エンジェは昇進の祝いに購入した海浜高級マンションに戻ったら、エステサービスを部屋に呼んで、汚れた体を綺麗に整えてもらった。
イズルのナイフにやられた傷口も、軽傷と思えない大げさで医者に泣きついて、傷跡が残さないように丁寧に処理してもらった。
それからシルクのネグリジェに着替えて、真白なクィーンズベッドに身を投げた。
指先で数枚の宝石をいじりながら、携帯電話に向けて甘える。
「もう~そう怒らないで、あんた手下をちょっとだけ借りただけでしょ~家のルールに合わないけど、あたしたちの仲だもん、皆も分かってくれるのよ」
「俺たちの仲……皆も分かってくれる?どういう意味だ?」
電話の向こうから、不愉快そうな若い男性の声が響いた。
「知っている人は知ってるのよ、あたしたちの関係は。あら、まだ心配しているの?リカはもうすぐ消えるから、誰もあたしたちを責めないわ」
「……」
電話向こうの人の不満を感じたのか、エンジェはちゃらい口調を一変して、真面目そうに続けた。
「すべて、マサルちゃんのためよ」
「……」
「あたしはリカのことが嫌いじゃないわ。いいえ、友として好きだったの。けれども、リカより、あたしはマサルちゃんを選ぶわ。この家は腐っている。リカは何の異能力もないのに、生まれてから継承人の座を占め続けていた。マサルちゃんはいつまででも彼女のアクセサリー。あたしたちの将来のためにも、陳腐なルールを破らなければならない。それに、あたしがやりたいのはリカを家から追放するだけなのよ。彼女は平凡な人間だから、平凡の人間の幸せを見つけてほしいの。マサルちゃんも継承人の座も彼女にふさわしくない。あたしたちと争っても、彼女は幸せになれないでしょ」
「……」
マサルちゃんと呼ばれた男性はしばらく沈黙した。
それから、エンジェの話に納得したように肯定的な言葉を返した。
「そう、あなたの言った通り、俺は彼女のものではない。あなたの能力と気持ち信じるよ。感謝する」
エンジェは携帯に「チュウ~」をしてから電話を切った。
「馬鹿な男。リカなんかより、あたしのアクセサリーになったほうはあなたのためなの。たくさん~のアクセサリーの中で、三番目くらいにしてあげるわ」
そう言いながら、エンジェは携帯を白い絨毯に投げた。
「けれどもね、あのクズ男は、本当に『能力』を持ってるとは……やっぱりリカに渡してはいけないわ。まあ、またようこの『キュービット』の出番だよね」
イズルのことを企んでいたら、腕の傷がズキンと痛んだ。
彼女を殺そうとするイズルの凶悪な目線が頭の中から浮かんできた。
背筋が震えたけど、エンジェは負けを認めない性格だ。
「ふん!男なんて、所詮下半身で生きるものよ!美女とお酒があれば、母の名前さえ忘れるわ。もっと甘い匂いを匂わせば、のこのこついてくるもんよ!」
エンジェは布団の中からもう一台の携帯を取り出して、携帯スタンドに置いて、ショットムービーの録画を始める。
自分の一番美しい角度を見つけて、腕の包帯も画面に入れるように、ミロのヴィーナスのポーズをまねした。
エンジェの会社はある芸術「クラブ」を経営している。
クラブに入れるのは、彼女が認める若い男性のみ。
今取ったショットムービーはクラブのネットコミュニティにアップするもの。
「可憐な乙女は任務で負傷~今日は、どのくらいの『いいね』をもらえるかしら~」
***
微弱なの物音で、イズルは夢から目覚めた。
遮光カーテンは外をしっかりと遮断したので、時間がわからない。
あの反噬とかのせいで、夜中まで凍死しそうな体になった記憶が残っている。それから石化されたように、ぐっすり眠っていたようだ。
でも、反噬よりも厄介なのは、あの無様な姿をあの減点魔女の前に晒されたこと。
だめだ、一生の恥になる。
イズルは悔しそうに髪を鷲掴んだ。
唯一慰めになれるのは、胸に残っている妙な柔らかい温度……
そういえば、さっきから「ジュージュー」の音がした、それは何……?
