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第60話



リゼットがドラゴンによって攫われた瞬間、豪華なパーティー会場は時が止まったかのような静寂に包まれた。だが、それはほんの一瞬のこと。次の瞬間には、激しい混乱が場を埋め尽くした。


「ドラゴンだ! 魔界のドラゴンが現れたぞ!」


「奴らは結界の外に出られないはずだろう!? なぜこんなところに!」


貴族たちのざわめきは波紋のように広がり、やがて恐怖と動揺の叫びへと変わっていく。豪華なシャンデリアの光に照らされながらも、その場に漂う空気は冷たく沈んでいた。


その中心に、赤髪の騎士エイデンの怒声が響き渡った。


「アレッタ嬢が攫われたなんて……! 私が間に入っていれば、こんなことには!」


彼の拳が重厚な大理石のテーブルに叩きつけられると、テーブル上の食器が跳ね、鈍い音を立てた。彼の瞳には怒りと後悔が渦巻き、その全身からは、どうしようもない無力感が滲み出ていた。


「皆、静まれ!」


その時、王の声が場を引き裂いた。厳然としたその響きは、混乱の嵐を一瞬で鎮めた。


「恐怖に飲まれるな! 感情に任せて喚いても、何も解決はしない。状況を整理し、次に取るべき行動を決めるのだ」


その毅然とした言葉に、貴族たちは次第に口をつぐみ、騎士たちも背筋を伸ばした。エイデンも荒い息を吐きながら渋々席についたが、その握り締められた拳にはまだ力がこもっていた。


---


一方、会場から自室へ戻ったクラリスは、ドレスの裾を引きずるようにしてベッドへ倒れ込んだ。彼女の肩は小刻みに震え、枕に顔を埋めたその姿からは、かすかなすすり泣きが漏れ出ていた。


「私のせいよ……」


彼女の声は弱々しく、まるで自らを責める呪詛のようだった。


「私のせいで……アレッタ嬢が代わりに……。どうして……どうして止められなかったの……!」


涙が彼女の頬を伝い、ベッドの白いシーツに染みを残す。その肩越しに立つアルファンは、しばらく何も言わず彼女の背中を見つめていた。


やがて、彼は低く落ち着いた声で口を開いた。


「クラリス、自分を責めるのはやめろ。 」


「でも……私を守るために、アレッタ嬢は……!」


クラリスは顔を上げ、涙に濡れた瞳でアルファンを見た。その表情には計り知れない罪悪感が刻まれていた。


「今必要なのは、彼女を信じて待つことだ」


アルファンの瞳は冷静でありながら、どこか温かさを含んでいた。


クラリスの震える肩がわずかに落ち着いた。彼女は涙を拭い、アルファンに向かって小さく頷いた。


「……ありがとう、アルファン。」


彼は微笑みながら、そっと彼女の肩を叩いた。


だが、アルファンが窓の外へ視線を向けた次の瞬間、わずかな気配が闇の中に漂った。


「……誰だ?」


彼の低い声が空気を切り裂いた。


窓枠の影に潜む人影が、月明かりに一瞬浮かび上がる。その男は、アルファンが目を細めた瞬間、無言のまま暗闇の中へと消えていった。


アルファンは窓を閉め、独り言のように呟いた。


「……やはり、この騒ぎの裏には何かがある」


その声は冷たく、まるで決意を込めた刃のようだった。 彼の背後では、クラリスが穏やかな寝息を立て始めていた。

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