「普通に上がる方法はないのか?」
まだ訳が分からないが、扉の外にエレベーターの到着音が響いた。
それを聞いたイズルは寝室にダッシュして、猟銃をベッドの下に投げて、狂ったように眼鏡を探した。
眼鏡を手にしたら顔に押し付けながらまたダッシュで玄関の前に戻った。
扉を開ける前に、一度深呼吸して、焦る気持ちを抑える。
そして、自然そうな笑顔を作った。
「お姉ちゃん、ようこそ我が家に……電話をくれれば、迎えに行ったのに……」
「それより、私が来ることを管理員に伝えてほしい」
100Lもあるスーツケースのハンドルを収めながら、リカは無表情に返事した。
「……」
イズルはやっと思い出した。
マンションに戻る時に機嫌が悪くて、管理員にリカのことを知らせなかった。
(それでもこんな派手な上がる方法はないだろう。)
イズルは内心で文句をつけたけど、笑顔が変わらなかった。
「でも、管理員に言ってあげれば、彼たちはわたしに電話をくれます。火災警報器を鳴らすのはよくないと思います。消防士たちに迷惑をかけるから……」
「管理員に何回も説明した。私の名前とここに来る目的。でも入れてもらえなかった。電話もかけてもらえなかった。それから……」
言葉を整理するように、リカは間を置いた。
「『うちのCEOを目当てにする女は毎日百単位で来ている。お前の言い訳が下手すぎ、出直してきな』とかを言い放ったら、ジルちゃんとかという人に電話をかけた。『青野野郎は今日来ていない、夜這いなら今がチャンス、早く来て』ってあなたの好きなカラーとドリンクの話で盛り上がっていた。話しかけても聞こえないみたいで、火災警報くらいの音がしないと動かせないと思う」
「……」
「説明しても無理だったら、行動で私は嘘をついていないのを証明するしかない」
「……」
(管理員も管理員、何をやっているんだ!ジルちゃんって誰?夜這いとはなんだ!)
イズルの顔色も気持ちは真っ青。
幸い、リカは怒っていないようだ。
彼女の攻略を決めた以上、怒らせて、帰らせたりしてしまったら困る。
ここは好感度を上げるチャンスとイズルは思った。
彼女は不公平な待遇に怒っていないなら、代わりに怒ってあげよう。
女性を守ることは頼りになるれ男性がすべきことじゃないか。
そう思うと、イズルは憤慨しそうな表情を作った。
「酷いじゃないですか!リカさんはわたしの大事な客人です。今すぐ叱ってやります!」
「叱っても時間の無駄だと思う。即解雇を勧める」
眉一つも動かないままリカは解決策を提案した。
「……」
さすが暗黒家族の令嬢。
労働法というものは眼中にないようだ。
「上がってもいい?」
「どうぞ……」
慎重に言葉を選びながらイズルはリカを室内に案内した。
なんとなく彼女が追放されそうになる理由が分かった。
お金に強欲。要求が変に髙い。毒舌で態度が悪い。融通が利かない。器量が狭い。冷酷非情。行動が不可解。
追放されないほうこそおかしい。
心の中でいくらい不満があってもイズルの暖かい態度が変わらなった。
生存のために、復讐のために、どんな悪役令嬢でも落とす!
「あの、晩御飯は食べましたか?うちのシェフは5星ホテルからスカウトした人で、フランス料理が大得意です。ワインも1956年の……」
「来る途中で焼きそばを食べた。大盛で」
「デザートは?プリンがお好きでしょ?北欧から直輸入のミルクがあります。プリンを作らせてあげましょう」
踏ん張るイズルに、リカは手に持っているレジ袋を見せた。
「コンビニで買った」
「……」
「それじゃ、明日の朝ごはんは……」
「サラダとカレーパンも買った。冷蔵庫を使っていい?お湯ももらいたい」
「……分かりました。後でキッチンに案内します」
(5星シェフはコンビニフードに負けたとは……)
イズルは笑顔を維持できなくなった。
「そのスーツケース、重いでしょう。持ってあげます」
最後の悪あがきのつもりで、イズルは礼儀正しいホテルマンのように、リカのスーツケースに手を伸ばした。
けど、リカはスーツケースの向きを変えて、彼に触らせなかった。
「いい。それより、採点スマホを持ってきて」
「男を掴むなら胃袋から」ということわざは女にも通用すると思ったが、どうやら「女」には通用しないようだ……
あるいはリカという人間には通用しないのか……
イズルは灰色の気持ちで嫌でも採点スマホを取りに行った。
そのマイナス二万五千点のスマホを見たとたんに、心の灰から火がついた。
自分は雇用するほうだろ。なぜ子分のような態度をとらなければならない?一体どこが間違った?
スマホを拾った瞬間、その答えが閃いた。
そうだ!
彼女は暗黒家族の令嬢。お姫様のような存在だ。
かなり裕福な生活を送ってきているのに違いない。
豪奢な生活を狙う玉の輿の女と違う!
高級料理とかで釣られないんだ!
(相手への判断を間違ったとは、オレらしくない……)
イズルは悔いを改めて、考え直す。
彼女の食事をよく見てみろう。
焼きそば、コンビニのプリン、サラダ、カレーパン……
裕福のあまりに、庶民の食べ物に興味を持つようになった可能性が高い。
よし、決めた。
安いもので釣り上げよう。
食事も遊びも、地味のほうがいいだろ。
そうと思えばイズルはすぐ動き出した。
採点スマホをリカに渡したら、さっそく自分の携帯で「地味」「食べ物」「しょぼい」「デート」とかキーワードで検索し始める。
すると、意外に面白いネタが出てきて、思わず研究心が湧いてきて夢中になった。10分が経ったのも気付かなかった。
その時々不気味な笑い声を上げる後ろ姿に、リカは哀れな目線を送りながらも、採点スマホでスコアダウンのメロディーを鳴らした。