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第17話



真夜中の城は、深い静寂に包まれていた。月明かりが冷たく石造りの廊下を照らし、窓から漏れ出る淡い光が、暗闇の中に細い道筋を浮かび上がらせている。クラリスは緊張で鼓動が高まるのを感じながら、ジョーカーと共に慎重に歩を進めていた。


ジョーカーは先導役を務め、まるでこの城の隅々まで知り尽くしているかのように、迷いなく進んでいく。彼の動きは無駄がなく、暗闇の中でもその存在感が際立っていたが、その背中にはどこか張り詰めたものを感じた。


「準備は整ってるか?」ジョーカーが低い声で尋ねる。


クラリスは緊張を隠しながら、静かにうなずいた。手に持つ小さな鞄をぎゅっと握りしめる。その中には、最低限の必要な物しか入っていなかったが、城を出て行く現実が重くのしかかり、心が不安で満たされていた。


「城を出るまでは慎重にな。誰かに見つかれば全てが終わりだ。」彼の声は冷静そのもので、無駄な感情を排除するかのようだった。彼はこちらを一瞬見つめ、その瞳には確固たる決意が映し出されていた。


階段を下りると、ジョーカーはふと立ち止まり、耳を澄ませた。二人の間に重苦しい静寂が流れ、クラリスの心臓は不安に押しつぶされそうになる。それでも、ジョーカーはすぐに動き出し、彼女はその後を追った。


「もう少しだ。城の裏手にある隠し通路から出よう。」彼の声は低く、冷たい夜風に溶け込むように響いた。


月明かりを頼りに歩きながら、彼女はこの城の光景を心に刻み込もうとした。ここで過ごした日々はどれも胸に深く刻まれている。楽しい思い出は何ひとつないはずなのに、今日でそれがすべて終わると思うと、なぜか胸が締め付けられる。


やがて、ジョーカーとクラリスは城の裏手にある古びた扉の前に立った。ジョーカーは無言で鍵を取り出し、静かに錠を外す。扉が軋む音が静寂の中で不気味に響いたが、周囲に動きはない。彼は扉を開け、先を促した。


クラリスは一瞬だけ躊躇したが、外の冷たい夜風に身を晒した。城の外は一層の暗闇が広がり、まるでその先に何も存在しないかのように感じられた。


「ようやく出られるな」


「うん…」クラリスはわずかな未練を残しつつも、ジョーカーとの新しい未来に胸を躍らせていた。


しかし、次の瞬間、ジョーカーが静かに言葉を紡いだ。


「ここは危険だ。アルファン王子の王位を狙って、多くの者たちが裏で動いている。そのうち事態が騒がしくなるだろう。俺はクラリスが巻き込まれてほしくない」


彼の言葉に心臓が一瞬止まるような感覚がした。え…裏でそんなことがもう動いているの? 思わず息を呑んだ。


アルファン様は、確かに死亡ルートしかないキャラクターだ。それは知っている。でも、物語が進む中で、まだその瞬間は先のはずだった。主人公がまだ登場したばかりなのに、そんなに早く動きが出るとは考えもしなかった。


心の中で不安が波のように広がっていく。


(もしかして…私がクラリスに憑依したことで、物語の流れが変わってしまった?)


そもそもストーリーに「クラリス」という名前のキャラクターは存在しなかったはず。クラリスは捕らわれたときに何かの衝撃で命を落としてしまったのかもしれない。その考えが、私の胸を鋭く締めつける。


目の前のジョーカーをじっと見つめる。彼の瞳はいつもと同じように温かく、私を包み込むように見つめ返してきた。でも、その優しさが余計に私を不安にさせる。もしかして、あなたのクラリスはもう…? 胸がズキリと痛む。


アルファン様の身が危ない? 

でも、どうすればいいの?


焦りと恐怖が私の中で交錯する。何か行動を起こさないと、大切なものがすべて崩れてしまう気がしてならなかった。


「クラリス、どうした? さあ、行こうか。」


ジョーカーが手を差し出してきた。どこか無邪気さすら感じさせる。しかし、彼のその軽やかな動きが、私の心には重い影を落とす。


「…」


クラリスは黙り込んだまま、その様子をぼんやりと見つめていた。さっきまで「もうアルファン様のことなんてどうでもいい」と決意を固めたはずなのに、どうしても心の奥底に埋もれている感情が私を引き止める。アルファンに対する愛情か、それとも単なる未練なのか、自分でもはっきりとは分からない。ただ、心にこびりついた感情が、私の決意を簡単に揺さぶる。


「どうしたんだ?」


ジョーカーはその沈黙に気づき、訝しげに見つめる。彼の表情が、ほんの一瞬だけ曇る。その曇りが、彼の隠れた優しさを垣間見せた。彼が気遣ってくれていると分かると、胸が締めつけられた。


静かな部屋の中で、私は重い口を開いた。ジョーカーの視線がまっすぐにこちらへ向けられているのを感じながら、ようやく言葉を紡ぐ。


「ジョーカー、ごめんなさい。」


ジョーカーの目には、何か言いたげな光が宿るが、クラリスの決意が伝わったのか、彼はただ静かに彼女を見つめていた。


彼の優しい目を見つめながら、自分が選ぼうとしている道の重さを改めて感じた。


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