「…体調はもう良くなったのか?」
アルファンの言葉は、珍しく気遣いを含んでいた。普段は鋭さを帯びた声が、今日はどこか柔らかく感じる。朝食のテーブルで彼と目が合った瞬間、以前の冷淡な瞳とは違い、ほんのわずかな優しさが宿っているのを感じた。
久しぶりに出た食堂は、優雅な雰囲気に包まれていた。窓から差し込む朝の光が大理石の床に反射し、静かに輝いている。長いテーブルには豪華な朝食が並び、温かいパンと甘やかな果実の香りが漂う。しかし、そんな贅沢な光景は、今のクラリスにはどこか遠い世界のものに思えた。
数ヶ月ぶりの食事なのに、喉を通るものは重く、味わいも感じられない。部屋に閉じこもっていた孤独な日々の余韻が、心を縛り付けている。過去の後悔や失望が胸を締め付ける中、アルファンの視線が少しだけ心を軽くしてくれるのがわかった。
外からは小鳥のさえずりや、風に揺れる木々の音が聞こえる。だが、それらの穏やかな自然の音すら、目の前のアルファンとの間に横たわる静寂を打ち破ることはできなかった。豪華な食事が並ぶテーブルの上で、言葉は交わされず、二人の間には重苦しい空気が流れていた。
本来なら、今頃はジョーカーと共に城を飛び出し、自由な世界で風を感じていたはずなのに。そう思いながら静かにパンをかじる。この瞬間は、思い描いていた未来とは正反対のものだ。それでも、胸の中には不思議と後悔はなかった。
アルファンは冷ややかな表情のまま、食事を続けている。少し柔らいだとはいえ、彼との間の緊張感は消えない。再び孤独と緊張の中で生きる日々が始まる。それでも、なぜかその現実を受け入れている自分に気づいていた。
窓から差し込む朝の光が、銀の食器に反射し、部屋に淡い輝きをもたらしている。しかし、その輝きも私には無機質で、どこか遠いものに感じられた。ここでは、自由なんて存在しない。
「私はこの閉ざされた世界を選んだのだ」――静かに自覚する。それでも、心の奥に重苦しい影は落ちてこない。
静寂の中で、彼女は確信していた。ジョーカーと共に未知の世界へ飛び出す自由よりも、この冷たい城でアルファンと向き合うという選択をしたのだ。
それは、彼女自身が引き受けなければならない選択であり、たった一人で抱えていくべき決断だった。