クラリスは反射的に振り返った。目の前に立っていたのは、血のように鮮やかな赤髪をたなびかせる騎士だった。彼から放たれる鋭い殺気は、凍りつく風のように周囲を支配していた。その赤い瞳には鬼神のような覚悟が宿り、視線の先には巨大なドラゴンが静かに待ち構えている。
騎士は震える手で剣を強く握りしめていた。怒りからくる震えなのか、それとも無謀な覚悟の現れなのか、クラリスには分からなかった。
その時、大地が激しく揺れ、クラリスは足を踏みとどめることができず、片膝をついた。身を縮め、耳を塞いでも、恐怖が身体を包み込む。冷たい汗が背筋を伝い、心臓が激しく鼓動し、全身が震える。視界が歪み、思考が途切れそうになる中で、騎士の叫びが耳を貫いた。
「だ……だめだ……!行かないでくれ……アレッタ様ぁぁ……!」
赤髪の騎士は、何度も何度もその名を呼びながら、膝をついて崩れ落ちていった。空を見上げるその瞳には、もう何も映っていないように見えた。
クラリスはその姿をただ見守ることしかできなかった。視界からドラゴンの姿が小さくなり、やがて消えてしまう。
自分が無力であることを痛感し、ただ見守ることしかできなかった。
その無力感が、胸に痛く突き刺さった。
突然、強い力でぐっと引き寄せられた。温かく頼もしい腕が、クラリスをしっかりと包み込んでいた。
「アルファン様……」
震える声で彼の名前を呼ぶと、アルファンが心配そうに彼女を見つめていた。
「すまん……怖い思いをさせて」
アルファンの手が、そっとクラリスの頭に触れた。その手は重さを感じさせず、優しく髪を撫でながらゆっくりと滑る。指先が柔らかく彼女の髪をすくうたびに、クラリスの心は少しずつ落ち着いていく。
アルファンの腕の中で、クラリスは胸の奥に溜まっていた恐怖が徐々に溶けていくのを感じた。