「?!」
イズルの心臓が小さく跳んだ。
その音を知っている。
母がまだ生きている頃のことだった——
「神農グループ」の「ビジネス」を認めない子供のイズルは、早々反抗心が目覚めた。
学校をやめて、仕事も勉強しない。普段は自分の階層に籠るか、町で知り合った友達と狂ったように遊んでいた。
問題を起こしたことはないが、朝まで帰宅しないのはよくあることだ。
それでも、家で迎える朝に、必ず母の手料理が待っていた。
母は彼の帰宅時間を正確的に把握して、いつも彼の階層で朝の料理を作っていた。
イズルは毎回もその料理のいい匂いに負けて、ベッドから這い上がって、満腹まで食べていた。
それから母にお尻を叩かれて、シャワーを浴びて、身なりをきれいに整える。
たまに道外れでもいいけど、堕落してはいけない、それは母の理論だ。
その「ジュージュー」の音は、料理の音だ。
母はもうこの世にいないはず、一体誰が……
身なりの整理もせず、イズルは慌ててキッチンに駆けつけた。
目に入ったのは、台所の前に立っているリカの後ろ姿だ。
やっと思い出した。
リカは「キッチンを使わせてほしい」と彼に頼んだことがある。
イズルは外食主義、キッチンに全く興味ない。
リカを誘い出すために、外の地味料理ばっかり研究していて、家のキッチンに目を向けなかった。
それに、母がいなくなって以来、キッチンに入ったこと自体に抵抗があった。
知らないうちに、このキッチンはすでにリカの天地になったようだ。調味料、料理の道具、食器、全部リカが新しく持ってきたものだ。
リカはイズルの存在に気付き、振り向いて淡々に聞いた。
「もう大丈夫なの?朝ごはんは食べる?」
リカは黄金色に焼けた丸々なパンケーキを鍋からお皿に移して、テーブルに置いた。
テーブルの上に、すでに二皿のサラダ、二皿のハームと卵焼き、二杯のミルクが置いてある。
「……」
どうやら準備万全で、人だけを待っている。
イズルはほぼ無意識にテーブルの前まできて、椅子に座ろうとする瞬間――
リカは横から椅子を取って、イズルに「命令」した。
「シャワー、着替え、髪を整えて。食事はその後で」
その言葉でイズルは完全に目が覚めた。
一瞬、天国の母がリカに憑りついて、自分の世話をしに来たと思ったが、やっぱりリカだ。
身なりをきれいに整えて、イズルはやっと着席を許された。
「甘いとしょっぱい、どっちがいい?」
リカは二つのソース小瓶を指の間に挟んで、イズルの前に差し出した。
「……」
パンケーキの匂いが食欲をそそっているのに、イズルはソースの小瓶より、リカの手に注目した。
そ二つの小瓶を同時に指に挟んでいるポーズは独特で綺麗……ちょっとまねしたくなる。
ふっと注目点が間違っていると気付いて、イズルは「コッホン」して、気を引き締めた。
「リカさんは?」
「甘い」
「じゃ、先にどうぞ」
イズルは礼儀正しい笑顔でリカに譲った。
沈黙の食事がしばらく続けていたが、イズルの頭の中で、いろんな疑問がうるさかった。
反噬とはなんだ。
自分の力は?
リカの任務は?
家族の被害の背後にどんな秘密が隠されているのか?
母に偽装したあの女はリカとどういう関係なのか?
リカはすでに青野翼の背景を知っているのか?
……
どれも聞きたいけど、どれから聞けばいいのか分からない。
聞いたところで、リカは答えるかどうかも分からない。
この静かな雰囲気は不気味で非効率的。
早く破らないと……
確かに静かすぎる。
何かが足りないような気がする。
そうだ、リカと会話する度に鳴らされる減点のメロディーはまだ響いていない。
「そういえば、あの採点のスマホはどうしました?」
イズルはそう聞くと、寝室の方からごちゃ混ぜな着信メロディーが大きく響いた。
一つのメロディーは、コンサートのアンコールの常連曲、『ラデツキー行進曲』;
もう一つのメロディーは、旧正月の中華街でよく耳にする廣東音楽、『金蛇狂舞』;
同時に響いた三つ目のショパンの『夜想曲』は、喧嘩する前曲たちに見事に埋められていた。
「……」
イズルはフォーク曲げた。
軌跡、奇愛、青野翼、この三人のトラブルメーカーは約束でもしたのか?
お前らに構う暇はないんだ!
イズルはその噪音を無視した。
リカもそのバカでかい音を聞いないように、前の話題を続ける。
「減点は後だ。その前に、質問に答えてほしい」
減点しないルートはないのか……
ツッコミ気持ちはなくもないが、イズルはとにかく真面目な会話を優先した。
「生きるか、死ぬか、どっちを選ぶ?」
「……」
リカの質問を聞いて、イズルは即座に後悔した。
やっぱりつっこんでおくべきだ……
今度はシェークスピアか……
イズルが答える前に、リカは質問に問題があると自覚して、説明を加えた。
「生きる場合、プライドを捨てて、屈辱を耐えなければならない。死ぬ場合、苦痛なしでプライドを持ってあの世に行ける」
「生きるに決まっている」
イズルは迷いなく答えた。
「今のオレはプライドも何も持っていない。それは死ねば解決できる問題ではない。あなたも言っただろ、オレはやりたいことがある。生きていかなければならない」
そう、生きて、復讐する。
そのために、忍耐が必要だ。痛みや苦しみを受け止めるのは当然だ。
屈辱なら、お前からもう十分受けたんじゃないか。
その答えを聞いたリカは、何かを決意したように頷いた。
「分かった」
何が分かった?というより、何を企んでいる?
イズルはもやもやの気持ちを隠して、好青年の爽やかな笑顔を作り出して、リカに聞き返す。
「変な質問ですね。どうしてそんなことを?」
「あなたの人生観を知っておきたい。緊急な状況がある場合、あなたの意志を尊重するために」
意味がわからない。
そもそも、オレの意思に尊重したことがある?
リカに訴えても無駄な努力だと分かるので、イズルはこの話題をあきらめて、ほかの方向から探ろうとした。
「じゃ、オレ…わたしから、一つを聞いてもいい?」
「どうぞ」
どうぞ自由に聞いてください、答える保証はないけど……
リカの冷たい態度から、イズルは隠しセリフを読み取った。
それでも、聞かなければならい。
イズルは笑顔を維持しながら、さりげなく質問を口にした。
「彼氏いる?」