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12 毒舌パラダイス

「近藤さんに問題が……?まさか」

青野翼が持ってきた情報を聞いたら、イズルは眉をひそめた。

青野翼という人間を評価できないが、彼の情報なら価値があると思う。

それでも、長年の付き合いの管理員に問題があると言われて、信じきれなかった。

「彼はうちで二十年も務めていた。問題があったら、祖父や父は見過ごすわけがない」

「それは、お爺様やお父様の前でまともに働いていたからでしょう。でも今の状況が変わりました。頼りになれる主人がいないと判断したら、犬でも命令を聞けなくなります。まして人間というもの」

「……」

「でも心配しないでください。近藤さんは博司さんにあげたのは価値の無い個人情報だけです。怒るほどのものではありません。長年の情に免じて、円満退職させてください」

「……」

博司というのは、イズルの祖父の弟の息子、イズルの叔父でもある。

イズル生還のことを知ってから、積極的にアプローチしてくる。

利益のためにお節介になっているのは想像できる。でもイズル本人に悪意があるようにも見えない。

それより、青野翼の言葉から嫌味を感じる。自分は頼りになれないから、管理員が叔父のほうについたと言っているのだ。

ムカつくと思ったが、イズルは反論できなかった。

彼は頼りになれないのは事実だから。

その悔しさに目線が下に向けたら——

半分のリンゴが目に入った。

!?

リカは管理員の解雇を言ったんだ。

しかも、二回も。

まさか、管理員に問題があるのを知ったのか?

だったら、なぜはっきり言わなかった?


青野翼との電話がやっと終わって、イズルはベッドの下から盗聴器を出した。

壁に当てて向こうの音声を盗み聞く。

かなり時間が経っても音声がなかったので、イズルは部屋から出て、足音を忍ばせて隣のドアの前に来た。

「?」

鍵がかかっていない。

ドアに隙間がある。

暗黒家族のお姫様だから、普段ボディーガードとかに守られていて、本人の警戒意識が足りないだろう。

イズルは隙間から部屋内を覗いた。

リカは机に伏せたまま寝ているようだ。


寝たふりの可能性もあるので、入る前にイズルはまず言い訳を考えた。

管理員の解雇を決めた。リカへの態度が悪いから。リカは大事な家庭教師で大事な友達、リカへの無礼を許さない。

もしリカはその言い訳に納得できるなら、お詫びとして、彼女を地味なお茶にでも誘う。

うん、違和感のない言い訳だ。

イズルは安心して部屋に入って、静かにリカに接近した。

でも、その言い訳は役に立たなかった。

リカは目覚めていない。本当に寝ている。


まあ、それでいい。小馬鹿を演じる手間が省いた。

イズルはほっとして、この占領された部屋を観察する。

でかいスーツケースが見つからない。押し入れにでも入れたのか。

サーブルのカバンはベッドの横に立っている。

本棚に何個の紙ボックスが置かれている。

ベッドに何冊の本と、かわいらしい羊のぬいぐるみがある。

パソコンは机の上に閉じたまま。

ボックスやパソコンの中身に気になるが、今はリカの信頼を得るのは先で、下手に動かないほうが得策だろう。


先ほどリカに渡した資料も机に置いてある。

綺麗に三部にまとめられていてい、赤ペンで何か文字が書かれた。

読んだのか……?

なるほど、通りに寝たわけだ。

あの資料は催眠できるほど退屈なものだから。

自業自得じゃないか。

いたずら成功した子供のように、イズルはニヤッと笑った。

好奇心で資料を手に取って赤ペンを読んでみた。

「……」

「……」

しかし、ページめぐりと共に、彼の笑顔がだんだん消えた。

一部を読み終わったら、残った二部も手に取って急いで読んだ。

ここの資料に、三つのグループ会社の社員からのレポートが入っている。

リカは散乱した資料を会社別にまとめた。

その上に、すべてのレポートの一ページ目にコメントを入れた。

イズルへのコメントよりも辛辣なものだった。

「嘘ばかり、空想だらけな履歴、自己賛美、仕事内容に関する文字は一つもない、まともに仕事をやっていないのが分かる」

「五行で説明できることを五ページに書いた。紙とインクと電力の無駄。まとめる能力が全くない」

「簡単な問題なのにわざと複雑な解決方法を提示する。『俺すごいだろ』の過剰アピール。能力がないくせに大口を叩く。課長職に相応しくない」

「ロジックゼロ。文章力マイナス。国語からやり直すべき(そもそも採用されたのがおかしい、採用するほうの責任を問うべき)」

「おだて以外何も書いていない、まさに職場のガン、即解雇を勧める」

…………

真面目に読むつもりだけど、イズルは途中で思わず吹いた。

減点対象が自分でなければ、彼女の話面白く聞こえる。

その上に、どの指摘も適切と思う。

更に、早い。

…………

早すぎる。

イズルは異常に気付いた。

これだけの量のクソレポートを短時間で読み終わっただけではなく、それぞれのダメところをずばりと指摘した。

青野翼の資料によると、リカは16歳で某一流大学から卒業した天才少女。

さっきまでその情報の真実性を疑ったけど、どうやら本物のようだ。

少なくとも、読解力は本物だ。


融通が利かないのは傲慢の故か、要求が高いのは彼女自身を基準にしているのか。

でも本当に融通の利かない傲慢な人だったら、こんな茶番に付き合わないだろう。クソレポートを全部読んで分析して赤ペンまで入れる必要もないだろう。

彼女は一体――


今までリカとのやり取りは頭から次々と浮かんできて、イズル冷静にリカを分析し直した。

「契約をした以上、私は契約通りにやる」

態度が悪いけど、美味しい提案を断ったのも、コメントと減点を続けるのも契約通りのやり方……

「夜21時前にあなたのところに到着する」

火災警報器が鳴らされたのは、確か、21時前頃……

「分かった。明日に教える」

家庭教師の仕事を頼んだら、言われた通りにやった……

これは、傲慢なんかじゃない、「クソ真面目」だ!


よく考えてみれば、確かにそうだった。

契約と約束したことをちゃんと守っているけど、約束も義務もないことに対して、別の対応を取っている。

食事の誘いに付き合う義務はないから、全部断った。

管理員の怪しさを指摘するのは仕事じゃないから、はっきり説明しなった。

……

自分を万代家に取り込むのなら、普通に餌で釣るか、脅迫するだろ?

真面目に家庭教師をやって、自分の不愉快ばかり掻いたらどうする?


なんとなくリカの属性が分かっていても、やはり彼女の企みが見えない。

青野翼の資料に書かれていない重要なことがある。

リカが失敗した任務のことだ。

こんな仕事姿勢も頭も優秀なお姫様は一体どんな任務に失敗して、コンビニフードを食べるような境地に落ちたのか?

まあ、コンビニフードを食べるのは好みかも知れないけど。

(青野のやつ、よくもこんな不可解なものを拾ってくれたな)

イズルはリカの寝顔をもう一度見た。

無防備そうに寝ていて、手にまだ採点スマホを持っている。

黙っていれば、暗黒家族の魔女ではなく、ただのがり勉少女に見える。

イズルは半分のリンゴを思い出して、仕方がなさそうに口元を上げた。

(毒はあるかどうか、かじってみるしかないようだ)

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