駐車場に停めてあった車に私を押し込み、炯さんは車を出した。
いつもは紳士的な運転の彼だが、今日は荒い。
それだけ怒っているのだと感じさせた。
「……その」
眼光鋭く、彼が横目で私を睨む。
それでもう、なにも言えなくなった。
ふたりともなにも話さないまま、車は進んでいく。
家ではなくマンションに着き、部屋に入るまで炯さんは痛いくらい私の手首を掴んでいた。
「あっ!」
真っ直ぐ寝室へ連れていかれ、乱暴にベッドの上に投げ捨てられる。
起き上がるよりも早く、彼がのしかかってきた。
「……浮気、だよな」
レンズの向こうからなんの感情もうかがえない瞳が私を見ている。
その低い声は私の喉を押さえつけ、声を阻んだ。
それでも違うと絞りだそうとして、止まる。
不可抗力でもベーデガー教授にキスを許したのは私だ。
それに彼は私にそういう感情を抱いているのは知っていたのだから、もっと警戒するべきだった。
「……ごめん、な、さい」
私に弁明の余地なんてない。
じっと私を見下ろす目に耐えられなくなって、視線を逸らした。
――それが、彼の怒りにさらに油を注ぐなんて知らずに。
「認めるんだな」
苦しげに彼の顔が歪む。
「んん……!」
噛みつくみたいに唇が重なった。
呼吸すらも奪う荒々しいキスは、いつもの甘さなんて微塵もない。
しかし、これは私に与えられた罰なのだ。
ならば、甘んじて受けなければ。
「オマエは誰のものか、もっとしっかりわからせないといけないな」
それでも、しゅるりとネクタイを抜き去る彼を、怯えた目で見ていた。
「俺がいないあいだに、あの男にもこうやって足を開いたのか?」
「あ、ああーっ!」
なんの予告もなく、いきなり彼に貫かれた。
「なあって。
なあ!」
「あっ、はぁっ……!」
激しい怒りをぶつけるように炯さんが私を責め立てる。
……言わなきゃ、炯さんに。
私が好きなのは炯さんひとりだけだって。
私は炯さんのもので、他の誰のものにもならないって。
――しかし。
「どうだって聞いてるんだよ!」
「んあーっ!」
私の返事など聞く気はないのか、責めは激しくなっていく。
ただ、耐えるのに必死だった。
「はぁ、はぁ……。
ああーっ!」
私に呼吸を整える暇も与えず、凶器を叩き込み続ける彼に、余裕はない。
それだけ私は炯さんを傷つけたのだと、心臓を鷲掴みにされたかのごとく胸がギリギリと痛む。
「このまま子供ができれば、離れられなくなるな」
彼がなにを言っているのかわからない。
どのみち、近い将来には子供を授かる努力をする予定だった。
「あんな男に凛音を渡さない」
炯さんが傷ついているのはわかるが、どうして彼はこんなにも嫉妬に狂っているのだろう。
彼と別れたところでもう実家に私の居場所はない。
そもそも、離婚――婚約破棄など許されないのだ。
考えようとするけれど、責められ続ける身体は悲鳴を上げ、上手く考えがまとまらなかった。
「このまま出すぞ」
ああ、そうか。
今日は避妊具を着けていない。
いつも、私も仕事を始めたし、せめて結婚式まではと言ってくれるのに。
でもそれだけ、炯さんの気持ちが切羽詰まっているのはわかった。
「……い、い……です、よ」
頑張って手を伸ばし、彼の頬に触れる。
できるだけ安心させるように、ぎこちないまでも笑みを作った。
その瞬間、炯さんが大きく目を見張った。
「くそっ!」
誰にともなく怒りをぶつけ、彼が私の身体から出ていく。
そのまま勢いよく自身の欲望を私の身体の上へと吐き出した。
「……え?
炯、さん……?」
なにが起こっているのか理解できない。
だって彼は、あれほど嫉妬の炎に焼かれていて、私を妊娠させるのも辞さないほどだったのだ。
「……ごめん」
ひとこと漏らし、炯さんはティッシュを取って自身が穢した私の身体を拭いてくれた。
「凛音が俺を裏切るとかあるはずないもんな」
自嘲するかのように、ははっと小さく乾いた笑いが彼の口から落ちる。
「アイツに無理矢理されたんだ、凛音は悪くないんだって、頭ではわかってるんだ。
でも、凛音のことになるとどうしても、余裕がなくなってしまう……」
そっと彼の手が、私の頬に触れた。
それはいつもの優しい彼で、私も甘えるように頬をすり寄せた。
「ごめんな、凛音。
こんなこと」
レンズの向こうの瞳は、深い後悔で染まっている。
それを見たら私まで胸がズキズキと痛んだ。
「いいんですよ。
私も油断して、ベーデガー教授にキスされたのはいけなかったと思いますし」
腕を伸ばして炯さんに抱きつく。
そのまま、よく私にしてくれるみたいに、彼の背中を軽くぽんぽんと叩いた。
「いや、いくら頭に血が上っていたからって悪かった。
一方的な俺の嫉妬で無責任に妊娠させるとか、凛音に申し訳ない。
それにこんなことで授かった子供を、うしろめたさなしに愛せるとも思わないしな」
躊躇いがちに背後に回った手は、背中に触れた途端まるで静電気に弾かれたように離れた。
それでもまたおそるおそる私の背中に触れ、抱き締めかえしてくる。
「本当にごめん。
凛音に許してもらえるなら、なんだってする」
ぎゅっと私を抱き締める炯さんの手は、縋るようだった。
話す声は泣き出しそうで、私のほうが泣きたくなる。
「だから、いいんですって」
「でも……」
そうか、きっと私からなにか罰せられない限り、炯さんの後悔は続くんだ。
だったら。
「お祭りデートで豪遊させてください。
屋台ってなにがあるのか調べたら気になるものがいっぱいで、私のお給料だけじゃ足りそうにないので」
わざと、おどけて笑って彼の顔を見る。
炯さんは拍子抜けしているようだった。
「そんなんでいいのか?
アクセサリーでもバッグでも……」
「いいんですよ」
「んっ」
高級な贈り物を提案する彼の鼻を摘まみ、それを封じる。
「私と炯さんは悪い子仲間でしょ?
だったら、これでいいんです」
「そうだな」
笑いかけると、ようやく炯さんも笑ってくれた。
そのまま、当日の相談をあれこれする。
……やっと、わかった。
炯さんは私が思っているよりも、もっとずっと深く、私を愛してくれているんだって。
だからあんなにも、激しく嫉妬した。
大好きな私の炯さん。
彼を愛するこの気持ちも、彼に伝わっていたらいいな……。