「あの…殿下」
「なんだい?クラリス」
アルファンはいつものように優しく微笑みながら、彼女を見つめた。
「私って…また閉じ込められるんですか?」
クラリスは少し眉をひそめ、戸惑いの色を隠せなかった。
朝起きたら部屋から出られなくなっていたのだ。鍵を開けて外に出ようとしても見えない壁に跳ね返されてしまう。一体何が起こっているのだろうか。
アルファンは一瞬だけ目をそらし、少し考え込むように唇を軽く噛んだ。彼女が今まで城内を自由に歩き回っていたのは束の間の平和だったのかもしれない。アルファンの稽古を見たり、侍女たちとも軽い会話を交わしたりして、思っていたよりも自分は好意的に受け入れられていると感じていた。それだけに、この「閉じ込められる」ことが急すぎて、彼女は少し困惑していた。
「そのことだがね、クラリス」
アルファンの声は一層低く、穏やかでありながら少し緊張が滲んでいた。
「やっぱり部屋の外はキミにとって危険すぎるんじゃないかと思うんだよ」
「?!」
クラリスの目は大きく開き、彼の言葉に驚きを隠せなかった。
「何言ってるんですか、殿下?」
「まだ城内には私を良く思っていない者たちが残っているんだ。それに、反乱の時、キミが突然痛みを感じたのを覚えているだろう?」
「はい…でも、それが今と何の関係が…」
「実はあれは、呪いなんだよ。『滅痛咆哮(めっつうほうこう)』という呪いで、詠唱とともに相手に生と死の狭間で苦しませるほどの痛みを与える魔法だ」
「め…滅痛咆哮(めっつうほうこう)?」
クラリスは驚きに満ちた表情で天井を仰いだ。
( ああ、そうだ。この世界には魔法が存在していたんだ。)
設定をすっかり忘れていたけれど、こうやって再び現実として目の前に現れると、すごく唐突な感じがした。
「その魔法は王族しか使えない。しかも、使えるのは私の弟だけだ」
「え…アルファン殿下の弟?」
クラリスの脳裏には、反乱の時に紫の髪に緑の瞳を持った男の姿が浮かんだ。
「だから、キミが外を自由に歩き回るのは危険だ。部屋にいれば、結界も張ってあるし安全なんだよ」
( 結界…私の部屋はそんなものを貼られたのか。)
アルファンの真剣な表情に、クラリスはため息をついた。彼の心配が真実であることは理解している。しかし、まるで自分がか弱いお姫様のように扱われていることに、どこか不満が残った。
「殿下、考えすぎですよ。弟さんがそんなことをするわけがないじゃないですか。殿下の無実を晴らしたのも、弟さんなんですよ?」
彼女は、少し笑みを浮かべながらそう言ってみたが、アルファンの表情は変わらない。
「いや…あいつは裏で私の王位を狙っている。だから、キミにも害をなそうとしているに違いないんだ」
「そんな…」
たしかに、反乱の時、あのリオネルという男が何かを呟いた瞬間、彼女の体に耐え難い苦しみが走った。あの痛みは本当に恐ろしかった。
「だから、キミを守りたいんだ」
アルファンの声には強い決意がこもっていた。
その言葉に、クラリスは思わず胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。彼の本心は明らかに彼女を心から守りたいという気持ちから来ているのだ。そう気づいた瞬間、彼女の頬は少し赤くなった。
「殿下…私、ただ閉じ込められるのが嫌なだけなんです」
クラリスは少し照れ臭そうに目を伏せながら、そう言った。こんなことを言うのは恥ずかしかったが、それが正直な気持ちだった。
アルファンは彼女の言葉を聞いて、微笑んだ。
「じゃあ、私がキミのそばにずっといればいいんじゃないか?」
そう言うと、アルファンはさりげなく彼女の手を取った。驚く間もなく、その温もりがクラリスに伝わり、彼女の心臓は急にドキドキと激しく脈打ち始めた。
「そ、それはまた別の話です!」
慌てて手を引こうとしたが、アルファンの握りは思ったよりも優しく、それでいてしっかりしている。クラリスは何も言い返せず、ただ顔がどんどん赤くなるのを感じた。
彼の手の温もりがじんわりと伝わり、彼女は俯いたままその感触を感じ続ける。胸の奥で静かに広がる動揺。どうしていいのか分からず、ただ無言でいるしかなかった。
ふと顔を上げると、アルファンが少し得意気な笑みを浮かべている。クラリスの頬はさらに熱くなる。
彼女はその温かい手の感触と彼の視線に耐え切れず、再び視線をそらしながら、心の中で恥ずかしさと同時に、微かな喜びを感じた。彼の意図がどうであれ、今はただその瞬間の温もりに身を委ねていたかった。