スコアダウンのメロディーを聞いたら、イズルはやっと我に返った。
急いでリカを自分の寝室の隣の部屋に案内して、部屋から去った。
リカは荷物からパソコンを取り出した。
なんとなく何かをしたい気持ちはあるが、やる気がでない。
以前だったら、やる気がなくても「仕事」はどんどん飛んでくる。
レポートを確認&作成、任務を振り分け、任務を受け取る、会議で話し合う、行動計画を作る……一日は眩暈ほど早く終わる。
でも今は、やらなければならないことは一つもない。
連絡すべき人に全部連絡を入れた。
会える人にも全部会いに行った。
どんなに焦っても、価値のある返事が来ない。
「希望の道」は本当にと絶えたようだ……
リカは拳を握ったらまた解く。
最後に採点スマホを取った。
採点ルールを詳しく読んで、スマホの機能をいろいろ試してみた。
とりあえず、「ワナ」に見える仕組みはないようだ。
この付近はわりと新しく開発された地域。
大きいな道路は多いだけど、マンションと道路の間に緑地が挟まれている。夜になると、車もそれほど走っていない。閑静な雰囲気に包まれる。
火災警報の騒動は長く続かなかった。
あの管理員はうまく処理したのだろう。
これくらいのことに対応できなかったら、私家マンションの管理員に務められない。
「やはり、言うべきかな……?」
管理員のことを思い出したら、リカは眉をひそめた。
「私を入らせるつもりはないのに、しつこく情報を聞き出そうとした」
こんなマンションの管理員は芸能人や隣人のゴシップ話に嵌っているおじさんやおばさんではない。
初対面の人にあんな態度をとるのも管理員としてのマナーではない。
自分を断ったのは、恐らく、自分の背景とイズルの関係性を探るためだ。
「玉の輿」しか考えていないバカ女だったら、無理矢理を言って粘るかそのまま帰る。
でも、もし誰かの「使い」でくる場合、「上の人」に連絡する可能性がある。
冷遇された自分への対応を観察して、イズルと自分の関係性もある程度覗ける。
この管理人は合理ではない行動をとる理由は、「イズルより、ほかの誰かのために働いていること」を考えられる。
その誰かのために、彼は管理人の身分を利用し、イズルの周りの情報を探り出そうとしている。
決定的な証拠はないから、イズルに言っても、考えすぎと思われるだろう。だからリカはその話をしなかった。
でもやはり気になる。
過去の「仲間」の中にも、そのような人がいた。
彼たちに関係ないことでも、いつも詳しく聞きに来る。
心配性とか、好奇心とか、ゴシップ話好きとか、そのような言い訳をつけて、リカに付きまとう。
任務が失敗して、万代家に戻ってから、リカは初めて気づいた。「情報」は彼たちとの雑談対応のなかで流されたんだ。
任務を失敗に導いて、無実な仲間を危機に陥れたのは、ほかでもなく、自分の軽信と粗末だ。
***
暇のあるリカと違って、イズルは忙しい。
部屋に電気がついていない、パソコンだけが光っている。
イズルはスクリーンに集中して、いろんな情報を探っている。時にキーボードで何かを入力して、時にメモを取る。
そんな彼を邪魔するように、携帯から次々とメッセージの着信音がした。
やむを得なず、イズルは携帯を手に取った。
――全部、同じ人からの連絡だ。
電話、メッセージ、ボイスメモ……
「隊長、返事してくれ!」
「あのニュース、本当ですか?何があったんですか?」
「お前、本当に隊長なのか?!もしかして、彼の携帯を盗んだのか!」
「隊長はこんな風に話さない、お前は一体誰だ?隊長になにをした?!」
「これは警告だ。隊長に不利なことをしたら、俺たちは必ずお前を……」
問い詰める度に相手の怒りがエスカレートしている。
イズルは深くため息をついた。
相手の気持ちは分かる。でも、その人も、ほかの人たちも普通の家庭で生まれた普通の人間だ。
目の前にあるのは自分でも信じきれない非常事態。彼たちは関わったらどうする?
