クラリスの意識は、暗闇の中を漂うように朦朧としていた。身体の感覚が鈍く、時間の流れもあいまいな中で、彼女の心は迷子のようにさまよっていた。突然、周囲の闇がほのかに明るくなり、彼女の目を閉じたまま、神秘的な声が響いた。
「クラリス。」
その声は、空気そのものが震えるような、重くも清らかな音だった。彼女は体を起こすこともできず、ただその声に耳を傾けるしかなかった。彼女の心は、光が差し込む感覚に包まれながらも、どうしていいか分からず、ただその声の導きに従うしかなかった。
光が徐々に彼女を包み込み、闇が後退していく。金色に輝く光が、天井から降り注ぎ、彼女を温かく包み込んでいる。その光は柔らかく、優しく、まるで彼女を安心させるかのようだった。
その中で、彼女は自分の命が再び授けられようとしている感覚をぼんやりと感じ取った。
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やがて、クラリスの意識が次第に現実の感覚を取り戻すと、彼女はゆっくりと目を開けた。
目の前には、天井が白く光り輝く広々とした部屋が広がっていた。壁には豪華な金箔が施され、繊細な装飾が施された額縁には古典的な絵画が飾られている。
「まさか…ここは」
見覚えのある場所だった。心の中に、どこか懐かしくもあり、同時に重苦しい感情が広がっていた。
また再び『破滅のプリンス』の世界に戻ってきてしまったのだ。クラリスは混乱しながらも、少しずつ現実を受け入れようとした。部屋の中には誰もおらず、静けさだけが漂っている。
彼女はゆっくりと体を起こした。あれだけ苦しい思いをしたのに、痛みは一切ない。身体に力が戻りつつあるのを感じながら、彼女の胸には複雑な感情が広がっていた。自分が再びこの世界に戻ってきたことを心から喜べない気持ちが渦巻いていた。
「元の世界に戻れるかなと、少しは期待したんだけど…」と心の中で思いながら、彼女は周囲を見回す。
「まあ、どっちにもわたしの居場所もないしいいんだけど。」と自分に言い聞かせる一方で、ふとひとりの顔が浮かんだ。美来(みく)――彼女の心の中で最も大切な存在だった。あの子は元気にしているだろうか。それだけが元の世界での心残りだった。
机の上に無造作に置かれた新聞が、ふと視界に入る。何気なく目を向けると、その表紙には大きな見出しが躍っていた。見出しには、「アルファン殿下の冤罪が晴れ、イリスが逮捕された」と大きく書かれている。
新聞の見出しをしばらく見つめた後、彼女は呟くように言った。
「これで…私の役目は終わったわ。」
その言葉は、まるで自分に言い聞かせるように、またはこれまでの重荷を下ろすために自分に確認するように響いた。
クラリスの目には、少しだけ不安が浮かんでいたが、その感情を押し隠すように、彼女は深呼吸をして新たな決意を固めた。
「よし、逃げよう!」
彼女の力強い声が静まり返った部屋に響き渡った。