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第4話

「次はー、ゲーセンか?」


「そうですね」


彼と並んで歩き、街中を移動する。

それすらも私には新鮮で、つい周りを見渡していた。

少し移動し、ゲームセンターに到着する。


「で、なにする?」


「なに……?」


漠然と来てみたいという憧れはあったが、ここでなにをするのか私はよく知らない。

なので尋ねられて、戸惑った。


「あー、そんな感じ?

わかった」


ひとりで納得し、彼は私の手を引いて店内を歩いていく。


「なんか欲しいのないか」


「欲しいの……?」


言われて、周囲の大きなボックスの中には、ぬいぐるみやお菓子が詰んであるのに気づいた。

欲しいのとはこれらのことだろう。


「あっ。

じゃあ、あれが欲しいです」


私が指した先のボックスには、ポテトチップスの巨大な袋が並んでいた。

ポテトチップスなんて憧れの食べ物、しかもあの大きさならかなり食べ甲斐があるだろう。


「わかった」


短く頷き、彼はその前に立って機械に小銭を投入した。

手元のボタンを操作するにつれて、上部に取り付けられたクレーンが移動する。

それはポテチの袋へと下りてきて、それを掴んだ。

上がっていく袋を、なぜか息を詰めて見つめる。

しかしそれは少し移動したものの、落ちてしまった。


「ああっ」


つい、落胆の声を漏らしてしまう。


「まあ、見てろって」


再び彼がボタン操作を始め、クレーンの行方をじっと見送った。

今回は取り出し口の上まで到達し、落ちてくる。


「ほら」


出てきたポテチを渡してくれた彼は、自信満面だった。


「凄い!

凄いです!」


大興奮でそれを受け取る。


「他に欲しいのはないか?」


「えっと……」


きょろきょろと周囲を見渡し、小さい頃にお気に入りだった絵本の、ウサギのキャラのぬいぐるみを見つけた。


「あれが欲しいです!」


コマキさんの手を引っ張り、ぐいぐいとそちらへ連れていく。


「今度は私がやってもいいですか!?」


「いいよ」


苦笑いで彼が、私に硬化を握らせてくれる。

きっと私も、数度で取れると思っていたものの……。


「ぜんっ、ぜん、取れない……」


もうチャレンジは十度目を超えたが、ぬいぐるみは最初の場所からほとんど動いていない。

持ち上がればいいほう、酷いとクレーンが上がり始めた時点でするりと爪が外れる。


「もう諦めるか?」


「絶対、諦めません!」


ぬいぐるみを見つめたままお金を寄越せと手を出すと、すぐに彼が硬貨を乗せてくれた。


「茜って意外と、諦めが悪いのな」


茜って誰?と一瞬思ったが、それが今の私の名前だった。

おかしそうに笑いながら、コマキさんは私がクレーンを操作するのを見ている。

自分だってこんなに、諦めが悪いだなんて知らなかった。

反対に、すぐに諦められるのが私のいいところだと思っていたくらいだ。


「茜。

この脇の下に爪が入るように調整してみろ」


「わかりました」


コマキさんのアドバイスに従い、何度かチャレンジする。

コツもわかってきて、爪を引っかけていい位置になるように調整し、そして。


「取れたー!」


ようやく自分の手にウサギのぬいぐるみを抱き、これ以上ないほど興奮した。


「よかったな!」


コマキさんも自分で取ったかのように喜び、私の髪をガシガシ撫で回してくる。

それが、酷く嬉しかった。


右側にウサギのぬいぐるみ、左側にポテチの巨大な袋を抱えてゲームセンターを出る。

外はもう、日が暮れていた。


「満足したか?」


「はい、もう!」


こんなに楽しいのは初めてだ。

弁論大会で賞をもらったときですら、これほど興奮はしなかった。


「じゃあ、そろそろ帰るか」


「え……」


その言葉に気分はみるみる失速していく。

楽しくて忘れていた、今日は見合いを抜け出して遊びに出たのだ。

私はまたあそこに戻り、あの生活に戻るしかない。

それ以外の選択ができるのはもうわかっていたが、私は両親に迷惑をかけたくないのだ。

それに私の結婚は父の会社の今後に左右し、多くの人たちの今後に影響する。

だから私は、黙って父に従うしかないのだ。


「……そう、ですね」


それでもまだ、帰りたくない。

外の楽しさを知ってしまい、あの籠の中に帰るのが苦しくなっていた。

戻ればもう、今日のような自由は二度とないのだろう。

だったら、最後に。


「……でも、まだやり残したことがあります」


コマキさんの腕を掴み、彼を見上げる。


「まだ、素敵な殿方との恋をしていません」


レンズ越しにじっと私を見下ろしている彼が、なにを考えているかなんてわからない。

それでも先を続ける。


「……抱いて、ください」


私の声は酷く小さいうえに、震えていた。

眼鏡の向こうで迷うように、彼の瞳が数度揺れた。


「俺で、いいのか」


「はい」


その顔を見るのは怖くて、彼の胸に顔をうずめる。

ポテチとぬいぐるみの落ちる音がした。

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