「次はー、ゲーセンか?」
「そうですね」
彼と並んで歩き、街中を移動する。
それすらも私には新鮮で、つい周りを見渡していた。
少し移動し、ゲームセンターに到着する。
「で、なにする?」
「なに……?」
漠然と来てみたいという憧れはあったが、ここでなにをするのか私はよく知らない。
なので尋ねられて、戸惑った。
「あー、そんな感じ?
わかった」
ひとりで納得し、彼は私の手を引いて店内を歩いていく。
「なんか欲しいのないか」
「欲しいの……?」
言われて、周囲の大きなボックスの中には、ぬいぐるみやお菓子が詰んであるのに気づいた。
欲しいのとはこれらのことだろう。
「あっ。
じゃあ、あれが欲しいです」
私が指した先のボックスには、ポテトチップスの巨大な袋が並んでいた。
ポテトチップスなんて憧れの食べ物、しかもあの大きさならかなり食べ甲斐があるだろう。
「わかった」
短く頷き、彼はその前に立って機械に小銭を投入した。
手元のボタンを操作するにつれて、上部に取り付けられたクレーンが移動する。
それはポテチの袋へと下りてきて、それを掴んだ。
上がっていく袋を、なぜか息を詰めて見つめる。
しかしそれは少し移動したものの、落ちてしまった。
「ああっ」
つい、落胆の声を漏らしてしまう。
「まあ、見てろって」
再び彼がボタン操作を始め、クレーンの行方をじっと見送った。
今回は取り出し口の上まで到達し、落ちてくる。
「ほら」
出てきたポテチを渡してくれた彼は、自信満面だった。
「凄い!
凄いです!」
大興奮でそれを受け取る。
「他に欲しいのはないか?」
「えっと……」
きょろきょろと周囲を見渡し、小さい頃にお気に入りだった絵本の、ウサギのキャラのぬいぐるみを見つけた。
「あれが欲しいです!」
コマキさんの手を引っ張り、ぐいぐいとそちらへ連れていく。
「今度は私がやってもいいですか!?」
「いいよ」
苦笑いで彼が、私に硬化を握らせてくれる。
きっと私も、数度で取れると思っていたものの……。
「ぜんっ、ぜん、取れない……」
もうチャレンジは十度目を超えたが、ぬいぐるみは最初の場所からほとんど動いていない。
持ち上がればいいほう、酷いとクレーンが上がり始めた時点でするりと爪が外れる。
「もう諦めるか?」
「絶対、諦めません!」
ぬいぐるみを見つめたままお金を寄越せと手を出すと、すぐに彼が硬貨を乗せてくれた。
「茜って意外と、諦めが悪いのな」
茜って誰?と一瞬思ったが、それが今の私の名前だった。
おかしそうに笑いながら、コマキさんは私がクレーンを操作するのを見ている。
自分だってこんなに、諦めが悪いだなんて知らなかった。
反対に、すぐに諦められるのが私のいいところだと思っていたくらいだ。
「茜。
この脇の下に爪が入るように調整してみろ」
「わかりました」
コマキさんのアドバイスに従い、何度かチャレンジする。
コツもわかってきて、爪を引っかけていい位置になるように調整し、そして。
「取れたー!」
ようやく自分の手にウサギのぬいぐるみを抱き、これ以上ないほど興奮した。
「よかったな!」
コマキさんも自分で取ったかのように喜び、私の髪をガシガシ撫で回してくる。
それが、酷く嬉しかった。
右側にウサギのぬいぐるみ、左側にポテチの巨大な袋を抱えてゲームセンターを出る。
外はもう、日が暮れていた。
「満足したか?」
「はい、もう!」
こんなに楽しいのは初めてだ。
弁論大会で賞をもらったときですら、これほど興奮はしなかった。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「え……」
その言葉に気分はみるみる失速していく。
楽しくて忘れていた、今日は見合いを抜け出して遊びに出たのだ。
私はまたあそこに戻り、あの生活に戻るしかない。
それ以外の選択ができるのはもうわかっていたが、私は両親に迷惑をかけたくないのだ。
それに私の結婚は父の会社の今後に左右し、多くの人たちの今後に影響する。
だから私は、黙って父に従うしかないのだ。
「……そう、ですね」
それでもまだ、帰りたくない。
外の楽しさを知ってしまい、あの籠の中に帰るのが苦しくなっていた。
戻ればもう、今日のような自由は二度とないのだろう。
だったら、最後に。
「……でも、まだやり残したことがあります」
コマキさんの腕を掴み、彼を見上げる。
「まだ、素敵な殿方との恋をしていません」
レンズ越しにじっと私を見下ろしている彼が、なにを考えているかなんてわからない。
それでも先を続ける。
「……抱いて、ください」
私の声は酷く小さいうえに、震えていた。
眼鏡の向こうで迷うように、彼の瞳が数度揺れた。
「俺で、いいのか」
「はい」
その顔を見るのは怖くて、彼の胸に顔をうずめる。
ポテチとぬいぐるみの落ちる音がした。