イズルが余裕そうな表情で会議室を出るところを見て、リカは一安心した。
七龍頭との初対面はうまく行ったようだ。
「ガイアリングの件は、もう大丈夫なの?」
イズルはリカの顔をじっくり見つめて、にっこりと無関係なことを聞き返した。
「その愛想のない表情は、祖父似かな?」
「……」
リカの祖父
イズルに戦車実験の許可を出したのも彼だった。
「睨まないでくれ。愛想はないけど、かわいくないと言っていないよ」
「意味が分からない」
リカに減点される前に、イズルは話を戻した。
「ガイアリングの破壊は不問となった。お土産の戦車は結構気に入ってくれた。お爺さまの前で、ほかの人が大人しく聞き手でいたけど、あの落合という男だけはいい顔しなかった。彼はずっとあの白先生に気を配っているようにみえるが、奴らがなにか繋がりがあるのか?」
「白先生は『いい人』。誰からみてもそういう人だ」
「なるほど……確かに、オレのことを暖かく歓迎してくれた……そういえば、お爺さまからお茶の誘いをくれた。それを本気にしていいのか?」
「滅多に暇のない人だから、一旦そう言ったら、本当の誘いだと思う……」
リカは分かっている。
祖父はイズルの価値を認めた。
彼を傘下に取り込むつもりだ。
マサルのように偉い人たちの駒にならないといいけど……
「どうした?オレの勝手な行動に怒っているのか?」
イズルはリカを思考から呼び戻した。
あの日、イズルはあかりからメッセージを受けたあと、あかりに詳しい状況を聞いた。
すると、イズルはあかりに
あかりは七龍頭と繋がりを持っていないけど、なんとか家の事務所で武内を見つけて、イズルの頼みを伝えた。
武内の手配で、リズルは天童大宇と直接に通信して、ガイアリングで戦車の実験許可を取った。
「祖父と話をしたいなら、私に連絡すればよかった。あかりはまだ小さい。これ以上彼女を巻き込みたくない」
「過保護だな。あの子はお前が想像したよりずっと有能だ。成長のチャンスを与えて、自由に飛ばせるべきだ」
「……」
リカは視線を逸らした。
イズルの話に一理があるが、
あかりには異能力がない、頼れる実の親族もいない。頭が良くても昇進し難しい。地位を固めるには、権力者にしがみ付くしかない。
「それより。お前はなんでここにいる?」
「?」
「病院、行かなくていい?」
イズルはリカの姿をじっと見て、苦笑をした。
「かすり傷よ。見た目よりひどくない。先ほど持ってきた消毒水をかけた」
「足もか?」
「足?」
イズルに言われて、リカははじめて気づいた。
左の足首が腫れている。
木の根に引っかかれて倒れた時の傷だろう。
リカはしゃがんで足首の状況を確認しようとしたら、その足がもう無感覚になって、体のバランスを支えきれなかった。
倒れそうな瞬間、イズルに受け止められた。
「!」
イズルはそのまま姫様抱っこでリカを持ち上げた。
「……なっ!」
リカが何かを言い出す前に、イズルは勝手に歩き出して、また別の質問を投げた。
「そういえば、なんでオレじゃなくて、奇愛に注文を出した?」
イズルが言った注文は、リカが使っていたマイクロ爆弾のことだ。
数日前に、奇愛は電話でイズルに新世界のことを伝えたついでに、リカからの注文を自慢した。
あかりからの情報に合わせて、イズルはリカのやろうとしたことを推測した。
奇愛の名義で、リカに「自社商品」を送った。
「お前の名義上の部下はオレだろ?オレは、あのじゃじゃ馬より信用できないのか?」
「信用するかどうかの問題じゃない。あなたはあくまで仮の部下、任務をさせない約束も……」
「ひょっとしたら、あかりのことと同じなのか?」
イズルはリカの話を断ち切った。
「オレを巻き込みたくない」
「……そう。私とエンジェたちのことは、万代家上層部の権力闘争の一部、深く関わらないほうがいい」
(やはりそうか。)
イズルはなんとなくリカの思考回路を分かったような気がした。
恐らく、リカは外見よりずっと繊細な人だ。
周りの人に対して、関係が近いほど配慮が深くなる。
リカは自分のことをよそ者扱いだと思っていたが、本当は、自分は想像したよりも近いところに置かれてるのかも知れない。
「つまり、オレを信用していない、わけじゃない」
