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第14話

炯さんがいないあいだ、私がなにをしていたのかといえば。


「履歴書ってなに書いていいのかわかんない……」


パソコンを前にして、うんうん唸っていた。


炯さんが私に与えてくれた部屋はいまだに簡素なデスクとベッドだけだが、仕方ない。

家具を見に行く暇なんてなかったしね。

炯さんは俺に気兼ねしないで好きに揃えていいし、あれだったら今度、ヨーロッパ出張へ行くときに一緒に見に行ったらいいとまで提案してくれた。

なので今しばらくはこのままで不満はない。

それよりもそこにこもって書いている、履歴書が問題なのだ。


「はぁーっ、もっと有益な資格とか取っておけばよかった……」


などといまさら後悔したって遅い。

私が大学と家庭教師で学んだのは、海外セレブ相手でも恥を掻かないように数カ国の外国語とマナー、それに伴う主要国の歴史や文化背景だ。

そんな低能な人間を企業が雇うとは思えない。


「簿記とか秘書検定とか取っておけばよかったなー」


もし、就職口がなければ、今から勉強するのもありかな……?

と、悲観しながら履歴書を埋めていたけれど、あとで私は自己評価が低すぎるのだと知ることになる。


「んー、こんな感じかな?」


とりあえず必要事項を埋めてしまい、大きく伸びをして一息つく。

ちなみに、エントリー先が決まったとかいうわけではない。

私はとりあえず、形から入るタイプなのだ。

それに炯さんが帰ってきたら、チェックしてもらいたいし。


集中していたせいか小腹も空いたし、なにか食べたいけれどどうしようかな……。

ここでは頼めばすぐに、シェフがなにか作ってくれる。

それは、実家にいたときと大差ない。

でも、いっそ。


「ミドリさん、いますかー?」


「はい、ただいまー」


すぐにパタパタと走る音がして、ミドリさんが顔を出した。


「コンビニ行きたいんですけど、いいですか?」


「はい、大丈夫です」


彼女が頷いてくれたので、携帯を持って部屋を出る。


「スミさーん、コンビニ行ってきますねー」


「はーい、いってらっしゃいませ」


玄関から家の奥に声をかけると、すぐにスミさんの声が返ってきた。

それを確認して、ミドリさんと一緒に家を出る。

徒歩十分先のコンビニまで連れ立って歩いた。

といってもミドリさんは私より一歩後ろに控えている感じだ。

それで、危険はないか周囲に目を配っている。

ごく普通のそのへんにいるような女性に見える彼女は各種格闘技の有段者で、私のボディーガードみたいなものなのだ。


炯さんの家にはもちろん、警備会社が入っている。

それとは別に、半ば私設警備員として彼女を雇っていたらしい。

それで今は、私のボディーガードというわけ。


「なににしようかな……」


初めてのコンビニはすべてが目新しくて迷ってしまう。

……そう。

実家暮らしのときはコンビニすら行けなかった。

必要なものはすべて、親が買い与えてくれる。

たまにひとりでショッピングに行ってもボディーガードという名の監視付きで、好き勝手なんてできなかった。

でも、これからは自由!

非常識な危ない場所じゃなければ、どこへ行ってもいいって炯さんは約束してくれた。

常にミドリさんが着いてくるくらいは仕方ないと割り切れる。


お菓子の棚にはいろいろな種類のポテトチップスがたくさん並んでいて驚いた。

塩とかのりとかはわかるが、ハンバーガー味とかパクチー味とか謎なのまである。

これ全部、買っても怒られないんだよね……?


「凛音様、これを」


三つほどポテトチップスの袋を抱えたところで手一杯になってどうしようか悩んでいたら、ミドリさんからカゴを差し出された。


「あ、ありがとうございます」


ありがたくその中に抱えていた袋を入れる。

変な人だと思われていないだろうかとその顔をうかがったが、彼女は真顔でなにを考えているのかわからなかった。


「飲み物は、と……」


冷蔵庫の中にはお茶や、不健康そうな色をしたジュースが並んでいる。

全部買ってみたくなるが、これからこれらを試す時間はいくらでもあるのだ。

少し悩んで、コーラと桃のソーダをチョイスしてカゴに追加した。


もう十分なお菓子がカゴに入っているが、それでも店内を見て回る。

今度、おにぎりとかサンドイッチも買ってみたいなー。

コンビニスイーツも気になる。

でも、たくさん買っても食べきれないからこれくらいにしておこう。

それに、いつだって来られるからね。


レジで会計をしてもらうのも、初めてだ。


「レジ袋はどうしますかー」


「レジ袋?」


それがなにを指すのかはわかるが、どう答えるのが正解なのかわからない。


「大丈夫です」


しかし私が悩むより早く、ミドリさんがどこからか取り出した袋を広げた。

そうか、お買い物に来るときは袋を持参するのか。

ひとつ、賢くなったなー。


「えっと。

にゃん払いでお願いします」


どきどきしながら携帯を操作して画面を見せる。

ちなみににゃん払いとは猫のキャラクターが可愛い、バーコード決済だ。


「わかりましたー」


店員がバーコードを通して決済が完了すると、携帯が可愛らしく「にゃん♪」と鳴いた。

これのおかげで若者のあいだで人気急上昇なのらしい。

私も気に入っている。


「ありがとうございましたー」


会計も済ませ、店を出た。


「ミドリさん。

荷物、持ちます」


「そうですか」


すぐに彼女は私に持っていた袋を渡してくれた。


「お買い物に行くときは、こうやってバッグを持っていかないといけないんですね」


「そうですね。

ないときはレジ袋を買います」


そうなのか。

今まで自分でこういう買い物をしたことのない私には、すべてが新鮮だ。


「私もこういうバッグ、欲しいな」


「いくつか買っておきましょうか」


すぐに彼女が提案してくれる。

それも悪くないけれど。


「ミドリさんはこういうの、どこで買ってるんですか?」


「百円ショップか雑貨店です」


「百円ショップ……!」


それは、私の行ってみたいお店トップ5に入っている、憧れのお店だった。


「今度!

今度連れていってください!」


「はい、わかりました」


私は大興奮だというのに、ミドリさんはどこまでも冷静だ。

なんというかこう、彼女は侍って雰囲気があるんだよね。

女性に失礼かもしれないが。

でも、並大抵のことじゃ動揺しそうにない。


話しながら歩いているうちに家に帰り着いた。


「またなにかありましたらお呼びください」


「ありがとうございましたー」


私に一礼し、ミドリさんは下がっていく。

そういうところ、使用人とご主人様って感じでちょっと淋しい。

でも、立場としてはそうなわけだし。

でもせめて、炯さんとスミさんくらい、家族に近い関係になりたいな。




炯さんがいないあいだ、めぼしい求人先にぽちぽちエントリーしていった。

あとは本を読んだり映画を観たりは今までと変わらない。

変わったのは散歩代わりのコンビニ通い?

街に出てみたい気持ちはあるが、まだひとりだと度胸が出ない。

でも父からくだらないと言われるまんがを読んでもアニメを観ても怒られないのは、とても解放された気持ちになった。

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