三日後、イズルは
青野翼はこの結果に満足そうな表情を返した。
「天童大宇、万代家の第一人。堅物で、社交嫌いのが有名です。彼にお茶を誘われた人は指で数えられる程度。おめでとうございます。どうやら、CEOは気に入られたようですね」
「気に入られた以外にも理由があるだろ?例えば、オレがお前たちと繋がっているのを知ったから――」
「もちろん、彼は知っていますよ。ですから、お茶をチャンスに、寝返りしたほうがいいとCEOに伝えたいでしょう」
青野翼はタブレットを持って、何か操作をした。
「CEOは自分の価値を万代家に証明したおかげで、命の危険が解除しました。第一段階の任務はクリアです」
青野翼に見せられたゲームみたいな「ミッション完了」の画面に、イズルはフンと冷笑を返した。
「そんなことより、この間に頼んだ件はどうなっている?」
「あの勾玉の調査ですか?技術部は多忙なので、もう少し時間をいただければと」
「それじゃない、先日電話で頼んだ件だ――オレの家族の殺害命令を出した張本人、そして、実行する犯人の調査だ」
「それは、病院で初めて会った日にすでに申し上げましたけど、
「あの七人全員か?」
「間違いないでしょう」
「それはおかしい。全員も犯人だったら、どう見ても復讐目的のオレをすんなり受け入れると思えない。少なくとも、オレから見ると、あいつらは『団結一致』のようなことができない。オレの入族に明らかに不愉快と思う人と、その不愉快を愉快に思う人がいる。裏があるのに違いない」
「その言い方ですと、もう心当たりがありますね」
「ああ、そうだ。そいつを調べてくれ」
「分かりました。それも約束の一部分ですから」
青野翼はうなずいて、イズルの要求を受けた。
「そういえば、CEO」
ふいと、青野翼は調子をあげた。
「当初の目標は変わっていませんか?」
「当初の目標?」
「万代家を潰すことです。復讐相手を一部の人に絞るなら、もう万代家を潰す必要はないでしょう。うちの『会社』の運営にも影響がでるので、現在の目標が教えていただけると幸いです」
「……」
そのわざとらしい言い方に、イズルは少しムカついた。
「変わっていない。万代家を潰すことと、無実な人に危害を加えないこと、この二つは矛盾がない」
「なるほど。愛情って、すごい力を持っていますね」
何かを納得したように、青野翼はやれやれと嘆いた。
「何の話?」
イズルは怪訝な顔になった。
「だってそうでしょ。僕と出会ったときの、無差別殺人でもしそうな鬼形相だったCEOを、理性と道徳心を持つ人間に戻しました。リカさんは、本当にすごいですね」
その話の意味がやっと分かって、イズルは反射的に反論する。
「オレは、別にリカのことが好きでほかの人を見逃しッ……!」
話の途中、その反論こそ問題発言だと気づいた。
青野翼はフフと笑って、さらにる証拠を出す。
「まだ気づいていませんか?先ほど、CEOは事情を説明してくれた時、リカさんの悪口や文句を一つも言いませんでした。不思議とは思いませんか?数か月前なら、想像もできないことですよ」
「!」
「元と言えば、リカさんのせいで、CEOは大変面倒なことに巻きこまれたのです。CEOの家族のことに関しても、リカさんは直接な責任がないとは言え……」
「その件に関して、リカも被害者だ」
青野翼のリカへの発言からかなり不快を感じて、イズルはその話を断ち切った。
「さっそく、リカさんを庇うのですね」
「……」
「まあ、本人が『恥ずかしがっている』以上、これくらいにしましょう。でも、一応、協力者として助言をさせてください」
「……」
「CEOは大事な人を失ったつらい経験があります。そのようなことを二度と経験しないためにも、行動する前に、お気持ちと目標をきちんと整理したほうがいいと思います」
「……」
悔しいが、青野翼の言う通りだ。
確かに、リカのことで心が揺れている。
その気持ちを認めざるを得ない。
万代家を潰したいが、リカを守りたい。
なら、リカを万代家から分離するのは、一番いい方法だ。
でも、リカは?
自分のことをどう思っているのか?
万代家に恨みを持つ可哀そうな小馬鹿なのか?
頼りのない自意識過剰の小学中退お坊ちゃまなのか?
百歩譲って、自分のことが好きになっても、お姫様の責任が重いと感じていても、責任感が強くて、本当は人より一倍優しいリカは、生まれた家を捨てるようなことができないだろう。
リカのことで重くなった頭を抱えて、イズルはマンションに戻った。
14階に入ると、果実とクリームの甘い匂いが鼻に入った。
リカはパイを載せているプレートを持ってキッチンから出ている。
「リンゴパイを焼けたけど、食べる?」
リカを見た瞬間、イズルはなぜか顔が熱くなった。
「?」
その異様に気づいて、リカはパイを置いて、イズルに向かった。
「体の具合でも悪いの?ガイアリングの副作用かも知れない、身体検査をしたほうが……」
「大丈夫、お腹がすいただけだ。リンゴパイを食べよう。紅茶があるから、オレが淹れてくる」
いきなり緊張して、イズルはごまかすの笑顔を作った。
「そういえば、お料理を作るのが好き?」
白雪姫のリンゴの回を除けば、リカの作ったものを食べるのはこれで三度目。
毎回も外れなし、イズルの好きな味だ。
「別に、暇があれば作る程度。どっちかというと、人に食べさせるのが好き」
「へぇ、毒見のために?」
「……」
しまった!