信頼できる仲間とは言え、今のイズルは自分自身を守る能力さえない。ほかの人を巻き込むのはごめんだ。
それに、隣にすでに暗黒家族の魔女が住んでいる。
いきなり、イズルの神経が何かに刺された。
彼は目線を部屋のドアに向ける。
――失策だ。ドアにロックをかけていない!
椅子から起こそうとした瞬間、ノックの音がした。
「!!」
考える暇はなく、イズルはパソコンの電源コードを抜き、携帯を引き出しに投げ、ベッドに転がった。
そして、寝ぼけそうな声で返事をする。
「うん……だれ……入っていいよ」
ドアは静かに開かれた。
リカの気配が部屋に入ったのを感じると、イズルは強い抵抗感があった。
まるで領地が侵されたみたい。
両親と祖父以外に、叔父叔母さえもこの階層に入れたことがない。
清掃スタッフは指定した時間とやり方でやってくれないと、二度とこの階層を掃除できない。
けど、今は生き延びるために、陰険な目で自分を監視する魔女を自由に出入りさせなければならない。
彼女の警戒心を解かせるために、間抜けな子犬も演じなければならない。
こんな屈辱は生まれて初めてだ。
「起きている?」
リカはふわっとした小さな声をかけた。
「……っ」
イズルはとぼけていて、寝かえりをした。
リカはベッドの隣まで来たのを感じる。
微かな紙の音がした。
リカは書類を取り上げたのだろう。
ベッドに散らばった書類は会社の人たちが提出したレポート。内容は自己紹介と普段の仕事のまとめ。
イズルは会社の人事を知るために、従業員たちに書かされたものだ。
まともなレポートはすでに整理して大事に保管した。
ここに散らばったものは全部読む気にもなれないバカバカしいものだ。
その書類を手にしたのは情報が欲しいだろう。
ゆっくり読んで憂鬱になるがいい。
イズルは内心でリカをあざ笑った。
突然に、布団の音がして、さっと風が頭に襲てくる。
?!
何をっ?!
危機を感じたイズルはの体は勝手に反応した。
彼はベッドから跳び上がって、片手で近寄ってくるリカの肩を掴む。もう一方の手でリカの手から布団を奪って、彼女をベッドに押し倒した。
あっという間に、二人の立ち位置が逆転した。
「!」
いきなり倒されたけど、リカの目はほんの少しだけ大きく開いた。
「!!」
心臓が強く跳んだのはイズルのほうだ。
ふっと我に返って、先ほどの状況を理解した。
たぶん……リカは彼に布団をかけようとしただけだ。
やばい、今の反応はやばい!
寝たふりをしたことと、彼女に警戒していることがバレてる。
この反撃能力は子犬CEOの設定と違う!
設定らしくない反応に適切な言い訳をつけるために、イズルの脳みそは高速回転し始める。
イズルは体も頭も早い方だ。
さっそく使えそうなシナリオをみつけた。
心臓の音、
静かな夜、
窓からの微かな光、
若い男女、
急接近、
曖昧な体勢……
この情景は、魔女との戦いより、悪役令嬢ロマンチックの展開に近いじゃないか!
今の自分は家族を失った不幸な青少年。
それでも世界を恨んでいない。
人の優しさを信じている。
明るい未来を信じている――
そういう設定を忘れてはいけない!
無能で無邪気なマスクを被って、魔女にアプローチしよう。
支配されやすいマヌケ、利用できる相手と思わせたら成功だ。
「オレ……わたし……」
イズルは歯を噛んで、プライドを捨てて、弱弱しい声を作った。
「怖かった……家族が、みんないなくなって……夜が怖い、眠れない……傍にいてくれないか、な……」
弱気を吐きながら、イズルはリカの腕と肩を掴んだ手を緩めた。
更に、頭を下げて、呼吸を感じる距離までゆっくりとリカに接近する。
光線が不足で、リカの表情がよく見えない。このシナリオを受けたかどうか、その呼吸と心臓音で判断するしかない。
……両方も、通常通り?
まったく動揺していないってこと?
嘘、だろ……?
イズルは自分の演技と魅力に一ミリの疑問が生じた瞬間、冷たい何かが首の皮膚に当てられたのを感じた。
冷たい、細い、平たい、硬い。
結論は、ナイフだった。