お祭りデートを決めた翌日、灰谷家なじみの呉服屋が来てくれた。
「可愛らしいお顔立ちですし、こういうモノがお似合いかと思いますがいかがでしょう?」
炯さんと同じ年くらいの女性スタッフが勧めてくれたのは、ピンクの花柄の浴衣反だった。
「そう、ですね……」
たぶん、同年代の女性のほうが感性が近いだろうと彼女を寄越してくれたのは助かる。
ありがちな、職人の手によるごりごりの芸術品絞り浴衣など勧められても困るし。
しかし、私としては可愛らしいものよりもシックな大人っぽいものが欲しい。
炯さんはなにかと私を子供扱いしてくるから、大人の女性として見てもらいたいのだ。
「もうちょっとこう、落ち着いたものがいいんですが……」
「落ち着いたものですか?」
彼女が、ごそごそと持ってきた反物を漁る。
並んでいるのはピンクや水色など、明るい色が多い。
炯さんの趣味なんだろうか。
「このあたりはいかがでしょう?」
今度出てきたのは、黒の幾何学模様に水色の花を散らしたものだった。
他にもいくつか、一緒に並べられる。
「ううっ、悩んじゃう……」
どれも素敵で、目移りした。
「まあまあ、いったんお茶にしてゆっくりお選びになったらいいですよ。
それに帯や小物でまた、変わってきますからね」
ゆるーく笑いながら、スミさんがお茶を淹れてくれる。
「そうですね」
そうだ、浴衣がピンクの花柄だったとしても、帯がシックなものだと落ち着いて見える。
浴衣と帯、両方で判断しないといけないのだ。
呉服屋スタッフとああでもないこうでもないといろいろ議論しながら、コーディネートを考える。
するとますます沼にハマってきて、私を悩ませた。
「かえったぞ!」
そうこうしているうちに炯さんが帰ってきた。
というか、いつもよりも早い。
早すぎる。
もしかして炯さんも、浴衣を選ぶのが楽しみだったんだろうか。
「それで決まったのか?」
さりげなく私の隣に座り、彼は並んでいる反物と帯をのぞき込んだ。
「その。
決められなくて……」
こっちの黒よりあっちの赤がいいかな、と思っても、帯を変えるだけで断然黒がよくなったりする。
本当に難しい。
「炯さんはどれがいいと思いますか?」
ちらりと彼をうかがう。
どうせなら、炯さんの好みのものを選ぶのもいいかも。
「そうだな。
俺は明るい色味の可愛らしいのが凛音には似合うと思っていたんだが……」
一度言葉を切った彼が、反物へと目を向ける。
「こういうシックなものを着た凛音も見てみたい」
レンズの向こうから彼が視線をあわせてくる。
そのままちゅっと私に軽くキスをした。
「……人前禁止、です」
恨みがましく彼を軽く睨みつける。
女性スタッフが頬を赤らめ、気まずそうに目を逸らしていた。
「いつもしてるだろ?」
しかし炯さんはしれっと言って、さらに唇を重ねてくる。
確かにスミさんやミドリさんのいる前でいつも、キスしてますけど!
でも、彼女らはもうそれが日常になっているし、私も半ば壁だと割り切っているのでまあいいが、外部の人間は違うのだ。
「お外の人間がいるときはダメです」
「そうか。
残念」
とか言いつつ、さらに彼は唇を重ねてきて、まったく理解していない。
気を取り直して浴衣を選ぶ。
「凛音に似合うのだろ……」
炯さんは真剣に浴衣を見ている。
「これはどうだ?」
彼が手に取ったのは白地に黒の格子がバランスよく配置され、それに赤の椿が散らしてあるものだった。
「これに黒の帯を締める」
反物の上に炯さんが黒の帯を置く。
それはシックだけれど、どこか可愛らしく、私の好みにぴったりだった。
早速、スタッフに簡単に着付けてもらう。
「うん、凛音の顔ともあってる」
私の肩を軽く叩き、鏡越しに炯さんがにっこりと微笑む。
「気に入りました、これにします……!」
炯さんが私のために選んでくれた浴衣。
それにまだ浴衣っぽく仮置きしただけだが、こんなに似合っている。
これを選ばないなんてないだろう。
「そうか、よかった」
満足げに炯さんが頷く。
それで私も嬉しくなっちゃうのはなんでだろう?
そのあとはかんざしや帯締めなどの小物を選ぶ。
いつも下駄のときは鼻緒が擦れて皮が剥け、困っていたのだが、足袋を穿けばいいと教えてくれた。
普通の足袋が暑苦しいと思うのなら、レースにすればいいって。
そうか、その手があったのか。
私の浴衣も選び終わり、炯さんの浴衣選びに入ったものの。
「これでいい」
いくつかの反物から、適当に炯さんが選ぶ。
「あの。
もっと真剣に……」
いくら紳士物は女性に比べて選べる幅が少ないからといって、雑すぎない?
「別に適当じゃないぞ?
この色なら並んだときに、凛音の浴衣が映えるだろ?」
得意げに、にやりと右頬を歪めて炯さんが笑う。
一応、考えてくれてはいるんだ。
「帯はどっちがいいと思う?」
炯さんが差し出してきたのは、黒と白の帯だった。
浴衣が焦げ茶なら、帯は黒かな……?
それに。
「黒がいいです。
帯が同じ色って、ちょっとだけペアルックっぽくないですか?」
自分で言っておきながら、なかったかなとは思ったけれど。
「そうだな」
眼鏡の下で目尻を下げ、彼の顔が近づいてくる。
しかし、唇が触れたのは私の手のひらだった。
「人前でキス禁止だって言ったはずです」
「そうだった」
笑いながら彼が、少し油断していた隙に額へ口付けを落としてくる。
それにしょうがないなと私も笑っていた。