リカに睨まれたら、イズルのフォークを持つ手がピッと止まった。
反逆心の慣性でつい不適当発言を……
でもなんと、リカはうなずいた。
「そうだよ」
「!?」
「今、あなたが食べたリンゴパイの中に、幻覚キナコの粉と、踊り草で作ったオイルが入っているの。3時間後の反応は楽しみだわ」
「……冗談だろ」
イズルの顔は真っ青になった。
「ええ、冗談だよ」
「笑えない……」
イズルは溜めた息を吐いた。
(真顔で話さないでくれ……)
イズルの見えない角度で、リカはちょっとだけ笑いを我慢した。
「もしかして、このリンゴパイって、例のお礼なのか?」
「リンゴパイだけでいいの?」
「もちろんよくない」
せっかくリカに要求できるチャンス、イズルは簡単に済ませたくない。
「足のほうはもう大丈夫?」
「もう腫れていないし、痛くもない」
「……じゃ、来週、オレに付き合ってくれ。行きたいところがある」
少し考えたら、イズルはいいことを考えた。
イズルの言ったところは、ある海浜公園だ。
イズルは遊船をレンタルし、サバイバルゲームの仲間たちを呼びんで、公園のキャンプエリアでバーベキューパーティーを開けた。
こんな場面にリカを誘って何の礼になるのか、イズル自身も分からない。
ただ、自分の世界をリカに見せたいと思った。
「あの日、港から戦車を運んでくれたのは彼たちだ。この間のことも、彼たちにちゃんと説明したいと思ってね」
イズルはリカを船に案内した時、もうすっかり夜になった。
秋の近くに連れて、残暑が弱くなり、夜はとても快適。
公園でバーベキューやピクニックをする人が多く、照明があちこちに灯っている。
子供たちのはしゃぎ声や人たちの談笑も絶えずに聞こえて、寂しい雰囲気が全く感じない。
二人は船に上がったら、楽しく食事をしている若者たちはたちまち向きを変えて、二人を迎えに来た。
「隊長!遅いぞ!」
一番出たのは軌跡。
リカは船にいる人たちを見まわした。
男性七人、女性三人、面識があるのは軌跡、奇愛、健、守、おっちゃん五人。
「お前たちのほうが早すぎるだろ。ったく、食事ときたらいつもこうだ」
「いや~久しぶりの隊長のおごりだから、遠慮しちゃだめだろ!」
手に骨付き肉を持っている健は、アハハと笑った。
「今日だけ、少し遠慮してもらいたい……」
イズルは隣のリカに視線を移した。
「お客さんがいる」
イズルがそう言うと、皆の注目はリカに集まった。
「ある意味、オレの上司のような人だ。彼女のことをオレのことだと思ってくれ。何があったら、オレを助けるのと同じように、彼女の力になってほしい」
「?」
その曖昧な紹介を聞いた皆はお互いに顔を見合わせて、要領を全くつかめない。
その時、誰かがはっと大きな声を上げた。
「なるほど、例の隊長が振られた人か!」
「!!」
「そうそう!」
奇愛は跳んできた、イズルの代わりに認めた。
「このお姉さんのことだよ!」
「お前、何を吹き込んだ……」
イズルは暗い目線で奇愛を睨みつける。
ほかの人は珍奇動物を見るような目でリカを観察しながら騒ぎ立てた。
「さすが隊長……いかにも高嶺の花のようなお嬢様ですね」
「でも、隊長も高嶺の草だと思うぞ!簡単に振られると思わない!」
「お嬢様、うちの隊長はかっこよくて、お金持ちで、仲間思いで、ちょっとああなところがあるけど、一応皆にすごく尊敬されてるし……一体、どこがお気に召されないのですか?」
「……」
「……お前たち、揃ってオレをハメるつもりか……」
イズルは眉間を掴んだ。
相次ぎ質問を投げられて、リカもなにがなんだか分からなくなった。とにかく、二人の関係を説明しようと口を開けた。
「振っていないけど……?」
「!」
その一言で、騒ぎは更に盛り上がった。
「振っていないって!」
「まだチャンスがあるぞ!隊長!」
「お前ら……食べ物でもいいテープでもいい、とにかく、何かでその口々を封じろ!」
イズルは鬼のように命令を下したら、ほかの人たちはやっと静かになった。