「さて。
腹ごしらえも済んだし、次はカラオケに行くか」
「はい」
片付けをして店を出る。
楽しそうにゴミを捨てる私をコマキさんは笑って見ていて、性格悪いと思う。
でもそういう、普段私がやらない、普通なら当たり前のことが面白くて堪らないのだ。
少し歩いてビルに入る、カラオケ店に彼は私を連れてきてくれた。
「なんでも好きなモノを入れろ」
「はい……」
端末を前にしてふと気づく。
カラオケには来てみたかったが、私ははやりの歌などなにひとつ知らないのだ!
「えっと……。
コマキさんが、入れてください」
彼の前にもあるというのに、なんとなく目の前に置かれた端末を避けるようにそちらへと押す。
「せっかくカラオケに来たのに、自分で歌わないと意味ないだろうが」
彼は呆れているが、そのとおりだとは思う。
「別に歌が酷く下手だったとしても笑わないぞ。
それにきっと、二度と会わない相手だ。
旅の恥はかき捨てじゃないが、気にしなくていい」
その気遣いはとても嬉しくて、彼に対する好感度が上がった。
しかしながら問題はそこではないのだ。
歌は別に下手ではない。
けれど歌える曲があるのかどうかというのが問題なわけで。
「その……。
童謡、……とかもあるんでしょうか……?」
「は?」
一音発し、眼鏡の向こうで彼の目が真円を描くほど見開かれる。
「まさか、最近の歌を知らない?」
恥ずかしながらそれに頷いた。
「テレビとか……は俺もあまり観ないが、動画配信とか観ないのか?」
「テレビは教育放送とニュースくらいしか見ないですし、携帯も父が入れたアプリ以外、使用禁止だったので……」
「マジか」
さらに彼の目が大きく見開かれ、目玉が落ちてしまわないか心配になるほどだ。
でも、その驚きは当然だと思う。
観るもの、聴くもの、読むもの、すべて親に制限されてきた。
おかげで私は、戦前のご令嬢のように育っていた。
「んー。
じゃあ、これはどうだ?」
少し悩んで操作したあと、彼が端末を見せてくる。
そこにはモモエという歌手の曲が表示されていた。
「あっ、これなら知ってます!」
「だろ?
最近の音楽の教科書には、J-POPがけっこう載ってるからな。
じゃ、入れるぞ」
少しして音楽が流れだし、マイクを握る。
そうか、学生時代に習った曲を入れればいいのか。
そう気づき、急に気が楽になった。
その後、二時間ほどカラオケを堪能させてもらった。
「大きな声を出して歌うのって、気持ちいいですね」
音楽の授業以外で、こんなに思いっきり歌ったりしない。
これはたまに気分転換に来たいところだが、もう来られないのは残念だな。
「お気に召していただけたんならよかった」
からかうようにコマキさんが、にやっと笑う。
「コマキさん、歌がお上手なんですね」
私ひとりに歌わせるのはなんだしと時々コマキさんも歌ったが、これが惚れ惚れするほど上手いのだ。
「まあ、嗜む程度には?」
彼は笑っているが、こんな彼はきっとモテるんだろうなと思った。
カラオケのあとは、クレープを食べにいく。
「いろいろ種類があって迷っちゃう……」
イチゴは王道だが、チョコバナナも悩む。
さらにツナとかハムとか、お食事系も気になった。
「食べたいのをふたつ選べ。
俺とシェアすればいいだろ」
「いいんですか!?」
「ああ」
眼鏡の奥で眩しそうに目を細め、喜ぶ私をコマキさんは見ている。
その顔に、胸がとくんと甘く鼓動した。
「あっ、……じゃあ。
イチゴのクレープと、チョコバナナ、で」
「わかった」
小さく呟くように言った声を拾い、コマキさんが注文してくれる。
どきどき、どきどき。
心臓の鼓動が、速い。
「ほら」
「あ、ありがとう、……ございます」
熱を持つ顔を見られたくなくて、俯いた。
近くにあったベンチにふたり並んで座り、俯いたままちまちまとクレープを囓る。
「クレープの味はどうだ?」
「お、美味しいです」
嘘。
ときめきが止まらなくて、味なんてわからない。
これは私が、男慣れしていないからなんだろうか。
「食べるだろ?」
「えっ、あっ」
少ししたところで、コマキさんがクレープを差し出してきた。
慌てて受け取ろうとしたものの。
「ほら」
彼は渡さずに、それを私の口もとへと近づけてくる。
もしかして、このまま食べろと!?
そんなの、ハードルが高すぎる!
「なに固まってんだ?
ほら、遠慮するな」
しかし彼にとってこれは当たり前みたいで、引いてくれそうにない。
「じゃ、じゃあ」
諦めて、ゆっくりと口を開けて彼の持つクレープをひとくち食べた。
さっきから、自分の鼓動ばかりが耳につく。
「そっちも食べさせてくれ」
今度はあーんと口を開け、コマキさんが私を待っている。
どうしてこう、彼は私に難しい行為ばかりさせたがるのだろう。
しかし私が食べさせるまでそのままでいそうなので、覚悟を決めてその口に近づけた。
「やっぱ、イチゴもいいな」
「そ、そうですね」
残りのクレープを食べながら気づいた。
もしかしてこれは、ものすごく恋人同士っぽい行動なのでは?私はこんなに恥ずかしくて大変だったけれど、世の恋人たちはこれを平気でやっているなんて尊敬する。
それとも、慣れれば平気になるんだろうか。
しかし、私にはそんな時間はないので、一生理解できそうにない。
「クレープもたまに食べるとうまいな」
クレープも食べ終わり、ベンチを立つ。
「たまに……?」
彼の口ぶりからいって、嫌になるほど前に食べたって感じだが、そんなに食べるものなの?
「ああ。
一時期、妹から毎日のように付き合わされたんだ。
最後のほう、もう勘弁してくれって思ってたね」
そのときを思い出しているのか、彼が憂鬱なため息をつく。
でも、そう思いながらも律儀に付き合っている彼が容易に想像できて、微笑ましくなった。