青野翼のやつ、自分の前であんな超然な態度だったのに、リカの前でよくも神経質な無能秘書を演じた。
「新登場」という組織に演技訓練でもあるのか。
イズルは「新登場」の情報をもっと要求したが、青野翼はそれをうまく回避した。
「綺麗ごとを見たいならいくらでも用意できますが、そんなものを見るより、今までのように『結果』を見せたほうが疑いの解消に役立つでしょう。僕の提案はCEOにどれだけありがたいものなのか、時間が証明してくれます」
青野翼が言った今までの「結果」は三つの「手土産」のこと。
爆発事件の後、イズルは病院のベッドで目を覚めたら、青野翼と自称する青年が現れた。
「新登場」という組織からの三つの「手土産」をイズルに渡した。
一つ目、家族遭難の知らせと犯人の正体;
二つ目、万代家に対抗するための協力の誘い;
三つ目、イズルは協力を承諾してから、神農グループの継承手続きを二週間で終わらせた迅速な対応。
神農グループは上場企業だが、基本的に血縁関係を持つ人たちが経営している。
決定権を握っているのはイズルの家族だったが、そのまわりに虎視眈々の親戚がたくさんいる。
イズル自身は経営に興味がなく、グループの仕事をしたことがほとんどない。それどころか、長年に戸外サバイバルゲームに夢中していて、学校にも行かなかった。
誰から見てもただのドラ息子。CEOの座を彼に継がせるのは認められないはずだ。
なのに、青野翼、あるいは彼が所属する「新登場」はただ二週間でその至難タスクを成し遂げて、CEOの座をイズルに継がせた。組織の名前はふざけているものだけど、組織そのものはただものではない。
イズルは神農グループで情報源を持っていない。
爆発事件があってから友達との連絡も一切断った。
青野翼と「新登場」のことを調べたくても調べる術がない。
これから、あの石頭の減点魔女と同じ家で暮らすことになる。彼女の監視下で動かなければならない。
更に動きにくくなる……
待って。
あの減点魔女は万代家の「長女」だ。
落ちこぼれになっても、異能社会や暗黒組織のことについて詳しいだろ。「宿敵」である「新登場」のことを知らないはずがない。
彼女は監視のつもりで来たのかもしれないが、逆にそれを利用するのもできる。
人に食われるのはイズルのキャラじゃない。
彼の枕の下に拳銃は三本。
ベッドの下にあるのはエロ本じゃない、武器と武器づくりの道具の山。やる気があればミニ戦車さえ組み立てられる。
机の中、床の下、天井の裏、押し入れの隅……この部屋に「凶器」のないところは存在しない。
万が一、減点魔女リカは彼に危害を加えようとしても、即座に彼女を制圧できる。
でも、今の状況から見れば、リカはしばらく手を出さないだろう。
家から追放されそうだから、あの巨額給料を考えてもイズルを生かすべきだ。
イズルには彼女と万代家が欲しいものを持っている。
付き添いの家庭教師になるまで監視をする目的も、彼を万代家に取り込むためだろう。
青野翼の言った通り、いい取引になる。
不本意だが、隙を見せよう。彼女は今ちょうど危機に落ちている。他人の優しさに一番動揺しやすい時期だ。すぐ食いつくかもしれない。
それに、イズルは自分の魅力に自信がある。たとえ色気を犠牲にしてもリカを吊り上げる!
一時的な屈辱を耐えて、リカの恋人でもなって万代家に入る。
それからじっくり復讐を……
イズルの頭のなかで復讐の道がだんだん明るくなっている。
その時、巨大な噪音が彼の想像を貫いた。
火災警報器の音だった。
「ジリンリンリンリンリンリン――!!!!!」
マンション全体の火災警報が盛大に鳴いている。
「火災?!まさか、また万代家が……?!」
以前、このマンションにはセキュリティチームがあったが、「新登場」と手を組んだ後、セキュリティを青野翼に任せて、以前のチームを解散した。
一階に管理員の一人や二人しかいない。異能力どころか、一般の襲撃も防げない。
青野翼は何をやっている!と問う暇もない。
イズルはベッドの後ろから猟銃を取り出して、玄関に駆け付けて、受話器の画面をつけた。
最初に飛び出したのは管理員おじさんの渋い顔。
「イズルさん!変な女がいます!」
おじさんは取り乱しているようで、泣きそうな口調で訴えた。
「名前も言わずに上がろうとしてて、断られたら火災警報器を……ぐぇ!」
画面の右側から人の手が入ってきて、管理員の頭を画面の外に押しきった。
その代わりに、リカのポーカーフェイスの横顔が画面に入った。
「名前は言った。そんなに話をしたいなら外で消防車を待つがいい。消防士たちに説明しろ」
管理員を追い払ったら、リカは画面の向こうのイズルに声をかける。
「今から上がるから、トリックやトラップがあったらさっさと解除して。面倒なことになりたくない」
イズルの返事も待たず、リカは身を翻してエレベーターに向けた。
「……何しに来たんだ」
イズルは呆然となって、返す言葉も見つからない。