会場は、人々の楽しげなざわめきが空間を満たしていた。華やかなドレスやタキシードが行き交い、まるで絵画の中にいるかのような錯覚を覚えるほどだ。
その光景をぼんやりと見つめながら、リゼットは思わずため息をついた。「どうしてこうなったんだっけ…」と心の中で呟く。
アレッタ令嬢が「今日はどうしても行きたくないの!絶対に行かない!」とわがままを言ったせいで、今、彼女はこの場にいるのだ。彼女の気まぐれに振り回されるのが、すっかり日常になってしまったことに、リゼットは少し苦笑いを浮かべる。
昨日もまた、リゼットはこの令嬢に振り回されていた。
その日は、アレッタが大きな鏡の前でドレスを試着しては、嬉しそうに回ったり、ため息をついたりしていた。彼女の部屋は、色とりどりのドレスが無造作に散らばり、靴やアクセサリーが床に転がっている。リゼットはそんな光景を見て、心の中で「これが何度目のやり直しだろう…」と呟く。
「リゼット!これ、どう思う?今日のお茶会に着ていこうか迷ってるんだけど、やっぱり違う気がするわ!もっと華やかなのがいいかしら?でも派手すぎると目立ちすぎるし…ああ、どうしよう!」と、アレッタは次から次へと悩みを口に出し、目を輝かせてリゼットに相談していた。
「アレッタ様、こちらのドレスも素敵ですし、派手すぎないと思いますよ。お茶会にはちょうどいいかと…」リゼットはにこやかに微笑みながら答えるが、アレッタはその答えを耳にするや否や、「でも、それじゃ地味すぎるかもしれないでしょ!リゼット、やっぱりこれじゃダメよ!もっと輝きが欲しいの!」とすぐに反論し、また新しいドレスに手を伸ばす。
「はい、もちろん、アレッタ様のおっしゃる通りです」とリゼットは優しく返すが、その内心では「本当にこのわがままさには、手を焼かされるわ…」と、途方に暮れる気持ちが膨らんでいた。
さらに、アレッタはふと顔を上げて、「リゼット!急に甘いものが食べたくなったわ。昨日のケーキの残りを持ってきてくれないかしら?でも、今すぐにね!」と、今度はドレスの悩みから一転、スイーツの話題に切り替わった。
「ええ、すぐにご用意いたします」とリゼットは深々と頭を下げ、部屋を出る準備をする。しかし、ドアを開ける前にアレッタはまたもや「あ!やっぱりいいわ、ケーキじゃなくて、紅茶と一緒にフルーツがいいかもしれないわね。それと、昨日の紅茶はちょっと渋すぎたわ。今日はもっと優しい味のものにしてちょうだい!」と追加の注文を矢継ぎ早に投げかけてくる。
「かしこまりました。フルーツと優しい味の紅茶ですね」とリゼットは微笑みながら、アレッタの無茶な要求に慣れている自分を少しだけ憐れんだ。心の中では「もう、どうなってもいいから早くこの仕事を終わらせたい」と叫んでいる。
そう、これが彼女の日常だ。アレッタ令嬢の気まぐれで振り回されることは、リゼットにとってはもはや当たり前で、わがままを聞きながら、心の中で「あと何時間これが続くのだろう…」と静かに考えていた。
リゼットが廊下を歩いていると、遠くから軽やかな声が聞こえてきた。エイデンだ。彼はいつも笑顔を浮かべ、誰にでも気さくに話しかけるその調子で、貴族の令嬢たちを楽しませていた。彼女たちの笑い声が響くたびに、リゼットは眉をひそめた。
「美しいお嬢様方、もう少しこちらに寄っていただけますか?危険な男たちがたくさんいますからね」と言いつつ、エイデンはその「危険な男」の代表のように、周りの女性たちにウィンクを飛ばしている。リゼットはその姿を見て、内心で呆れつつも、彼のことを熟知しているだけに、どこか馴染みのある光景だとも感じていた。
しばらくして、エイデンはリゼットに気づくと、彼女のもとに近づいてきた。
「リゼット、久しぶりだね。相変わらず…うん、まあ安定の落ち着きだな。」彼はそう言って、からかうような口調で話しかけてきた。その一言に、リゼットは思わず口元を引き締める。
「ええ、変わりなく過ごしていますよ。今日も絶好調ですね?」リゼットは半ば冗談めかして問いかけた。
すると、エイデンはいつもの調子で大げさに両手を広げ、「もちろん!最高の調子さ!」と返す。彼のその無邪気な笑顔に、リゼットは思わず苦笑いを浮かべた。
リゼットは内心で軽く溜息をつきながら、「本当にあのプロポーズは何だったんだろう…」と思った。彼は昔、自分に真剣な目で花を差し出して「これを君にあげる!だから、将来結婚しようね!」と言ってくれたのに、今ではこの様だ。
「まあ、君とは違った意味での特別な関係だから、安心してくれよ。ほら、熟年夫婦みたいなもんだろ?」エイデンは軽やかに肩をすくめて言った。
「…熟年夫婦?」その言葉に、リゼットは思わず苦笑いを浮かべた。どこか自分の気持ちを冷静に保つための行動でもあった。
彼は「ああ!」とにっこりと微笑む。彼が真剣に何かを感じ取っているわけではないことは、もう分かっていた。むしろ、彼の脳内ではきっと「次はどの令嬢に声をかけようか?」と計算が始まっているに違いない。
そして案の定、エイデンはもう一度、周りに集まる令嬢たちに視線を送り、軽く手を振りながら「またな、リゼット!呼ばれてるから、行ってくるよ!」と言い残し、颯爽と歩き出した。
「はいはい、行ってらっしゃいませ、騎士様…」リゼットは苦笑いを浮かべながら、彼の背中を見送り、小さくため息をついたのだった。