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第11話

聞いたとおり十分程度で、見えてきたタワーマンションの地下に炯さんは車を入れた。


「ここを借りているんだ」


「ここを借りているんだ」


一緒に乗ったエレベーターには、建物の割にボタンが少ない。

どうも高層階住人専用のようだ。


「ようこそ、俺の別宅へ」


「お、お邪魔します……」


招かれた部屋の中へ、おそるおそる足を踏み入れる。

本宅とは違い、こちらはモデルルームかのように作りものめいていた。

まあ、寝るだけのために借りているとか言っていたし、そのせいかもしれない。


「寝室、こっちだから着替えろ」


「はい」


案内された寝室で、先ほど買った服に着替える。

本宅に比べれば狭い寝室には、ベッドとライティングデスクが置いてあった。


髪型も服にあうように変え、メイクを直してリビングへと行く。


「着替えました」


「似合ってるな」


ソファーに座る炯さんが、ちょいちょいと手招きをするので、その隣に座った。


「ちょうど届いてた」


私の左手を取り、手首に彼は腕時計を嵌めた。


「これは……?」


ピンクゴールドの盤面に、薄茶色のバンドのそれは上品で好みだが、そこまでの必要性を感じない。


「今まで着けてた、ブレスレットの進化版といったところかな?」


私がよっぽど不思議そうな顔をしていたからか、炯さんはくすりと小さくおかしそうに笑った。


「スマートウォッチなんだ。

凛音の身体に異常を感知したとき、俺と使用人たちに居場所とともに通知が行くようになってる」


「そうなんですか」


じゃあ、今までの携帯とブレスレットの役割が、これになったと思えばいいのかな。


「あ、言っておくが、異常を感知したときしか俺たちにはそれで凛音の居場所はわからない。

とはいえ、監視しているみたいで申し訳ないが、凛音になにかあったら困るからな」


本当に心配しているようで、炯さんの眉間に力が入る。

でも、そうだよね。

過去に何度か誘拐されそうになっているとか聞かされていたら。

それに一般女性でも普通に生活しているだけで危険があるんだって言っていた。

だったら、これは必要なものなんだって私にだってわかる。


「わかってます。

それに二十四時間監視されているわけでもないですし」


実家にいた頃は携帯で常に、どこにいるのか監視されていた。

でもこれからはなにかあったときだけだ。

別に知られてやましいところへ行く気もないが、それだけで気持ちの開放感が違う。


「わるいな」


本当にすまなそうに彼が、私の頭を軽くぽんぽんと叩く。

それが悪くないなって思っていた。


着替えも済んだので、再び街へと出る。

今度は徒歩だ。


「車だと俺が飲めないからな」


さりげなく手を繋ぎ、炯さんは歩いていく。

ただ手を繋いで歩いているだけなのに、酷くどきどきとした。

男の人と手を繋ぐなんて、今までなかった。

幼い頃、父とすら繋いで歩いていないのだ。


「どうした?」


私が黙っているからか、ひょいっと彼が顔をのぞき込む。


「ひゃいっ!?」


俯き気味に歩いていたところへ突然、目の前に顔が現れ、軽く驚いて焦って返事をしたせいで……噛んだ。

おかげで顔が、熱でも出たんじゃないかというくらい熱くなっていく。


「どっか具合悪いのか?」


などと言いつつも、彼の口端は僅かに持ち上がっている。

……ううっ。

わかっていてからかっているんだ。

炯さんは六つも年上で、しかも私は妹と同じ年。

きっと彼にとって、私は妹同然なんだろう。

そこまで考えて、ムッとしている自分に気づいた。

でもこれは、からかわれたからだ。


十分ほど歩いて炯さんが連れてきてくれたのは、ごく普通の居酒屋だった。

いや、じゃあ普通じゃない居酒屋はどんなのだって聞かれても、私にはわからないが。


「まずは飲み物だな」


店員に席へ案内され、ついまわりを見渡してしまう。

そんな私を彼は見守るように笑って見ていた。


「俺はビールにするけど、凛音はどうする?」


「あっ、はい!」


問われて、慌てて視線を目の前の彼に戻す。

とんとん、と軽く彼が指先で叩いたそこには、端末らしきものが置かれていた。


「これは?」


「メニュー兼注文端末」


「へー、そんな便利なものがあるんですね」


昨今は人手不足だというし、その解消でもあるのかな。


「それで。

なににする?」


「そうですね……」


頭を付き合わせるようにして端末をのぞき込む。

そこにはたくさんのお酒が載っていて目移りした。


「というか、酒は飲めるのか?」


「失礼な。

嗜む程度には飲めますよ」


子供扱いされた気がして、軽く頬を膨らませる。


「わるい、わるい。

そう怒るな」


口では謝っている癖に、炯さんは私の頬を指先でむにっと潰してきた。


「なにするんですか」


「んー、凛音は可愛いなと思って」


楽しそうに笑ってむにむに頬を押されたら、だんだんと怒る気が失せてくる。


「で、決まったか?」


少しして気が済んだのか、炯さんは手を離したけれど、今のあいだにどうやって決めろというんだろう?

「そうですね……」


飲み物のトップページに戻り、メニューを眺める。

そこには【当店オススメ!

生搾りレモンサワー!】の文字とともにジョッキの写真が載っていた。


「これにします」


オススメだったらきっとハズレはないし、それだけ人気なんだろう。

それは、気になる。


「わかった」


炯さんが端末を操作し、注文をしたとの文字が出てくる。


「あとは食べ物な。

好きなの頼んでいいぞ」


「ほんとですか!」


うきうきと端末のページを捲っていく。

唐揚げとか枝豆とか並んでいるジャンクな料理を見ているだけでわくわくしてしまう。


「お待たせしましたー」


選んでいるあいだに、頼んでいた飲み物が出てきた。


「とりあえず乾杯な。

飲みながらゆっくり選べばいい」


「そうですね」


あれやこれや思案しているところに声をかけられ、ようやく顔を上げる。

眼鏡越しに目のあった炯さんは苦笑いしていて、夢中になりすぎていたなと恥ずかしくなった。


「じゃ。

ようこそ、我が家へ。

これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


ジョッキをあげた彼にあわせて、私も少し持ち上げる。

そのまま、中のお酒をひとくち飲んだ。


「美味しい……!」


どこかで飲んだことのある味だと思ったが、甘みの少ないレモンスカッシュだ、これ。

ちょっぴりアルコールは感じるが。


「よかったな」


「はい」


他にも気になるお酒はあるけれど、とりあえずこれは私のお気に入りに登録しておこう。

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