「大変です!殿下!」
扉が激しく開かれ、緊迫した声が部屋中に響いた。
「クラリスが目を覚ましたのか?!」
その声にアルファンは即座に反応した。 彼の声には切実な期待が込められていた。
クラリスのことが頭から離れず、彼女の回復だけがアルファンのすべてだった。何をしていても、食事中でも、彼の思考は常に彼女に戻ってしまう。彼女が目を覚まし、その淡い紫色の瞳で自分を見つめる日を待ち望んでいた。
だが、返ってきた答えは彼の期待を打ち砕くものであった。
「それが…クラリス様の姿が見当たりません。扉の鍵も開いていて…」
その言葉を聞いた瞬間、アルファンの顔色が一変し、血の気が一気に引いた。
「なに?!あそこは私以外、立ち入り禁止にしたはずだ!」
アルファンの声は震え、破裂しそうなほどの感情が込められていた。
自分以外は誰も近づけさせないように徹底していたはずなのに、どうして――。その疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡り、焦りで理性がどんどん崩れ落ちていく。
そのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、あの男の顔。軽薄な笑みを浮かべたジョーカーの姿が、鮮明に蘇る。アルファンの拳が無意識に強く握り締められ、その怒りが一気に爆発しそうになる。
あの男は、クラリスが倒れてからというもの、執拗に彼女を奪おうとしていた。使用人に変装して屋敷に潜り込んだり、真夜中に窓から忍び込もうとしたり…思い出すだけで怒りが込み上げ、理性を失いかける。
クラリスをあの男に奪われるなんて、耐えられない。城の財宝を盗まれてもここまでの怒りは感じなかった。
「クラリスだけは…彼女だけは絶対に渡さない。」 アルファンは低い声で呟いた。
彼女が自分の手の中から消え去るなんて、想像するだけでも耐えられない。
彼女のかすかな呼吸の音、そのすべてが今や自分にとって必要不可欠なものだった。
だからこそ、アルファンは誰も信じず、自分ひとりで彼女を看病していたのだ。誰にも触れさせたくなかった。彼女が目を覚まし、自分を見つめるその瞬間だけを、心のどこかで夢見ていたのだから。
その決意が爆発し、アルファンは激情に駆られて外に飛び出した。馬に飛び乗り、まるで何かに取り憑かれたように猛烈な動きで駆け出そうとした。彼の姿は、まさに一心不乱で、愛する者を守るために全てを賭けた戦士のようだった。
「え、殿下?お一人では危険です!」
王子専属の騎士たちが慌てて後を追い、必死に呼び止めようとする。しかし、彼の耳には何も届かない。騎士たちの制止の声さえも、彼には遠くの音のようにしか聞こえなかった。