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第19話

午後からも仕事をこなし、今日も定時で帰る。


「お疲れ様でございました」


「ミドリさんもお疲れ様です。

帰り、街に寄ってもらっていいですか」


「かしこまりました」


迎えの車に乗り、携帯を確認する。

そこには炯さんからメッセージが届いていた。


「夜中には帰ってくるんだ」


三時くらいには日本に着くから、それから本宅に帰ってくるとある。


「そんな無理、しなくていいんだけどな……」


本宅よりもマンションのほうが断然空港に近い。

その分、ゆっくりできるはずだ。

画面に指を滑らせ、その旨、返信した。


調べておいた老舗文具店でボールペンを物色する。

もちろん、ミドリさんのお供付きだ。

よさそうだと思ったら数万円の値がついていて躊躇した。


「なんか、ね……」


きっと今までだったら、なにも考えずに買っていただろう。

しかし、今は自分で稼げるお金はこれくらいだから……とか考えてしまう。

でも、炯さんがお仕事で使うものだから、それなりのものがいいはず。


そこでは決めず、少し歩いて百貨店に入った。

今度は、ネクタイとマネークリップを見る。


「うっ」


なんの気なしに愛用しているブランドのお店に入って固まった。

財布や、ちょっとしたバッグだけで私の一ヶ月分のお給料がほとんど飛んでいく。

これまでは値段など知らずにあれが欲しい、これが欲しいで買ってもらっていたが、いかに自分が贅沢をさせてもらっていたか改めて実感した。


「もうちょっとお金、大事にしよう……」


百貨店でのお買い物は諦めて、文具店に戻る。

私の稼ぎとしては、これくらいが相応だ。


「ミドリさん。

こっちのブルーのと、そっちの黒、どっちがいいと思いますか?」


候補は絞ったものの、ふたつで悩んで決められない。

どちらも炯さんが持っているところを想像したら、しっくりくるんだもの。


「凛音様からの贈り物でしたら、旦那様はどちらでもお喜びになると思いますが」


「うっ」


……うん。

もういいよ。

みんな、そんなイメージなんだね……。

私もそんな気がするし。

しかし、長く使ってもらうためにも、炯さんが気に入るものをプレゼントしたいのだ。


「ううっ、悩む……」


店員にショーケースから出してもらった二本を並べ、見比べる。

黒の本体にシルバーのアクセントが入っているペンはスタイリッシュだし、上部半分が濃紺のペンもお洒落だ。

炯さんならどっちを選ぶんだろう?


「お悩みですか?」


決められずにいたら、男性店員が声をかけてきた。


「はい。

どちらも素敵で……」


「そうですね。

こちらのペンは純正品ではなくても、互換性のあるリフィルが使えるんですが、こちらのペンは純正品しか使えなくて、しかも外国製なので当店でも欠品しているときがございます。

参考になるかわかりませんが」


「いえ、ありがとうございます」


せっかくペンがあっても、インク切れですぐに手に入らないとなると困っちゃうよね。

だったら、互換品の使える黒のほうかな。


「それじゃあ、こちらの黒のほうをください。

プレゼント用にラッピングもお願いできますか」


「かしこまりました」


店員がボールペンののるトレイを下げ、準備を始めようとする。


「あ、リフィルも一緒にいいですか」


「かしこまりました。

純正品と互換品がございますが、いかがいたしましょう?」


すぐに彼は、私の前にリフィルのパッケージを並べた。


「純正品でお願いします」


「かしこまりました。

先にお会計をよろしいでしょうか」


「はい」


ミドリさんが会計をしようと一歩足を踏み出したがそれを止め、自分の手持ちのカードで支払った。

引き落とし先はもちろん、私の口座だ。

とはいえ、お給料以外にもそれなりにお金が入っているのだが。


包んでもらっているあいだに携帯を確認する。

炯さんから返信が入っていた。


【俺が一刻も早く凛音に会いたいから、本宅に帰る。

もう、凛音切れ起こして死にそうなんだ。

でも、凛音は気にせずに寝ていていいからな】


炯さんはなにかと〝凛音切れ〟なんて言うが、あれはいったいなんなんだろう?

私にはまったく理解ができない。

とにかくなにがなんでも帰ってきたいのはわかったが、こんな時間に空港から二時間近くかけて帰ってくるのは心配だ。


「……そうだ」


今日は私がマンションのほうに泊まるというのはどうだろう。

それだったら移動時間は半分で済む。

明日は私も炯さんも休みだし、そのままゆっくりして夕方にでも本宅に帰ればいい。

でも、シェフがもう夕食の準備をしているのだとしたら申し訳ない。


「ミドリさん。

今日はこのままマンションのほうに泊まるとか、ダメですか……?

あ、もう夕食の準備をしているとかだったら、帰ります」


「いえ、大丈夫です。

そのように手配します」


すぐにミドリさんはどこかへ電話をかけはじめた。

たぶん、スミさんかな?


「シェフ、怒ってませんでしたか?」


電話を切った彼女につい、聞いてしまう。


「どうして怒るんですか?」


なぜか不思議そうに彼女は、何度か瞬きをした。


「せっかく準備していたのに、無駄にしてしまったから……」


「急な予定変更はよくあることですから、気にしません」


ミドリさんはそれが至極当たり前といった感じだが。


「でも、やっぱり悪いです。

シェフにごめんなさいって謝っておいてください」


「あ、はい。

わかりました……」


私がぺこんと頭を下げると珍しく彼女は戸惑っているようだが、なんでだろう?


包んでもらったボールペンを受け取り、マンションへと向かう。

途中、コンビニに寄ってもらった。


「夕食がそれでいいんですか」


「はい」


コンビニ弁当を買って嬉しそうな私が、ミドリさんにはどうも理解できないらしい。

でもこういうお弁当、一度食べてみたかったんだよね。

今日はスイーツまで買ったし、大満足だ。


「では、なにかありましたらご連絡ください」


「はい、ありがとうございました」


マンションの玄関でミドリさんと別れる。

鍵はもうもらっているから、勝手に入った。


「あ、炯さんにこっちにいるって連絡しとかなきゃ」


携帯に指を走らせ、連絡を入れる。

そのあとはごはんを食べたりして、少し早めに寝た。

できれば炯さんが帰ってくる時間には起きて、お出迎えしたい。

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