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第17話

「お疲れ様でしたー」


定時になり、職場を出る。

残業がほぼないのがここで働く魅力のひとつだ。


「お待たせしました」


「いえ。

凛音様もお疲れ様です」


近くで待っていた迎えの車に乗る。

運転はミドリさんだ。

本当は公共の交通機関で通勤すると言ったのだ。

しかし。


『痴漢が出るかもしれないのに、ミドリをつけていても乗せられるわけないだろ』


……と、炯さんに速攻で却下された。

でも、普通の人はそれで出勤しているんだし、あまりに過保護なのではと思った。

けれど炯さんの会社の女性社員で、痴漢被害に遭って電車どころか外に出るのも怖くなり、病んでしまった人の話を聞いたら急に怖くなって、車での送り迎えを承知した。

ちなみに出勤中の出来事は業務中と一緒だからと、仕事に復帰できるよう炯さんはいろいろ便宜を図っているらしい。

そういうところ、本当に尊敬する。


とはいえ、普通は仕事へ行くのに送り迎え付きとかないわけで。

職場には姉が通勤ついでに送ってくれるのだと話を通してある。

さすがに、お手伝いさんの送り迎えですとは言えない。


「ただいまかえりました」


「おかえりなさいませ」


家に帰るとスミさんが出迎えてくれる。


「お疲れになったでしょう、お茶の準備をしてありますからゆっくりなさってください」


「ありがとうございます」


スミさんも炯さんに負けず劣らず過保護で、笑ってしまう。


お茶を飲みながら、ネットバンキングで口座残高を確認した。


「入ってる……!」


摘要の〝給与〟の文字に興奮した。

初めて自分で稼いだお金。

額は多くはないが、それでも嬉しい。


「そうだ」


このお金で日頃の感謝を込めて、炯さんになにかプレゼントを買うのはどうだろう?

凄くいいアイディアな気がする。


「なにがいいかな……」


炯さんが喜んでくれそうなものってなんだろう?

お酒とか?

しかしいくら考えたところで、まだ二ヶ月足らずの付き合いの私には、彼の好みはよくわからなかった。

だったら。


「スミさん」


「はい、なんでしょう」


通りかかった彼女を呼び止めると、すぐにこちらへ来てくれた。


「その。

炯さんになにかプレゼントをしたいんですが、なにがいいんでしょうか……?」


「プレゼントでございますか?」


不思議そうに彼女が、何度か瞬きをする。


「はい。

初めてお給料をもらったので、それでなにか買いたいなと思って」


「いい考えでございます!」


スミさんが私の手を取り、ぐいっと顔を近づけてくるものだから、背中が仰け反った。


「絶対坊ちゃん、お喜びになりますよ!」


「そ、そうですか……?」


「はい」


力強く言い切り、スミさんがようやく私から離れる。


「それで。

なにがいいかというお話でございましたね」


「はい。

まだ私、炯さんがなんだったら喜んでくれるのかとか全然わからなくて……」


小さい頃からの付き合いのスミさんなら、なにかいいアイディアをくれると思ったものの。


「凛音様からのプレゼントなら、なんだってお喜びになりますよ」


「ハイ……?」


なにを言われているのかわからなくて、首が斜めに傾く。

いやいや、全然好みじゃないものをもらっても困らない?

私だったらいかめしいドクロのリングとかもらっても、困る。


「えっと……。

なんでもというわけには……」


私の戸惑いに気づいたのか、スミさんは取り繕うように小さく笑った。


「確かにそうでございますね。

でしたら、ボールペンなどいかがでしょう?」


「ボールペン?」


なんだか思ったよりもチープなものが出てきて、また首が斜めに傾く。

しかしスミさんは、それで決まりだとでもいうようにうんうんと何度か頷いた。


「坊ちゃん、ボールペンをよくおなくしになるんですよ。

それでよく、新しいものを買っておいてくれと頼まれて」


「そうなんですね」


炯さんはしっかりして見えるから、よくものをなくすなんてなんか意外だ。


「はい。

ですから、凛音様からプレゼントされたものなら、大事にしてなくさなくなると思うんですよね」


「そう……かな」


そんな理由で本当に、ボールペンを紛失したりしなくなるんだろうか。

私としては甚だ疑問だ。


「そうですよ。

毎回、出張に行かれるときはあんなに凛音様と離れがたそうではないですか。

きっと凛音様にもらったボールペンを凛音様の代わりにして、大事になさいますって」


「そ、そうですね……」


つい笑顔が引き攣りそうになる。

毎朝、出ていくときは何度も私にキスしてくる炯さんだが、出張へ行く日は特に酷い。

絶対がっつり貪るキスをしてくるんだもの。

人前ではやめてって言っても、聞いてくれない。


「そういうわけでスミは、ボールペンをオススメいたします」


うんとひとつ、スミさんが頷く。


「ありがとうございます。

明日、帰りに街に出て、考えてみます」


「そうなさってください」


話は終わったので、スミさんはまた仕事に戻っていった。


「ボールペン、か……」


いつも使ってもらえるものは、いいかも。

でも、すぐになくされちゃったらショックだな……。

まあ、明日、スミさんの意見も参考にしながらなにか探そう。

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