩くのに支障があるほどではない。


金魚掬いは……全然掬えなかった。


「ん」


お金を寄越せと手を出す。


「はいはい」


呆れ気味に炯さんはその手に小銭を握らせてくれた。

あ、これ、懐かしいな。

炯さんと初めてゲームセンターへ行った日、あのときも彼はこうやって私に小銭を握らせてくれた。

それから彼は婚約者へ、もうすぐ旦那様へと代わる。

あのときはもう二度と会えないんだろうなとしか思っていなかった。


「とれたー!」


その後、五回ほどチャレンジし、ようやく今日の浴衣の椿と同じ、真っ赤な金魚が掬えた。


「可愛いですね」


目の高さまで上げた袋の中では、赤と黒の二匹の金魚が泳いでいる。

黒のデメキンはおじさんがサービスで入れてくれた。


「そうだな」


彼はおかしそうにくつくつ笑っているが、もしかして私と同じようにあのときの諦めの悪い私を思い出しているんだろうか。


その後もヨーヨー釣りをし、私の手はいっぱいになっていた。


「はぐれるなよ」


「はい」


花火の時間が近づいてきたからか、屋台の人出が増えてきて、歩くのもままならないほどだ。


「炯さん、……あれ?」


気になる屋台を見つけて横を見るが、炯さんがいない。


……マズい、はぐれた。


まわりをきょろきょろと見渡すが、見つからない。

それどころか立ち止まっているだけで邪魔そうにぶつかられ、そのままさらに人並みに流される。

そのままもう少し流され、人の少なそうな場所を見つけて横へと逸れた。

屋台の裏手にあるそこは鬱蒼とした森の際になり、すぐ傍に神社の倉庫なのか小さな小屋があった。

その壁に寄りかかり、一息つく。

そこでようやく、携帯が鳴っているのに気づいた。

きっと、炯さんからだ。


「はいはい!」


慌てて荷物を持ち替え、バッグから携帯を出し、耳に当てようとしたとき。


「凛音?」


声をかけられて、固まった。

この独特の発音は、炯さんじゃない。

――彼、だ。


『こんなところで会うなんて、偶然だね』


彼はにこやかに笑いながら近づいてくるが、偶然なはずがない。

日本の祭りが珍しくてきたとは考えられるが、彼は屋台のほうからではなく、森のほうからやってきた。

普通なら、明かりのない森の中になど入らない。


『浴衣っていうのかい?

素敵だね』


無意識に後ろへ下がろうとするが、そこはもう壁なのだ。


《凛音?

凛音!》


携帯の向こうから炯さんの声が聞こえる。

なにか言わなきゃ。

言えばきっと……!

しかし、凍りついた喉からは声が出ない。


『ああ。

その携帯はなにかとうるさいからね』


彼が私の手からするりと携帯を抜き去るのを、ただ見ていた。

見せつけるように地面へ落とし、思いっきり踵を叩き込む。


『これでもう、心配はないかな』


この場に似つかわしくないほど、彼がにっこりと笑う。

多くの人々が行き交う参道までほんの数メートルの距離なのに、まるで断絶されているかのように遠く感じた。


『さあ。

僕と一緒に行こうか』


彼が私の手を掴む。

嫌々と抵抗したけれど、離れない。


『じゃあ、仕方ない』


身体を跳ね飛ばされるような強い痛みを感じたあと、――意識が、途切れた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?