「信用しなかったら、『あの爆弾』を使わなかった……」
リカはガイアリングで使った爆弾は、
「それは光栄だ」
自分の用心がちゃんと気づかれて、イズルはほっとした。
「やはり、後で届いた二箱はあなたからのものなのね」
「仕方ないじゃないか。『パートナー』は危険な境地落ちているのに、黙ってみていられない」
あかりはイズルの家に行った日。
リカは警告を出しながら、イズルに二つのものを見せた。
一つは、契約を記録した勾玉。もう一つは、盗聴器だった。
その盗聴器は、アヒルのぬいぐるみから見つけたもの。
リカは自分が監視されていることをイズルに伝えた。
そして、わざと冷酷な言葉を言って、二人の関係が悪いものだと、盗聴する人たちに思わせようとした――敵を欺くために、そして、イズルを危険から遠ざけるために。
イズルはすぐ理解した。
リカの話は盗聴器の向こうの人に聞かせるものだった。
自分に対して、口で警告や不信を言いつつ、最大な誠意――「契約の勾玉」をくれた。
リカはなにか面倒なことに巻きこまれた可能性が高い。
「お前にとって余計なことかもしないけど、そうでもしないと、オレのくだらないプライドが許さない」
「……」
くだらないプライドという単語が耳に入ったら、リカはクスと漏れそうな笑い声を我慢した。
ツッコミを入れず、イズルに穏やかな微笑みをかけて、素直に感謝を語った。
「余計なことじゃないわ、助かった。ありがとう。後でちゃん礼をするから、欲しいものがあったら言ってください」
「!!」
イズルは心臓の強い鼓動を聞いた。
リカが初めて自分に見せたその笑顔が、これまで食べたどんなスイーツよりも甘いような気がした。
「……」
おかしい、さっきまで自然にリカに触れた手が熱くなっている。
胸にもくすぐったい微熱が上がっている。
キュービットの矢とか変な異能力をかけられていないよな……
なら、この気持ちは……
もしかしたら……
「そろそろ降ろしてくれない?」
イズルが黙っていたら、リカは催促した。
「……足のケガは、面倒なものになりやすい。なるべく負担をかけないほうがいい」
少し緊張したけど、イズルはもう少しこのままでいたいと思った。
「ここは家の本拠地。この様子はほかの人に見られたら、変な噂になる」
なってもいい。
むしろ、なったほうがいい。
それで、二人の関係は仮にでも親しくなる。
いろんな意味で好都合だ。
……
というのが正直な考えだけど、イズルは口にしなかった。
「お前はこの家のお姫様だろ?このくらいのサービスは普通じゃない?」
「普通じゃない。それに、姫様と呼ばないで」
「なんで?女子は皆お姫様になりたいじゃない?婚約破棄されたけど王子様に溺愛されたとか、転生したら王女になったとか、女性向けランキングの常連でしょ」
「……なるほど……だからあんな行動やあんな発言を……」
リカは速やかにスマホを出して、減点メロディーを鳴らした。
「……オレのくだらないプライドのために言わせてくれ、好きで読んだわけじゃない……」
(どこかの「悪役令嬢」を攻略するために流行っている女性恋愛コンテンツを研究したけど、途中で心身とも苦しすぎできっぱり諦めた。)
リカはスマホを握ったまま、独り言のように呟いた。
「姫様になりたい人は、大体、本物の姫様のことをよく知らないでしょう……王女というものは、誰かの寵愛を受ける以前、国からの責任を背負っている。ただの憧れだったらいいけど、本気になろうとしないほうがいいと思う」
「つまり、お前は、『国の責任』を背負いたくないってこと?」
「……」
リカは沈黙した。
万代家の「姫様」でいるのは、彼女自身の意志ではない。
この役目がある故に、エンジェたちの標的になり、大事なものを失った。
リカの沈黙の意味を悟ったイズルは思わず聞き返そうとした。
「だったら、オレに……」
オレについてくれないか?
万代家を離れて、オレの味方になってくれないか?
「?」
「いいえ、なんでもない」
イズルは口から滑りそうになった話を飲み込んだ。
万代家の本拠地でそんなことを聞いたら、まずいだろう。
それ前に、ダメ元と知っていても、まだリカに拒絶されたくない……
まあ、いい、リカとの付き合いはこれからだ。
時間は、たっぷりある。