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第18話

次の日も普通に出勤して、普通に仕事をした。

ここでは学歴から私がお嬢様らしいという推測がされているが、実家はちょっとだけ裕福な家だと誤魔化してある。

もちろん、もうすぐ結婚する相手が三ツ星造船の御曹司だというのも隠している。


「返却済みの本、棚に戻してきますね」


「おねがーい」


軽い調子で先輩スタッフから返事が来る。

私をお嬢様ではなく、ひとりの人間として扱ってくれる職場は、居心地がいい。


ワゴンを押して本を棚に戻していく。

終わったときにはちょうどお昼休憩になっていた。


「城崎さん。

お昼行こうー」


「はい」


戻ってきたところで、島西しまにしさんが声をかけてくれた。

私よりふたつ年上の彼女とは、なにかと仲良くさせてもらっている。


手早く片付けを済ませ、財布と携帯の入ったミニバッグを持つ。


「お昼、いってきまーす」


「いってらっしゃーい」


先輩の声に見送られ、職場を出てカフェテリアへと向かう。

図書館スタッフには大学に付属するカフェテリアの使用が許可されていて、私はよくそこで食べていた。


「なんにしようかな……」


私の休憩時間は十一時からと早いので、カフェテリアにはあまり学生がいない。

ちなみに勤務時間は八時半から十五時半までと少し短めだ。


今日はAランチがエビフライとハンバーグのセットだったので、それにした。

料理を受け取り、窓際の席にふたりで座る。


「安くて美味しいなんて、もう神だよね」


「そうですね」


それでもお給料からすると毎日カフェテリア通いはかなり生活に痛そうだが、彼女は実家住みらしいので大丈夫みたいだ。


「そうだ。

島西さんに相談したいことがあって」


「ん?

なになに?

仕事の相談はちょっと乗れないぞ。

なんていったって城坂さんはもう、うちのエースなんだしさ」


からかうように彼女が笑う。

上司がなにかと私の仕事ぶりを褒めるので、以前からいるスタッフの一部には私の評価は悪かった。

しかし、島西さんは嫌みや妬みではなく、冗談にして笑い飛ばしてくれる。

彼女のそういうところに好感を持っていた。


「その。

炯さんになにかプレゼントしたいんですけど、なにがいいんでしょう……?」


別に昨日、スミさんからもらった助言に不満があるわけではない。

ただ、こういうのはいろんな方面からアドバイスをもらったほうがいいんじゃないかと思っただけで。


「んー、要するに男がもらって嬉しいもの、って話?」


うんうんと勢いよく頷く。

彼女には炯さんの話をしてあった。

ただ、仕事は小さな会社の社長と規模を縮小してあるが。


「無難なのはネクタイとかネクタイピンとかじゃない?

いつも使ってもらえるしさ」


「ネクタイ……」


私が選んだネクタイを炯さんが締めているところを想像する。

……これはこれであり、かも。

あー、でも、ネクタイは毎日使ってもらえないな……。


「あとは財布とか?」


しかし、炯さんは財布を使ってなかったような?

マネークリップ派だった気がする。

マネークリップはありだよね。


「ううっ、難しい……」


「まあ、城坂さんからのプレゼントなら、なんでも喜ぶんじゃない?

だって、ベタ惚れみたいだし?」


「うっ」


昨日のスミさんと同じことを言い、島西さんが意地悪く笑う。

炯さんの話をするたびに「惚気、ごちそうさま」

とか言われているし、そうなるだろう。


『なんの話をしているんだい?』


話しかけられて見上げると、ベーデガー教授がトレイを手に立っていた。


「ここ、いいかい?」


にっこりと笑い彼は、私の隣の席を指した。


「どうぞ、どうぞ」


私はなにも言っていないのに島西さんが許可を出し、彼がそこに座る。

さらに。


「私、もう食べ終わったし、先行くねー」


「あ……」


意味深に島西さんは私に片目をつぶってみせ、止める間もなく去っていった。

いや、絶対、面白がっていますよね?


『それで。

なんの話をしていたんだい?』


食べながら教授が聞いてくる。

これは私も残りをさっさと食べて退散……とかは無理そうだ。


『あの。

婚約者にちょっとしたプレゼントをしたいけれど、なにがいいかな、って』


ことさら、婚約者と強調する。


『凛音に婚約者なんていたんだ?』


しかし、華麗にすっとぼけられた。

確かに彼との会話の中でその話はしていないが、左手薬指に指環が嵌まっている時点で、特定のパートナーがいるのはわかりますよね?


『ふーん。

それって僕より、いい男?』


興味なさそうに言い、彼は食事を続けている。

けれどそこはかとなく嫉妬のようなもを感じるのは気のせいだろうか。


『いい男ですよ』


さらりと返し、残りを食べてしまう。


『僕よりいい男なんて、そうそういないと思うんだけどな』


気づいたら彼は、頬杖をついて私を見ていた。

そんな自信はどこから出てくるんだとは思うが、世間一般的に教授はかなりイケメンの部類なのだ。

学生の中には狙っている人もいるって話を聞くし。


『私にとって婚約者の彼が世界で一番いい男、です』


惚気と取られてもいいので、言い切った。

それに、事実だし。


『ふーん』


教授はどうでもよさそうだが、私も彼の返事などどうでもよかった。


『それで。

婚約者の彼にプレゼントするのになにがいいかって話だったよね?』


話が本題に戻ってきたが、彼の意見を参考にする気はない。

他の男性の欲しいものを参考にするとか、炯さんに悪いもの。


『僕だったら、凛音からもらえるものならなんでも嬉しいな』


「……は?」


実に締まらない顔で、教授がにへらと笑う。

その顔を素になって見ていた。

スミさんや島西さんに言われたからじゃないが、炯さんならわかる。

なにかと私にかまいたがる彼だ、私が彼になにかすれば喜ぶに決まっている。

でも、ベーデガー教授が一緒なのはわからない。


『それってどういう意味ですか』


『言葉通りの意味だけど?』


意味ありげに彼が、眼鏡の下で片目をつぶる。

言葉通りの意味だと言われても、私にはわからない。


『凛音のそういうところ、僕は好きだよ』


「はあ」


なにがおかしいのか、彼はくすくす笑っている。

そういうところとはどういうところなんだろう?

でも、なんとなく面倒な事態になりそうだというのだけは、そこはかとなく感じた。

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