冷たい石畳の広間にリゼットは放り出された。彼女の背後では、巨大なドラゴンがその鋭い爪を鳴らしながらうなり声を上げている。目の前には玉座があり、その上に座っているのは──。
「こ、こんにちは……」
その声は意外なほど弱々しく、リゼットは思わず目を
「えっと、ここは……?」
「魔王の城、です……」と玉座の上の男は、声を震わせながら答える。黒いローブに包まれたその姿は確かに魔王らしい威厳が……いや、全然ない。肩は丸まり、目元にはクマがあり、どことなく覇気が感じられなかった。
「あなた……クラリスさんでは、ないですよね?」
魔王は居心地悪そうに身じろぎしながら、ためらいがちに口を開いた。
「リゼットですけど?」 小首をかしげ、きょとんと答える。その無垢な表情に、魔王は一瞬言葉を失った。
「なんと……!」
その瞬間、魔王はまるで世界の終わりを悟ったように深々と頭を抱え込んだ。 玉座にもたれかかる形で崩れ落ちる姿は、まるで緊張の糸がぷつりと切れた操り人形のようだ。
「…ちょっと、大丈夫ですか?」
そのあまりの取り乱しように、リゼットは思わず声をかけたが、魔王の動揺は収まらず、低く唸りながら小さく震えている。巨大な玉座の上で頭を抱える魔王と、その様子を困惑しながら見守るリゼット。
その光景はあまりにも異様で、リゼットは自分が何を巻き込まれているのか、ますます分からなくなっていった。
「本当に申し訳ありません!」魔王は玉座から転げ落ちる勢いで土下座をしながら叫んだ。
「これは完全に手違いで……! あなたを
リゼットは呆然と立ち尽くしたまま、ぽかんと魔王を見つめた。
「……手違い?」
「はい!」魔王は顔を上げて、必死に弁明を始めた。「本当は、クラリス様を
「クラリス様と私を、間違える?」
リゼットは自分の姿を見下ろす。現在はアレッタ令嬢の姿で黒髪のキリっとした美人だ。対してクラリス様は、金髪の可憐な少女で、見間違える要素などない。
「ドラゴン、目が悪いので……本当に申し訳ありません……」
魔王は申し訳なさそうに縮こまり、再び深々と頭を下げた。
リゼットはしばらく無言で魔王を見つめた。確かにドラゴンはクラリス様を狙っていたが、偶然その場に居合わせたリゼットが割り込んだために
「それで……私はどうなるんです?」
「そ、それが……」魔王はおずおずと顔を上げる。「あなたをすぐにお返ししたいのですが、実は、私も立場が弱くて……ある人に脅されて
リゼットは深くため息をついた。
「つまり、
魔王は情けなさそうにうなずいた。
「ですが、できるだけ早く解決策を見つけます! 本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません!」
ひたすら謝罪する魔王に、リゼットは困惑を通り越して笑ってしまいそうだった。
「……まあ、しばらくここにいるしかないみたいですね。何かあれば相談しますので、とりあえず落ち着いてください。」
「ありがとうございます……!」
魔王の安堵した表情を見て、リゼットは苦笑いを浮かべた。どうやら、