「くっそ、あの変態王子が…!」
ユリウス・グレンは歯を食いしばり、内心で毒づいた。王子に忠誠を誓う専属騎士という表向きの顔は、ただの仮面に過ぎない。その裏に隠された正体は、国中に名を轟かせるほどの大怪盗ジョーカーだった。
彼は完璧に別人を演じていた。体格、声、振る舞いのすべてをユリウス・グレンとして作り上げ、誰一人としてその正体に気づいていない。
忠誠心など偽りだ。今、彼は城に潜り込み、密かに計画を進めていた。クラリスを連れ戻すための大胆かつ巧妙な作戦が、静かに動き出していたのだ。
「絶対許さねえ…あの野郎、俺のクラリスにベタベタしやがって!」
ジョーカーは訓練場での一幕を思い返し、体中の血が煮えたぎるのを感じた。アルファン王子がクラリスに近づく姿──ただ近づくだけならまだしも、まるで自分のものかのように彼女に触れ、しかも額にキスまでしていた!
「ああ…!腹立つ」
心の中で叫んでも、現実には何もできない自分に腹が立つ。
ジョーカーは拳をぎゅっと握りしめ、冷静さを失いそうになる。何度も城に潜入し、使用人に変装してクラリスを救い出そうとしたが、ことごとく失敗に終わっている。いつもあと少しというところで、なぜかあの王子が不気味にタイミングよく現れて邪魔をするのだ。まるで、何か超自然的な力でも使って自分の計画を察知しているかのように。
「どう考えてもあの王子、まともじゃねえ…」
つい先日、ドアの隙間から覗いたときのことが頭にちらつく。アルファンは鏡の前で、自分のシャツのボタンをブチッと勢いよく外していた。そして、ボタンを外した瞬間、鏡越しに見えたがニヤニヤしていたのだ。
「…変態だ、間違いなく変態だ…!」
アルファンがクラリスを「守る」と言いながら、彼女を部屋に閉じ込めようとする行動は狂気そのものだ。全ての使用人を遠ざけ、彼女の生活を完全に管理しようとしている。クラリスだって、こんな異常な状況から逃げ出したいに決まってる!
「俺がクラリスを連れ戻さなければ、あいつは彼女を一生閉じ込める気だ!」
ジョーカーは決意を新たに、拳を固く握り締めた。時間がない。今こそクラリスを救い出さねば──しかし、ふと疑念が頭をよぎる。
「…クラリスが、あの王子のことを気にし始めてるなんてこと…ないよな…?」
ジョーカーはその不安を振り払おうとする。いや、そんなはずはない。クラリスは一途な女性だ。あの王子の安っぽいイケメン演出に引っかかるような人じゃないはずだ。
でも…あの時のクラリスの顔…確かに、少し赤かったような…。
ユリウスは冷や汗をかき、何もない空間に視線をさまよわせた。ま、まさか?!いや、いやいやいや、そんなはずはない!でも、でも…!
「ち、違う!そうに決まってる!俺が…俺が救い出さないと!」
自らの葛藤に苦しむジョーカーは、一人その場で頭を抱えた。胸がズキズキと締め付けられるような痛みを感じながらも、彼は心の中で叫び続けていた。