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第3話

「さて。

腹ごしらえも済んだし、次はカラオケに行くか」


「はい」


片付けをして店を出る。

楽しそうにゴミを捨てる私をコマキさんは笑って見ていて、性格悪いと思う。

でもそういう、普段私がやらない、普通なら当たり前のことが面白くて堪らないのだ。


少し歩いてビルに入る、カラオケ店に彼は私を連れてきてくれた。


「なんでも好きなモノを入れろ」


「はい……」


端末を前にしてふと気づく。

カラオケには来てみたかったが、私ははやりの歌などなにひとつ知らないのだ!


「えっと……。

コマキさんが、入れてください」


彼の前にもあるというのに、なんとなく目の前に置かれた端末を避けるようにそちらへと押す。


「せっかくカラオケに来たのに、自分で歌わないと意味ないだろうが」


彼は呆れているが、そのとおりだとは思う。


「別に歌が酷く下手だったとしても笑わないぞ。

それにきっと、二度と会わない相手だ。

旅の恥はかき捨てじゃないが、気にしなくていい」


その気遣いはとても嬉しくて、彼に対する好感度が上がった。

しかしながら問題はそこではないのだ。

歌は別に下手ではない。

けれど歌える曲があるのかどうかというのが問題なわけで。


「その……。

童謡、……とかもあるんでしょうか……?」


「は?」


一音発し、眼鏡の向こうで彼の目が真円を描くほど見開かれる。


「まさか、最近の歌を知らない?」


恥ずかしながらそれに頷いた。


「テレビとか……は俺もあまり観ないが、動画配信とか観ないのか?」


「テレビは教育放送とニュースくらいしか見ないですし、携帯も父が入れたアプリ以外、使用禁止だったので……」


「マジか」


さらに彼の目が大きく見開かれ、目玉が落ちてしまわないか心配になるほどだ。

でも、その驚きは当然だと思う。

観るもの、聴くもの、読むもの、すべて親に制限されてきた。

おかげで私は、戦前のご令嬢のように育っていた。


「んー。

じゃあ、これはどうだ?」


少し悩んで操作したあと、彼が端末を見せてくる。

そこにはモモエという歌手の曲が表示されていた。


「あっ、これなら知ってます!」


「だろ?

最近の音楽の教科書には、J-POPがけっこう載ってるからな。

じゃ、入れるぞ」


少しして音楽が流れだし、マイクを握る。

そうか、学生時代に習った曲を入れればいいのか。

そう気づき、急に気が楽になった。


その後、二時間ほどカラオケを堪能させてもらった。


「大きな声を出して歌うのって、気持ちいいですね」


音楽の授業以外で、こんなに思いっきり歌ったりしない。

これはたまに気分転換に来たいところだが、もう来られないのは残念だな。


「お気に召していただけたんならよかった」


からかうようにコマキさんが、にやっと笑う。


「コマキさん、歌がお上手なんですね」


私ひとりに歌わせるのはなんだしと時々コマキさんも歌ったが、これが惚れ惚れするほど上手いのだ。


「まあ、嗜む程度には?」


彼は笑っているが、こんな彼はきっとモテるんだろうなと思った。




カラオケのあとは、クレープを食べにいく。


「いろいろ種類があって迷っちゃう……」


イチゴは王道だが、チョコバナナも悩む。

さらにツナとかハムとか、お食事系も気になった。


「食べたいのをふたつ選べ。

俺とシェアすればいいだろ」


「いいんですか!?」


「ああ」


眼鏡の奥で眩しそうに目を細め、喜ぶ私をコマキさんは見ている。

その顔に、胸がとくんと甘く鼓動した。


「あっ、……じゃあ。

イチゴのクレープと、チョコバナナ、で」


「わかった」


小さく呟くように言った声を拾い、コマキさんが注文してくれる。

どきどき、どきどき。

心臓の鼓動が、速い。


「ほら」


「あ、ありがとう、……ございます」


熱を持つ顔を見られたくなくて、俯いた。

近くにあったベンチにふたり並んで座り、俯いたままちまちまとクレープを囓る。


「クレープの味はどうだ?」


「お、美味しいです」


嘘。

ときめきが止まらなくて、味なんてわからない。

これは私が、男慣れしていないからなんだろうか。


「食べるだろ?」


「えっ、あっ」


少ししたところで、コマキさんがクレープを差し出してきた。

慌てて受け取ろうとしたものの。


「ほら」


彼は渡さずに、それを私の口もとへと近づけてくる。

もしかして、このまま食べろと!?

そんなの、ハードルが高すぎる!


「なに固まってんだ?

ほら、遠慮するな」


しかし彼にとってこれは当たり前みたいで、引いてくれそうにない。


「じゃ、じゃあ」


諦めて、ゆっくりと口を開けて彼の持つクレープをひとくち食べた。

さっきから、自分の鼓動ばかりが耳につく。


「そっちも食べさせてくれ」


今度はあーんと口を開け、コマキさんが私を待っている。

どうしてこう、彼は私に難しい行為ばかりさせたがるのだろう。

しかし私が食べさせるまでそのままでいそうなので、覚悟を決めてその口に近づけた。


「やっぱ、イチゴもいいな」


「そ、そうですね」


残りのクレープを食べながら気づいた。

もしかしてこれは、ものすごく恋人同士っぽい行動なのでは?私はこんなに恥ずかしくて大変だったけれど、世の恋人たちはこれを平気でやっているなんて尊敬する。

それとも、慣れれば平気になるんだろうか。

しかし、私にはそんな時間はないので、一生理解できそうにない。


「クレープもたまに食べるとうまいな」


クレープも食べ終わり、ベンチを立つ。


「たまに……?」


彼の口ぶりからいって、嫌になるほど前に食べたって感じだが、そんなに食べるものなの?


「ああ。

一時期、妹から毎日のように付き合わされたんだ。

最後のほう、もう勘弁してくれって思ってたね」


そのときを思い出しているのか、彼が憂鬱なため息をつく。

でも、そう思いながらも律儀に付き合っている彼が容易に想像できて、微笑ましくなった。

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