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第56話


なんて美しい光景なのだろう…。


胸の奥がじんわりと温かく、心が浮き立つような高揚感にクラリスは包まれていた。

目の前には、この世で一番大切な人――アルファン様がいる。

彼の穏やかな微笑みが、自分に向けられていることがたまらなく嬉しい。

その表情のひとつひとつに、彼の深い愛情が滲み出ているようで、胸が締めつけられる。


まるで夢の中を漂っているような気分だ。

ステップを踏むたびに、アルファンとの距離が縮まっていく。

そのたびに、胸の鼓動は早鐘のように高鳴り、心臓が飛び出しそうなほど熱くなるのを感じる。


息が自然と速くなり、目を逸らせず彼を見つめてしまう。そうすると、まっすぐな瞳が、優しく自分を見つめ返してくれる。

その視線はまるで吸い込まれるような深さで、クラリスは思わず祈ってしまう――

この瞬間が永遠に続きますように、と。


しかし、幸せな夢のようなひとときは、一瞬にして砕け散った。


突然、足元の床が低い唸りを上げ、会場全体が大きく揺れだしたのだ。

クラリスは体がぐらりと傾くのを感じ、慌てて踏ん張ろうとしたが、予想以上の揺れに足がすくんでしまう。


「クラリス!!」


アルファンの叫ぶ声が耳に届き、彼に向かって手を伸ばした。

だが、その姿が見えたのも一瞬のこと。

人々の波に飲まれてしまい、クラリスの目の前からアルファンの姿が遠ざかっていった。


「アルファン様!」


必死に彼の名を叫んだが、周囲のざわめきと喧騒にかき消されてしまう。

まるで夢から現実へと無理やり引き戻されるかのように、クラリスの耳に割れるガラスの鋭い音が響き渡った。


「きゃあああっ!」


次々と上がる悲鳴の連鎖が耳をつんざき、恐怖と混乱の声が会場中に広がっていく。

振り返る間もなく、窓ガラスが粉々に砕け散り、冷たい風が会場内を荒々しく駆け抜けた。

砕けたガラスの破片が床一面に散らばり、まるであの幸福な瞬間が幻だったかのように、残酷な現実がクラリスを飲み込んでいく。


目の前で何が起こっているのかすら理解が追いつかない。

恐怖が足元からじわじわと這い上がってきて、凍りついたように体が固まる。


そのとき、不意に自分を呼ぶ声が耳に届いた。


「クラリス様!!危ない!」


クラリスの視界に、黒髪の女性が飛び込んできたのだ。

彼女の凛とした姿は、一瞬でこの混乱の中に光をもたらすかのように見えた。


だが、クラリスが彼女に気づいたその瞬間、轟音とともに影が覆いかぶさり、

彼女の姿がまるで風に吹き飛ばされるかのように消えてしまった。


「き、消えた…?」


震えながら声を漏らすその瞬間、背後に不気味な気配が迫っているのを感じた。

恐る恐る振り返ると、視界に飛び込んできたのは、想像を絶する大きさの黒い影だった。


巨大なドラゴン――その体躯は、まるで山のように大きく、

悠然と翼を広げて空を覆い尽くすように広がっている。

漆黒の鱗が光を吸い込み、闇のように深く、冷たい金色の瞳がこちらをじっと見据えていた。

その瞳はまるで鋭い刃のようで、目を合わせた瞬間、背筋に寒気が走り、思わず息が止まる。


その瞳に捉えられた瞬間、クラリスの背筋に寒気が走り、息をすることすら忘れてしまった。


まばたきする間もなく、ドラゴンの巨体がゆっくりと動き出す。

その一挙一動に合わせて地面が微かに震え、クラリスの恐怖は頂点に達した。

胸の鼓動が耳をつんざくように鳴り響き、言葉を失い、ただその場に立ち尽くすことしかできない。


次の瞬間、ドラゴンの鋭い爪が空を切り裂き、鋭い音が響く。

その爪の先には、先ほどの黒髪の女性が捕らえられていた。

彼女は必死に腕を伸ばし、こちらに向かって何かを叫んでいる。


「アレッタ様!!今お助けします!」


隣から突如として鋭い声が響き渡った。


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