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第27話

明日からまた炯さんが長期出張に出るその日、夕食後は彼のお膝の上で甘えていた。


「凛音、篠宮しのみや家の桜子さくらこが帰ってこないそうなんだが、なにか知ってるか?」


眉間に少し皺を寄せて炯さんが聞いてくる。


「え、桜子さんがですか?」


桜子さんとは昔、通っていたお茶の教室で一緒だった。


「そうだ。

昨日、友人のところへ行ってくると家を出たっきり、帰ってきていないそうだ」


「そうですか……。

私は心当たりがありませんが、心配ですね」


桜子さんもかなり裕福な家庭のお嬢様で、出かけるときにひとりで公共の交通機関をつかって、なんてことはないはずだ。

なのに帰ってきていないとは心配になる。

まさか、誘拐とかないよね……?


「そうだな。

家出とかならいいんだが……」


炯さんもかなり、心配そうだ。

よくある……とは言ってはいけないが、反抗期のようなもので家出などというのは珍しくない。

私だってあの日、炯さんの誘いがあったからとはいえ父の追跡を振り切り、街に遊びに出た。

だいたい気が済めば家に帰るし、もしくは連れ戻されるのでそれはさほど心配する必要はない。


「事件に巻き込まれてないといいんですけど」


何度も言うが、私が誘拐されそうになったのは一度や二度ではない。

桜子さんだって同じく、そういう危険があるというわけだ。


「だよな。

凛音も気をつけろよ?

腕時計は常に着けておくこと」


確認するように彼が、私の左手首を取る。

そこには炯さんの元に来た日、もらった腕時計が嵌まっていた。

私の危険を察知し、居場所を教える時計。

今のところお世話になるような目には遭っていないが、これからもそうでありたい。


「はい」


炯さんの唇が私の額に触れる。

私が誘拐されたりすれば、彼はこれ以上ないほど心配するだろう。

そうならないように、気をつけなきゃ。




翌日、炯さんは出張に出ていった。

またしばらく、ひとりなのは淋しいな。

ううん、彼は仕事でいないんだから、私がしっかり家を守らなきゃ。

それに。


仕事の帰り、ミドリさんに近くの神社へ連れていってもらう。


「立派な神社……」


境内は綺麗に掃き清められ、お守り授与所も開いている。

〝小規模な祭り〟とスミさんは言っていたが、これならそこそこの規模のお祭りなのでは……?


「えっと……」


お賽銭箱の前に立って、悩む。

お賽銭っていくら入れたらいいんだろう?

そもそも、お参りの作法って?

今まで神社に来たことはあるが、いつも祈祷で拝殿にあがっていたので、どうしていいのかわからない。


「お気持ちでよろしいんですよ」


戸惑っていたら、傍に控えていたミドリさんが声をかけてくれた。


「ちなみに〝ご縁がありますように〟と五円玉を入れる習慣もございますね」


「五円玉……」


慌てて財布を開けて五円玉を探す。

バーコード決済が主で小銭のほとんどない財布だが、偶然五円玉が一枚、入っていた。


「あった」


それを掴み、少し考える。

いくら気持ちでよくても、たった五円でお願い叶えてもらおうだなんて失礼じゃないかな?

さらに悩み、断腸の思いで一万円札を財布から引き抜いた。

灰谷の若奥様としては一万円なんてたいしたことのない金額だが、悪い子の凛音ちゃんからすれば大金だ。


「よし!」


思い切って一〇〇〇五円をお賽銭箱に投げ込む。

その向こうに書いてあった作法にならい、お辞儀をして柏手を打った。


……炯さんが何事もなく、無事に帰ってきますように!

私の願いなんてただそれひとつだけだ。

そのためなら一万円なんて、安い。


しかし、近所にこんな神社があるなんて知らなかったのは損していたな。

これからはちょくちょく、散歩がてら炯さんの安全をお願いにこよう。




炯さんがいない日を、いつもどおり過ごす。

きっぱりと気持ちには応えられないと伝えたのに、相変わらずちょっかい出してくるベーデガー教授には苦笑いしかできない。

あと、最近は仕事帰りにときどき、カラオケやゲームセンターに寄るようになった。

ミドリさんはゲームの達人で、やっているのを見ているだけでも楽しい。

おかげでこの頃、大きなぬいぐるみが増えているんだけれど……大丈夫だよね?


「うそっ、嬉しい」


その日も仕事から帰り、まったりお茶を飲みながら携帯のチェックをしていたら、炯さんからメッセジーが入っていた。

明日、出張から帰ってくる予定だが、お昼頃には着くしそのあとは休みにしたから、待ち合わせてデートしようとのことだった。


「待ち合わせてデート」


それだけで嬉しくて、むにむに唇が動いてしまう。

なに着ようかな。

でも、私は仕事だし、出勤着になってしまうけれど。

それでもできるだけお洒落したいな。

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