夜の闇に包まれた町は、まるで深い眠りに落ちたかのように静まり返っていた。クラリスは、荒い息を吐きながら、ようやく城下町へとたどり着いた。
遠回りし、人気のない道を選んだせいで、辺りはすでに真っ暗だった。静寂に支配された街に灯る数少ない明かりが、どこか心細く彼女を照らしていた。
振り返ると、城は遥か彼方にぼんやりと見えるだけ。追手の気配も感じられない。ようやく安堵の息を吐いた。
だが、その瞬間、静寂を打ち破るように激しい蹄の音が響いてきた。胸の鼓動がさらに速くなり、彼女の体中に血が駆け巡った。
「まさか…」
直感が告げる。追ってきたのは彼だ――その確信がクラリスの胸に突き刺さり、逃げるしかないと彼女を駆り立てた。
心臓が再び激しく鼓動を打ち、体中の血が騒ぎ立てる。逃げ切らなければ――その思いだけが彼女を駆り立て、息を切らしながら、裸足で夜の街を駆け抜けた。慌てすぎていつのまにか靴を落としてしまったようだ。
足の裏に伝わる冷たい石畳の感触は鋭く、痛みが体中に響いたが、それでも振り返ることはできない。
「クラリス!待ってくれ…!」
アルファンの声が背中越しに響いた瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走る。彼の声には、ただの命令ではなく、彼女を取り戻そうとする強い感情がこもっていた。
彼の叫びに応えたくなる衝動に駆られながらも、クラリスは必死に足を動かし続けた。
彼に捕まれば、またあの苦しみを味わうことになる――その思いが彼女を走らせる。
だが、彼女が角を曲がったその瞬間、力強い手が彼女の腕を掴んだ。クラリスは驚き、勢い余ってアルファンの胸に倒れ込んだ。温かく、強い鼓動が彼の胸から伝わってくる。
「どうして逃げるんだ、クラリス…」
アルファンの低い声が、彼女の耳元に優しく響く。彼の息遣いが、彼女の背中に触れ、その温もりに包まれた瞬間、クラリスの心は一瞬で溶けてしまいそうになる。
振り向けば、彼の瞳が真っ直ぐに彼女を見つめていた。その瞳には、彼女を決して逃がさないという強い意志が感じられる。
「私は…あなたを…」
言葉が喉に詰まる。彼の感情に触れるたび、彼女の心は激しく揺さぶられ、もう隠すことはできなかった。
その恐怖がクラリスを突き動かした。もし、このまま彼に捕まってしまえば、もう戻れなくなってしまう――その思いが彼女を駆り立てた。
「離して…!」
クラリスは反射的にアルファンを強く突き飛ばした。彼の腕が離れた瞬間、彼の驚いた表情が一瞬だけ目に映る。
だが、その顔を見るのが辛くて、彼女は再び駆け出した。涙が溢れ、視界が滲む。足元はおぼつかず、息は荒くなる。それでも、逃げ続けなければならないという思いだけが彼女を前に進ませる。
森の方へと向かって走る彼女の心には、アルファンの姿が焼き付いていた。涙で滲む視界が次第に暗くなり、彼女の足は徐々に重くなっていく。
そして、疲労が彼女を襲い、クラリスの意識は遠のいていく。
「クラリス…?!」
最後に見えたのは、アルファンの心配そうな顔だった。 それが見えた瞬間、彼女の意識は静かに途切れていった。